平和を願い続け、活動を続けていく吉川晃司さんの立場から学ぶ
八月六日、広島原爆の日。この日テレビ番組で素晴らしい特集が放送されていたので、今回はそれをシェアさせてください。
8月6日(水)は
— Widescramble (@widescramble) August 5, 2025
戦後80年、広島原爆の日に合わせ、
広島出身同士の吉川晃司さんと大下容子アナウンサーのSP対談を放送します。
※生放送のため急遽内容が変更になる場合があります。#大下容子ワイドスクランブル#大下容子#吉川晃司#戦後80年 pic.twitter.com/x7lGB8RZg3
この日、VTRでゲスト出演されていたのは吉川晃司さん。彼が広島出身だということはよく知られている。しかしわたしはテロップに出てくる彼の生い立ちに驚いた。
彼は被爆二世だそうだ。わたしは被爆二世という言葉すら恥ずかしいけれど知らなかった。
被爆二世とは、両親またはどちらかの親が原爆被爆者であり、被爆後に生まれた人のことです。具体的には、広島で被爆した親を持つ場合は1946年6月1日以降、長崎で被爆した親を持つ場合は1946年6月4日以降に生まれた人が該当します。
被爆二世は、直接被爆したわけではありませんが、原爆の影響を受けている可能性があるとされ、健康不安や遺伝的影響、社会的な差別といった問題に直面しています。
彼のお父さんは入市被爆者であるということも知る。
入市被爆者とは?
原子爆弾が投下されてから2週間以内に、救援活動、医療活動、親族探し等のために、広島市内または長崎市内(爆心地から約2kmの区域内)に立ち入った方。
こんなに身近に原爆の被害者がいる吉川さんの家庭においても、あまり戦争について語られることはなかったという。戦争について語ること自体がタブー視される傾向があるらしい。吉川さんの同郷である聞き手の大下容子アナウンサーもそれには頷いていた。
そんな吉川さんは東日本大震災のとき、身バレしないような形で三週間にも渡りボランティア活動をされている。でもそのとき周りからは「こんな汚い現場に来て泥臭い仕事してもらうより、あなたの知名度でみんなに向けて発信してもらう方がありがたい」という声があったそうだ。
そこでいざ発信しようとした吉川さん。改めて歌い手として発信するとき感じたことはこうだ。「ストレートに現場の衝撃を伝えるよりも、あくまでエンタメとして伝えないと引かれる」つらいことをそのまま伝えても、せっかくの大事な話も受け入れてもらうことはできないと。
彼の母校の小学生たちが戦争について書いた詩に曲をつけて発表されたこともあった。そして今年には広島カープの試合を「ピースナイター」として平和を考えるイベントも開催された。吉川さんは始球式を務めるとともにジョン・レノンの「イマジン」を歌唱されている。
吉川さんはインタビュー中も戦争に反対する姿勢を貫き、政治についてもかなり突っ込んだ発言をされる。「戦争を始めるのは政治家。だけどそこで実際に被害にあうのはわたしたち市民。だったらわたしたちが声を上げるべき」だと。
ここまではっきり言うことには相当怖さもあるだろう。それでも伝えていきたい、もう二度と核を使ってはならないという吉川さんの姿勢が本当にカッコイイ。カッコイイとは本来こういう人のことをいうのではないだろうか。
先月の参議院選挙の前、ある番組に畠山理仁さんという方が出演されていた。選挙なんて行ったって何も変わらないからムダだと棄権する人や、投票に行っても白票にする人が多いだろう。でもその中でわたしたちは「よりマシな地獄の選択」をしなければならないと畠山さんは言う。
政策が分かりづらくても、今はボートマッチというシステムもある。わたしたちはできる限り知る努力をして、自分の思いと政策が最も近い政党を選ぶ権利(義務)がある。もし我が国が戦争を始めてしまったら犠牲になるのはわたしたち市民に他ならないのだから。
今年で戦後80年になる。少しは世の中が平和になったかというと、決してそんなことはない。むしろ世界のあちこちで戦争は今でも続いている。わたしたちはあの忌まわしい過去の戦争からから学習したはずではなかったのだろうか。
この機会にもう一度考えてみたい。原爆のリアルを語り継げる人が一人もいなくなってしまう前に。
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