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【ショートショート】眠れぬ夜の物語 第二夜 #160 イエベ春、レン君と私

ショッピングモールの化粧品売り場。

新色リップの特設ブースに、大きなロゴが掲げられている。

――『希望の丘』キャンペーン

アイドルグループ「王と王子」のレン君が、そこに立っていた。

もちろん、等身大パネルだ。

微笑む横には、こんなPOPがある。

希望の丘にみんなおいでよ。
コーラルピンクの明るいリップ。
ひと塗りすると、春がいっぱい。

美容部員の美里は、毎朝パネルに挨拶をする。

「おはよう。今日も、いっしょにがんばろうね」

売り上げは伸びない。

それでも、レン君の前に立つと、不思議と声が出る。

笑顔も、少しだけ楽になる。

(ここに立てば、うまくいく)

そう思える場所だった。

だけど……。

「美里さん、今月もちょっと厳しいね」

マネージャーのやわらかな声が、よけいに胸に刺さる。
隣では、彩花が軽やかに接客をこなしている。

(なんで私には、できないんだろう)

昼休み。
バックヤードの鏡に映る自分は、少し疲れて見えた。

閑散とした平日の午後。

「希望の丘」のPOPだけが、やけに明るい。

美里はパネルの前に立った。

「ね、レン君。どうしたら、うまくできるのかな」

もちろん、返事はない。

コーラルピンクの笑顔が、そこにあるだけだ。

「あの……」

振り返ると、六十代くらいの女性が立っていた。

「このリップ、娘へのプレゼントに。でも、全然わからなくて」

美里は、自然に口を開いた。

「娘さんは、どんな雰囲気の方ですか?」

女性が見せてくれた写真。

春の光の中で笑う娘さん。

「まあ」

思わず、声が出た。

「お肌に温かみがありますね。きっとイエベ春です。このコーラルピンク、似合いますよ」

レン君の前で、言葉がつながっていく。

「ありがとう。娘も喜ぶと思う」

女性はセットを一つ抱えて、エスカレーターへ向かった。

胸の奥に、小さな温かさが残る。

そっと、パネルに目をやる。

「ありがとね」

しばらくすると、マネージャーがやってきた。

「美里さん、さっきのお客様……」

「追加でチークとアイシャドウも買ってくださったの。安心できたって」


美里はもう一度、パネルを見た。

胸元でそっと手を握る。

(そうか……。ここに立てば、うまくいく)

閉店間際。

「お疲れ様でーす」

作業着の男が二人、台車を押して近づいてくる。

「えっ、撤去? キャンペーンはまだ……」

「続きますよ。下げるのはパネルだけです」

パネルが撤去された。

美里は息をのむ。

パネルの奥にあったのは、等身大の鏡だった。

コーラルピンクのリップ。
ピーチオレンジのチーク。

鏡の中で、イエベ春のメイクをまとった自分が、やさしく笑っていた。

(ここに立てば、うまくいく)


「いらっしゃいませ!」


(おしまい)



この物語は、Rinkumaさんより頂いた『イエベ春』から生まれました。

いつもありがとうございます。
みなさんも、コメント欄に一言どうぞ!
あなたの言葉が物語になります。

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。