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mirecat
私たちは普段何を見ているのだろうか
普段私たちは物事の一部しか見ていない。
なのにその一部を判断して全てを判断している錯覚に陥る。
例えば、
夜空に光る満月を見てキレイだなあと思う。
しかし実際の月の表面はクレーターだらけであんまりキレイと言えるものではない。

こういうことを思うと必ずこの曲が脳内再生される。
イチブトゼンブ/B’z

していたなあ
noteにおいても、
人の記事を読むだけでその人となりの全てを判断している人がいるかもしれない。
あるいはその記事のイメージから持ったものはあくまでもその人の一部だと割り切って感じる人がいるかもしれない。
いや記事で言ってることとは全く正反対の人なのかもしれないと思ったりするかもしれない。
皆さんにとっての私のイメージが知りたい。
もちろんそれが合ってるか間違ってるかの答え合わせはできないけど。
てもどれも私の一部に過ぎない。
本当の私を知ったら軽蔑する人もいるだろう。
いや、却って好きになってくれる人もいるかもしれない。
自分と同じだと思ってくれる人もいるしれない。

それでも私はnoteを書く。
嫌われても
好かれても
軽蔑されても
なんでもいい
今思うことを書いていきたい。
私たちが物事の全ての部分を、人の気持ちの全てを理解できる日は来るのだろうか。

月のどの面に向かって
吠えているのだろう?
人の気持ちは変えられない。
だけど自分の気持ちも実際に存在する。
私は自分の気持ちを大事にして人にも自分にも優しく時に厳しく生きていくしかない。
人からどう思われようとも。
もちろん人様に迷惑がかかることのない程度に。

人にどう思われようとも
どんとこい 秋 2024

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