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わたしは、カテゴライズが苦手です

みなさん、こんにちは。
生きづらさ研究家、春野ましゃこです。

わたしが生きづらさ研究家を名乗った経緯については、こちらの記事を読んでみてくださいね。


最近特に思うのですが、noteの世界でHSP(Highly Sensitive Person)という言葉を見かけない日はないですよね。わたし自身も当てはまる部分はあると思っていて。だから、この言葉を知ったとき、「わたしのことだ!」と妙に感動しました。きっとそんな人、多いのでは?

「わたしは人より繊細だから……HSPなんだ」と思うのは自由です。安心もしますしね。

でも、「わたしはHSPだから、○○ができないんだ」「わたしはHSPだから、こういうことが苦手なんだ」と、なんでも自分の生きづらさをHSPのせいにしてしまうこと、ありませんか?

飯村周平『HSPブームの功罪を問う』(p13~14)には、次のような記述があります。

元来、HSPという言葉はネガティブに受け止められがちな敏感さ(感受性の高さ)を一般的なものとして捉えようとしたもの。

「HSPブームの功罪を問う」
飯村周平
p13~14

また、同書では次のようにも述べられています。

HSPであることを特別視したり、繊細さを優れた才能だと理想化する側面

p45

生きづらい経験であれば、なんでも「HSP」というラベルが貼られてしまう現状があるように思えます。

p46

生きづらい原因がHSPに起因することは、確かにあります。でも、「生きづらい=HSP」という図式は成り立たないんです。これはラベリング理論といいます。

「ラベリング理論とは、ある人に貼られたラベルが、その人自身の行動や自己イメージを形づくってしまうという考え方です」

星座や血液型占いにおいても、同じことが起こります。たとえば、うちの夫は二重人格だなと思うことがよくあるんです。それを夫に伝えると、「AB型だから二重人格なんだ」と主張するんです。でもAB型の人が全て二重人格とは限らない。

どの診断も占いも、またHSPというカテゴライズも、一般的でとても曖昧なもの。「わたしはA型だから、○○なんだ」という決めつけには、問題があると思いませんか?その結果に自分を寄せていってしまうことすらあるんです。

ちなみに、わたしは記事の中でHSPという言葉を一度も使ったことがありません。「繊細さん」とは書いたことはあれど、特に「HSPだからわたしは~なんだ」と考えることもないんですよね。

人から見ればわたしはHSPだと思われているのかもしれません。でも、自分ではそれを性格だと捉えています。特に特別なことだとは思っていなくて。

もしあなたが、占いやHSPという言葉にこだわりを強く感じるなら、このラベリング理論を少し意識してみてください。自分の見方が変わるかもしれません。

HSPでもそうでなくても、あなたの繊細さや感じ方は誰かの基準で決められるものではない。どんなラベルを持っていても、そこから自由になることはできます。

ラベルの外に出たとき、きっともっと軽やかに、
あなたらしく生きられるはずです。


今日は、こちらの記事を参考にさせていただきました。

ゆらゆら暮らしさん、ありがとうございます。
同じくラベリング理論について、mbti診断を基に書かれています。




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