泣き虫野郎のパンクロック(32)
1998年5月21日、EASY GRIPにとってBAD NEWS RECORDSから初のタイトルとなる OATMEALとのSPLITアルバム、「DOCK OF THE BAY」がリリースされます。

聴いた方はわかるとは思いますが、これについては OATMEALの圧勝でした(別に勝ち負けや優劣を付けるものではないですが)。
このSPLITアルバムを取り上げてくれたEAT magazineにも、
「 OATMEALの圧勝!EASY GRIPええとこ無し!」
と、なかなか的を得たような酷いレビューを書かれたりもしました(しかもそのレビュー、EASY GRIPのデモテープを大絶賛してくださったライターの方だったので、申し訳ないやら情けないやら…)。
プロデュースしてくれたGOOFY'S HOLIDAYのエンドウからも、
「プロデュースからオレの名前を消してくれ」とまで言われてしまう始末。
レーベルが付いてくれて、東京でのレコーディングってので完全に舞い上がっていた僕らEASY GRIPの完全なる準備不足というか。
しかもEASY GRIPメンバーは3人とも引っ込み思案な性格だったので、なかなか自分らの意見も言いにくい状況ってのもあり、出来栄えには全く納得のいっていない状態でのリリースでした。
僕はEASY GRIPを始めた時から、何もかも本気で真剣に取り組んできたつもりだったのですが、
「レーベルが付いてくれて、全国区になっていく」
というバンドに成り上がっていくにはまだまだ本気度が足りなかったと思い知らされました。
今だから言えますがこのSPLITアルバムのEASY GRIPのパートについて、僕自身ほとんど聴き返した事はありません。
それくらいあまりにも恥ずかしい内容というか、黒歴史といっても過言ではないでしょう。
この為に諸々準備してくださったBAD NEWS RECORDSや石渡さん、そしてSPLITを一緒にやろうと快諾してくれた OATMEALには本当に申し訳なかったです。
ここに情けないくらい、書いても仕方のないような事をツラツラと書いてますが、それくらい僕は挫折感を味わっていたのですね。
しかしこの挫折があったからこそ、EASY GRIPは再度気を引き締めていく事が出来たのだと思います。
支えてくださっていた周りの方々の恩に報いるには、次回作こそは絶対納得のいくモノを作ろうと思いました。
要は、
「自分が何回でも聴きたくなるような音源を作ろう」
っていう思いに至ったのです。

次はEASY GRIPの単独音源である1stアルバムのレコーディング。
それこそ本気度が試される場です。
次のレコーディングについては石渡さんのススメもあり、エンジニアにイケダ君にお願いしました。
このイケダ君とは、元々グーフィーエンドウの後輩で、当時GERONIMOのギタリストであり、グーフィーの1stなどをレコーディングしておりました。
彼はその後もEASY GRIPの音源を数タイトルレコーディングしてくれる事になります。
また彼はGERONIMO脱退後、TEARDUCTというバンドを結成し、EASY GRIPやグーフィーなど、BAD NEWS RECORDSのバンド達とも深く関わっていく事になっていくのですが、それはまた後々のお話。
レコーディング直前まで、僕らは収録する曲を再度見直しました。
僕はpiggiesのキタムンが作った曲「SHE'S MOONLIGHT」をどうしても収録したかったので、その曲を最後にチョイスしました。
実はこのカヴァーをそれまでに何度かライブではやっていたのですが、あまり納得していなかったのでリアレンジする事に(元々のキタムンヴァージョンはもう少しビート早めで、僕らもその雰囲気でやっておりました)。
ちなみに全くの余談ですが、この「SHE'S MOONLIGHT」はキタムンが酔っ払って「お題:志村けん」で作ったという謎のエピソードも、キタムンの天才的なソングライティングが垣間見えますね。
レコーディング直前の最後のスタジオで、アレンジを見直そうと思っていたのですが、ドラムたっかんがまさかの遅刻!
残りの20分くらいで急いでリアレンジした記憶があります(あの時は流石に焦ったぜ、たっかん)。
兎にも角にもこうして僕らは初の単独音源、EASY GRIPの1stアルバムのレコーディングのため、再び東京へと向かいます。
