泣き虫野郎のパンクロック(31)
BAD NEWS RECORDSからの初のリリースとなる OATMEALとのSPLITアルバムのレコーディングの為、僕らEASY GRIPは東京へ向かいました。
当たり前ですが往復の新幹線代や宿泊費、食事代まで出してもらえるという、当時の僕らからしたら考えられないような夢みたいな素晴らしい待遇で、またまたレーベルの凄さを思い知ったのです。
レコーディング自体は何度か経験はしていましたが、東京でしかもレーベルが付いてくれてのレコーディングってのは当たり前ですが初めてだったので、とても緊張していたのと同時に昂っておりました。
しかも今回のレコーディングはGOOFY'S HOLIDAYのエンドウがプロデュースしてくれる事にもなり、何かよくわからないけど心強かったです。たぶん。
OATMEALとのSPLITには「ON MY WAY」と当時新曲で出来たばかりの「LIAR」、あとはイギリスのGUITAR GANGSTERSの「NOTHING TO SHOUT ABOUT」のカヴァーを収録すると石渡さんと決めており、僕らなりに準備万全で臨みました。
当日レコーディングスタジオに到着してみると、エンドウは未着。何やら途中で寄り道しているから少し遅れるとの事でした。
仕方がないので、僕らとBAD NEWS RECORDSの石渡さん、そしてレコーディングエンジニアの方と、とりあえず始める事にしました。
オケ録り(唄がない状態の録音)を半分くらい終わった頃だったかな。
満を持してGOOFY'S HOLIDAYエンドウ到着。
何故か今回のレコーディングには何の関係もないデカいスピーカーを持って登場したのを覚えています(途中の寄り道とはこのスピーカーを買う事だったんですね)。
エンドウは到着するやいなや、
「何でこんな音でレコーディングしてんの!???」
僕らは本格的なレコーディングなんて初めてだったし、本当によくわかっていなかったので、ギターの音はJC-120(ジャズコーラス)に大谷王子から借りていたRAT2(エフェクター)を繋ぐっていうライブと同じような感覚で録音。
ベースもドラムも何となくの感じで音を決めて進めていたので、総じて「シャーシャー」の酷い音だったのです(あくまで今思えば、ですが)。
でもオケ録りは半分くらい進んでいたので、どうしようもなく、とりあえずこのまま進めて行こうって話になりました。
エンドウの熱心なアドバイスやアイデアはとても勉強になり、特にレコーディングに於いては
「ギターバッキングは同じ事を2本録音し、左右から出すとサウンドに厚みが出る。っていうか基本」
みたいな事は、当時の僕からしたら衝撃で、
「はぁー、プロはみんなこうやってるんやー」
とか思ったりしてたと思います。
あとは石渡さんのアイデアでアコースティックギターのバッキングを足したり、タンバリンを足したりしながら、およそ1日でレコーディングは終了した記憶があります。
翌日はミックスダウンだったのですが、最初によくわからないまま録っていた音はどうしようもなく、そのまま「シャーシャー」のサウンドに仕上がってしまいました。
エンドウも自分が遅刻して来た事により、1番肝心な最初の音作りに立ち会えなかった事を大層悔やんでおり、仕上がりには全然納得の行っていない感じでした。
僕らも自分達では良いのか悪いのか判断出来ないまま色々進んでいったので、あまり納得のいく仕上がりではありませんでした。
これについて今思えばBAD NEWS RECORDSや石渡さんに、めちゃくちゃ申し訳無かったと思います。
翌日ひと足先にレコーディングを終えていたOATMEALもミックスを終えるってので、さらに一緒にマスタリングする予定だったのもあり、僕だけ東京に居残り。
大谷王子とたっかんは先に帰阪していきました。
残った僕はOATMEALのミックスにいざ立ち会ったのですが、あまりの凄まじい仕上がりに唖然。
OATMEALナベカワ君も拘りが凄すぎて、僕はとてもじゃないけど付いていけない世界線でした。
先日のキャプヘジのライブを観た時もそうでしたが、改めて横浜メロディックの凄さを思い知ったのです。
こうしてついにEASY GRIPと OATMEALのSPLITアルバム「DOCK OF THE BAY」が完成しました。

東西港町スプリットと銘打たれました。
これがEASY GRIPにとってBAD NEWS RECORDSからの記念すべき初リリースとなったのです。
