萩焼の湯飲み二代目
それは他の湯飲みと一緒にガサッと置かれていた。椿の群生林の入り口の食堂で、お土産物として販売されている萩焼とは別に、トイレの脇の机に捨てられているかのように転がっていた。
萩に旅行に来たのは二回目、初めて来たのは大学に入学した年だった。安い宿で知らない人と相部屋で泊まり、レンタサイクルで町を巡った。「吉田松陰の塾ってどこですかあ?」と尋ねて「松陰先生と呼びなさい」と注意されたこと、海が見えたので自転車から降りて砂浜に駆け寄ったら大きな波を頭からかぶってずぶ濡れになったことなどが思い出される。
このとき私は自分へのお土産に萩焼の湯飲みを買った。大学生には、いや今の自分にとっても高い買い物だったが、素朴な土の味わいに心を奪われてしまったのである。
以来ほぼ毎日、三十年ほど使ったある日のこと、湯飲みは突然、崩れるかのように粉々に割れた。何が起きたのかと茫然としたが、とことん使い込んだ萩焼は最後にはこのように土に戻るらしい。私が一目惚れし、日々慈しんだ湯飲みは天寿を全うしたのである。
その後、いくつか湯飲みを使ったが、崩れた萩焼を忘れることができなかった。今回の萩旅行で似たものがあれば買おうと思っていたが、まさかマジックで処分品と書かれた箱の中に瓜二つのものがあるなんて!手に取ってみると、底に押している刻印もおそらく同じである。店の人に尋ねると廃業した窯の品で、箱もないので五百円でいいという。
大興奮で買い求め、そのまま同行者に呆れられながら湯飲みを持って展望台へ続く山道を歩いた。たしかに手が塞がって歩きにくいところもあったけど、これはただの湯飲みではない、私にとっては死んだ伴侶に再会したようなものなのだ。萩に着いてすぐだったので、翌日からの萩焼の施設や土産物店はすべて上の空である。運命の人がもう鞄の中にいるのだから。
今日も私はこの二代目の萩焼で渋い日本茶を飲んでいる。どんなにお気に入りでも、形あるものはいつかはなくなる。でも私が生きている間は前の湯飲みのように崩れないでほしいと願っている。
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