【ショートショート】眠れぬ夜の物語 第二夜 #160 イエベ春、レン君と私
ショッピングモールの化粧品売り場。
新色リップの特設ブースに、大きなロゴが掲げられている。
――『希望の丘』キャンペーン
アイドルグループ「王と王子」のレン君が、そこに立っていた。
もちろん、等身大パネルだ。
微笑む横には、こんなPOPがある。
希望の丘にみんなおいでよ。
コーラルピンクの明るいリップ。
ひと塗りすると、春がいっぱい。
美容部員の美里は、毎朝パネルに挨拶をする。
「おはよう。今日も、いっしょにがんばろうね」
売り上げは伸びない。
それでも、レン君の前に立つと、不思議と声が出る。
笑顔も、少しだけ楽になる。
(ここに立てば、うまくいく)
そう思える場所だった。
だけど……。
*
「美里さん、今月もちょっと厳しいね」
マネージャーのやわらかな声が、よけいに胸に刺さる。
隣では、彩花が軽やかに接客をこなしている。
(なんで私には、できないんだろう)
昼休み。
バックヤードの鏡に映る自分は、少し疲れて見えた。
*
閑散とした平日の午後。
「希望の丘」のPOPだけが、やけに明るい。
美里はパネルの前に立った。
「ね、レン君。どうしたら、うまくできるのかな」
もちろん、返事はない。
コーラルピンクの笑顔が、そこにあるだけだ。
*
「あの……」
振り返ると、六十代くらいの女性が立っていた。
「このリップ、娘へのプレゼントに。でも、全然わからなくて」
美里は、自然に口を開いた。
「娘さんは、どんな雰囲気の方ですか?」
女性が見せてくれた写真。
春の光の中で笑う娘さん。
「まあ」
思わず、声が出た。
「お肌に温かみがありますね。きっとイエベ春です。このコーラルピンク、似合いますよ」
レン君の前で、言葉がつながっていく。
「ありがとう。娘も喜ぶと思う」
女性はセットを一つ抱えて、エスカレーターへ向かった。
胸の奥に、小さな温かさが残る。
そっと、パネルに目をやる。
「ありがとね」
*
しばらくすると、マネージャーがやってきた。
「美里さん、さっきのお客様……」
「追加でチークとアイシャドウも買ってくださったの。安心できたって」
美里はもう一度、パネルを見た。
胸元でそっと手を握る。
(そうか……。ここに立てば、うまくいく)
*
閉店間際。
「お疲れ様でーす」
作業着の男が二人、台車を押して近づいてくる。
「えっ、撤去? キャンペーンはまだ……」
「続きますよ。下げるのはパネルだけです」
パネルが撤去された。
美里は息をのむ。
パネルの奥にあったのは、等身大の鏡だった。
コーラルピンクのリップ。
ピーチオレンジのチーク。
鏡の中で、イエベ春のメイクをまとった自分が、やさしく笑っていた。
(ここに立てば、うまくいく)
「いらっしゃいませ!」
(おしまい)
この物語は、Rinkumaさんより頂いた『イエベ春』から生まれました。
いつもありがとうございます。
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。