今も昔も、変わらずわたしの隣にいるね
わたしは物心ついたときから、母に甲子園球場によく連れて行ってもらっていた。弟も一緒に。当時は高校野球しか観戦していなかったけれど。
左手にはカチワリ、右手には双眼鏡を持ち、今ほど暑さの厳しくない外野席で観戦するのがわたしたちのスタイル。(当時外野席はタダ)いつもペナントを買って帰り、部屋の壁に並べて貼ってはその光景を眺めるのが好きだった。
甲子園球場から比較的近くにあった、あの幻の西宮球場にも足繁く通った。阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)の山田久志さん、福本豊さん、そしてアニマルさん。往年の名プレイヤーが活躍した西宮球場がなくなったのは、まだ幼かったわたしにとっても悲しいできごとだった。
甲子園球場に親しみがあったので自然と阪神タイガースのファンとなったわたし。1985年には初めてのリーグ優勝。当時わたしは優勝の瞬間を録画したビデオテープを繰り返し再生して、毎日その喜びに浸っていた。
あの伝説の「バックスクリーン3連発の日」(1985年4月17日)もまだ鮮明に覚えている。そのときのピッチャーが現解説者の槙原寛己さんだったということは最近知ったけれど。
大学に入ってからは野球どころではなく、その後も病気に罹り、野球とは縁遠くなってしまった。
しかし、出産してから野球熱は復活。一人でも甲子園球場に足を運んだし、息子と二人で、あるいは父と三人で観戦したこともある。父はジャイアンツファンだったので、一塁側での応援は多少迷惑だったかもしれない。
このときは濱中治さん、金本知憲さんのファンだった。濱中さんのユニフォームを着て、金本さんのタオルを振って応援していた。
片岡篤史さんの引退試合もリアルに甲子園球場で観戦した。
当時はジェット風船を飛ばすのになんの不思議もなかった頃で、息子もそれ目当てで応援していた感がある。とはいえ、息子は今や立派な阪神ファン、一野球ファンとしてあちこちの球場に足を運んでいる。彼はオリックス時代からの山本由伸投手のファンでもある。
息子が中学に入ってからは一緒に観戦することもなくなり、わたしも引きこもりになってしまったため甲子園球場からは遠のいている。 しかし、タイガース熱は変わることがないどころか、より一層熱くなっている。
今個人的に一番応援しているのは、才木浩人投手。
ピッチングにも度胸が据わっているし、ヒーローインタビューもあっけらかんとして受ける姿が微笑ましい。彼はトミージョン手術を受けて復活した選手。しかしその苦労を全く感じさせない明るいキャラクターに毎日元気をいただいている。(個人的には彼のメジャー挑戦には複雑な思い)
今でこそ常勝軍団のイメージが強い阪神タイガースだけれど、わたしは暗黒時代を知っている。そのときから変わらず応援してきていて本当に良かったなと。でもたとえ負け続けてきたとしてもファンをやめることはなかったと思うし、これからも同じ。
オフシーズンになると気持ちに張り合いがなくなり少しテンションが落ちてしまうわたし。そのくらい毎日野球に励まされ、元気をいただいている。
たとえ勝っても負けても、応援している時間が尊い。生活に張り合いができるし、心の支えとなっている部分は計り知れないくらい大きい。これからも一タイガースファンとして、一野球ファンとして、応援できることのありがたみを感じて生きていたい。いつもありがとう、タイガース。
おまけ

タオルと言っても全く吸水性がない
よって記念品として保存

こちらはちゃんとタオルとして機能するが
わたしは飾りにしている

こちらはいつか甲子園に
着ていくユニフォームにつけるつもり
封も開けてない

かなりキラキラしたアクリル素材
目立つけれどそんなの気にしない!
むしろ目立ってくれたほうがありがたい!

高橋選手のタオルしか手元になかった
金本さんや濱中さん
才木選手のものはまた今度
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