ドラムの研究(ドラマー必読)
どうも!こんにちは!
井ノ上雅之です。
今回は私が行ったドラムの研究について書きます。
まずはこちらのショート動画を見ていただきたいです。
題名の通り、ドラムに10年捧げたらこうなりました。
・・・それでは最初に、何故ドラムの研究を行なったのか、まずその経緯から書きます。
簡単に言えば、
①ドラムに才能がありそう
②仕事とか恋愛とか、全てうまくいかない
③人生に絶望しきる
④やりたい事やりたいだけやろう
⑤ドラムの研究を始める
です。以下、具体的に書きます。
私は子供の頃、あらゆる習い事や講座に参加していて、続いたものもあれば、すぐ辞めたものもありました。
ドラムもその1つでした。
ドラムは最初、中学生の時に、ドリームシアター岐阜で行われた、子供の為のバンド体験?みたいなイベントに参加したのがきっかけでした。
その時は別にハマらなかったんですが、中3ぐらいでX JAPANにハマり、YOSHIKIさんのドラムすげえ!ってなり、高校1年の時に父にドラムセットを買ってもらいました。
同時に、大垣市にある河合音楽教室にドラムを習いに行き始めました。
ただ、家がマンションだったので、家で練習するわけにもいかず、家業の事務所や父の知人のお店等、色々な場所にドラムセットを置いては、苦情が来てまた新たな練習場所を探す、という事を繰り返していました。
ドラムを始めたての時は、最初からメトロノームの全ての音をかき消せていて、Jpopの曲なら殆ど練習しなくても叩けて、手首だけでbpm150の6連符をシングルで叩けました。
ただ、私は運動能力が欠けていたため、スティックをリバウンドさせることが全く出来ませんでした。
高3の時に岐阜と名古屋でバンドを掛け持ちし、高校卒業後は名古屋の甲陽音楽学院にドラムを勉強しに行きました。
・・・入学はしたものの、当時は
・大人しく授業受けるのが苦痛
・重い髄膜炎の直後で体がしんどい
・心身があまり元気じゃ無い
状態で、全授業の0.1%ぐらいしか出席せず、1年で退学しました。
当時は殆ど授業に出ていませんでしたが、それでも鬼のように恐れられていたドラムの先生から良く上手い、上手いと褒められていました。
私は当時、自分のどこが上手いか全く分からず、こんなに下手なのに何故褒めるんだろうと思っていました。
その他者評価と自己評価の差に、もしかしたら才能があるのでは?と感じました。
が、20歳でいろいろあり、色々な場所を彷徨った挙句にホームレスをやってから、ドラムを辞めて普通に生きようとしましたが、何の仕事をやっても上手くいかず続かず、歌手を目指したらすぐ顎関節症になり(後に完治)、人生に絶望しきっていました。
そこで最後の力を振り絞り、全てを無視して、やりたい事をやりたいだけやろうと決めました。
私はそれまで、自分が納得できるまで物事に本気で取り組んだ事が無かったので、それを期に、人生をかけて、本気で、納得できるまでやろうと。
以下、研究内容です。
まず何を研究したかったのかというと、スティックのリバウンドです。
私は運動能力が低く、特に空間認識能力が皆無でした。
学生時代、スポーツが壊滅的で、サッカーをやればボールに足が当たらない、バスケットボールをやればドリブルが1回もできない、テニスをやればラケットにボールが当たらない、バレーをやれば真っ直ぐボールを飛ばせない、等、まあ不器用だったわけです。
スティックを全くリバウンドさせられないのは、それに通ずるものがあると思いました。
まずはその欠けている運動能力の問題を解決する必要があり、そして、それを解決した先に大きな伸び代があるのではないかと、私は10代の頃から密かに直感していました。
行なった事
①スティックの握り方の全てのパターン✖️関節の可動箇所の組み合わせ✖️背すじの伸び方✖️腰の角度✖️椅子の高さ✖️座る位置✖️自分とドラムセットの距離✖️ドラムセットの高さ✖️ドラムセットに向かう角度等、考え得る要素を全て掛け算して試した。
②topドラマー達の動画を1日に10〜20個ぐらい見た。
③ひたすら世界のトップミュージシャン達の姿勢や体の動きや顔の向きや動きの癖を感覚的に繰り返し模倣。
④反発力の違うあらゆる場所を叩いた。
⑤浮力によってリバウンドの感覚を掴めないかと思い風呂の中でスティックを振った。
⑥ルーディメンツの習得
22歳から27歳までは、寝ている時間以外は殆どこの研究しかしていませんでした。
北京にいた時も全く同じ。選挙を手伝った時は、流石に忙しすぎて一時的に中断していましたが。
定職に就かず、バンドも組まずこんな事やっていたので、理解者は見事に0で、たくさんの人に詰られましたが、全て無視しました。
ちなみにこの研究の結末は、呆気なく意外でした。
