着ぐるみを脱いだ午後
バス停で後ろからトントンと肩を叩かれた。振り向いてみるとクマの着ぐるみがいた。いや、着ぐるみ着た人間がいたといえばいいのだろうか。でも着ぐるみを着ているだけだから人間かどうかすら分からない。あの日は、仕事が早く終わってぼんやりしていた。
そのクマの着ぐるみは僕の前で沈黙していた。声をかけたかったのだろうか。しかし近くの小学生のグループに見つかり、あっという間にクマの周りには人だかりができていた。買い物帰りの親子連れも僕たちの前で足を止めて訝しげにジロジロ見ていった。
するとクマはいきなり着ぐるみを脱ぎ始めた。だんだん現れてくるその中身は、着ぐるみと同じようなクマ柄のボディペインティングを施した若い男だった。周りを取り囲んでいた子どもたちは突然大泣きになりみんなどこかへ消えてしまった。
僕はその着ぐるみ、いやクマのボディペインティングをした男に自分でもよく分からないことを言ってしまった。最近、人と話してなかったからつい声をかけたのかもしれない。
「飲みに行かないか?」
口の周りも茶色に塗りたくっているその男は口ごもりながら
「いいっすね」
と一言だけ返事をした。その後にすぐこう続けた。
「あ、でもその前に服を買いに行ってもいいっすか?やっぱり飲みに行くなら人間になりたいっすからね」
「でも、その前にペンキを落とさないと無理でしょ」
「あ、忘れてました。じゃ、あなたの家に連れて行ってくださいよ。お風呂をお借りしたいんで」
「いいけど、それなら家で飲もうか。それにその着ぐるみも持っていく訳には行かないだろうしね」
彼を家に連れて帰る前に、僕たちはスーパーへ買い物に行った。案の定周りが騒がしい。クマ柄にボディペインティングをした人間が突如現れて驚かない人間がいるものか。彼は慌てて持っていた着ぐるみを被り直した。
「やはり外では着ぐるみを着てないと周りがうるさいっす」
するとまた周りにいた子どもたちが喜んで着ぐるみ男の周りを取り囲んだ。着ていても着ていなくてもどっちにしろうるさい。着ぐるみバイトも大変だな。しかしいったい何がしたくて僕の肩を叩いたのか。理由を聞きたいけどそんな暇はない。
店の前で小さな子どもたちに囲まれている着ぐるみの男。見たところなんとも言えずほのぼのとした雰囲気だ。そのときメガネをかけたスーツ姿の女性が着ぐるみ男に近寄って、いきなり怒鳴り始めた。
「あなた!こんなところにいたの!ダメでしょ。早く戻ってきてくれなきゃ。いつもいつも園から抜け出して困るったらありゃしないわ!」
「あ、すみません。すぐ戻ります。でもどう考えても時給が見合わないっすよ。辞めたいって言ってもみんな聞いてくれないじゃないっすか」
男は僕にもこう言った。
「僕 あの遊園地でバイトしてるんっすよ。暑くて暑くてあんなバイトやってられないっすよ。バスで家に帰ろうと思ったんすけど金持ってなかったっす。やっぱり周りが許してくれないっすね。すみません。ぜひまた飲みに連れて行ってくださいよ」
クマ男はスーツ女に捕獲され、遊園地へと連れ戻されていった。人騒がせな男だ。でも今度その遊園地に行って、ちょっとあの男の活躍ぶりを見てみることにするか。二人で飲むこともまだ叶っていないし、なんなら彼の退職をスーツ女に直談判してやってもいい。
せっかくの休みをこんなことで潰してしまったのは残念だ。でも思いのほか楽しかったなと振り返りながら、僕はその夜一人晩酌を楽しんだ。そして次の週末、あの遊園地のチケットを買ってしまった。
これはシロクマ文芸部のかなり昔のお題「バス停で」を使って書きました。期限中に書き終えられず。
でもシロクマ文芸部は締め切りを過ぎてもOKなので、敢えてこのタイミングで出すことにします。
※このクマは100%人間製です。山にはいません。
#シロクマ文芸部
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