中国や日本のカラオケ喫茶、barで、お客さんのカラオケに合わせてドラム叩かせてもらった時に、カラオケ音が聞こえなくならない様に極小音でかつ、カラオケのドラム音から1ミリもずれないように叩いたら、無駄な動きが削ぎ落とされ、動きが最適化され、リバウンドと思わしき現象が起きました。
掴んだ!と思いました。
研究の延長上で得た成果ではありませんでしたが、これらの研究内容は、それぞれとても役に立っています。
例えば、バディリッチの動画は少なく見積もっても2000回は見たので、最初からスウィングの感覚が掴めていたり。
(追記)あらゆる体の動かし方の組み合わせを研究した事により、動きが最適化されたのかもしれないと思うようになった。
もしそうなら、研究の延長上の成果なのかもしれない。
ちなみに、私の掴んだリバウンドは、他のドラマーと同じリバウンド現象が起こってはいるけれど、恐らく認識が違っていて、スティックの先端と太鼓の打面がバネで繋がっている感覚です。
この感覚を掴んでからは、リバウンドについて一才考える必要が無くなりました。
そこから、井ノ上を名乗り、またバンド掛け持ちしたりしていろいろ活動を始めたわけですが。。
元のリズム感やタイム感はすっかり錆びついており、それを取り戻すのが大変でした。この時27歳。
だいぶ焦っていたので、ビッグバンドでプロに半年で越えるから出世払いで教えてくれと喧嘩を売ったりしました笑
結局越えれたかは微妙でしたが、ピリついた半年感を過ごし、爆速で伸びて、いい線まで行ったと思います。
しかし結局30歳になってもリズム感とタイム感が取り戻せず、挫折してドラム辞めました(爆笑)
辞めたんかい!!!!!!!!!!!
草
そしてドラムを完全に辞めた後、ミュージシャン向けの動画配信プラットフォーム作ろうと思って、まず最初に投稿用に自分のドラム動画撮ったら、「あれ?いい感じになってない?」って思って、「いけるんじゃね?」と思ってまたやり始めました。
その後、羽島で選挙に出て惨敗した後、自分のドラムをパッケージングし売り出す為に、思う存分練習出来る環境を求めて郡上の山小屋借りて、約2年経過したのが今です。
ちなみに、27歳の時から、徐々に戦略を立てました。
戦略の内容は、結果を出したら公表します。
ここで、2024年9月時点の練習メニューをコピペして紹介します。
今はメニューを簡略化し、動画投稿用の曲の練習に時間を割いています。
以下↓
・超脱力
・手足のスピードワーク〔動きの為、一個〕
・手足のアップ、ダウンストローク(タム回し用も)
・A胴鳴りレーザー (フルパワー&チップと、リラックス強弱&チップ)
Bグルーヴトレーニング(木と森、林と森)
・全太鼓バックビート ミュート、ノーミュート(フルパワースネアorロウパワースネアも)
・4way
・コンビネーション
・全太鼓バックビート m nm
・手、足のプッシュブル(ハット&クラッシュも)通常版も
・ルーディメンツ(+アクセント移動+タム回し)
(4wayも、1ブラシバージョン、2リバウンド&ノーリバウンド、3ポケット、4ダイナミクス)
・全太鼓バックビート m nm
ーーーーここまでが必ずやる練習ーーーー
・おはこフレーズ
・ミュージシャン譜面 できるだけ
・音読トレーニング
・初見
・レガート
・奇数連符
・パラディドルコンビネーション
・ポリリズム
・変拍子
■曲トレの日
①ミュージシャンビート
②線を歌う&何も考えない&掛け合わせ(曲の中で)
③ポケット各種&何も考えない
④ミュージシャンビート
◆ツインペダルトレーニング(重心に気を付けて)
①
・レガート
・アップ、ダウンストローク
・バネ無し→バネ有り時に同じ動き
・片足連打
・ヒールダウン、ジャンプ、ゴーストモーション、踵上げゴーストモーションでオルタネイト
・響式トレーニング
・足の休符移動でビート
・ツインペダル&ルーディメンツ
②(こちらの日は、プッシュブルの後に)
・一分針両足
・一分針ビート
・十分針両足
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以上です。
全ての練習に明確な意図、目的があり、順番にも理由があります。
私は練習メニューの順番もとても重要な要素だと思っています。
ちなみに、BPMはランダムで、BPMを変えるたびにチェンジアップ、ダウンをします。
この頃のツインペダルのトレーニングは、殆ど仮説検証の域を出ていませんでした。
今は割と結論が出ているかもしれない。
思い出す時間と記憶の容量を無駄にしないように、常にメモを辿りながら練習していました。
あと、youtubeにupしたドラムカバーの動画をいくつか貼っておきます。
最後に。
私のドラム研究を包括し一言で言うと、
努力が酷く苦手な人間が、努力が苦にならない「得意で好きな分野」で、なんとか努力し、自分に才能があると仮説を立てて行なった、10年かけた壮大な仮説検証ギャンブルです。
