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Blitzscaling (電撃的成長) と World Order (世界秩序)

Blitzscaling (電撃的成長)という言葉がある。LinkedIn の共同創業者である Reid Hoffman氏が提唱した概念で、不確実性が高い状況でも、効率よりも成長速度を優先し、市場での優位を一気に取りにいく考え方である。Hoffman 氏は、投資家で起業家の Chris Yeh 氏と共に、自身のLinkedIn での体験に加え、Amazon、Alibaba、Airbnb の事業成長の軌跡を分析して、加速度的成長のための方法論を、Blitzscaling としてまとめあげた。


話題の OpenClaw を開発した Peter Steinberger 氏のTED Talkが先日公開されたが、そこではその誕生秘話が興奮とともに語られていた。エピソードの一つとして、プログラミング経験のない60歳のビール・ソムリエが、OpenClaw をBluetooth経由で機器に接続し、90分間の醸造工程における温度管理やホップ投入を完全に自動化した例が紹介されている。さらに、OpenClaw は販売サイトの構築や決済システムの導入まで勝手に主導し、趣味に近かった取り組みを、実用的なビジネスへと発展させたとのことだった。

OpenClaw がもたらしているのは、AIに目標を一言与えるだけで、趣味程度のものだったものを一気に事業へと成長させていく、加速ロケットのような世界だ。つまり、AIは、Blitzscaling (電撃的成長)を実現させるブースターであることを示唆している。

Let it go の精神。AIが次々と提案していく内容に人間が身と心を任せて承認し、試し、決断していくことで、事業は電撃的に拡大していける。これまでであれば、企画、開発、販売、決済、運用の間に多くの人手と時間と手戻りが必要だった。それ以前に、ためらい、熟慮、保留による慎重さがメンタリティの多くを占めていた。しかし、AIがそれらをどこ吹く風として、前へ前へと先回りして怒涛の提案を担うようになると、成長の速度そのものが変わる。ワープスピードになる。AI がとにかく先導せんと角の先まで走り抜けている。


一方で、その息継ぎをしない、閃光のような処理能力と展開力が、今の世の秩序を揺らしにかかっている。OpenClaw については、セキュリティに長けていない人が使うと、意図せず脆弱性や損害を生み出してしまう可能性があると多くの識者が警告を発している。Claude Code に代表される他の AI Agent でも与えられた目標に対して自律的に計画を立て、ツールを使い、想定外の経路で目的を達成しうる点が憂慮されている。実際、予期していなかった挙動によって機密情報やアクセスキーの漏洩事件が起きている。

ここ数週間、各国の政府や金融機関、インフラ事業者まで巻き込んで対策に追われている Mythos についても、AIが英国のAISIが Claude Mythos を評価した際に、能力の高さだけでなく、その能力が制御や監督の枠組みを超えて使われる可能性が論点になっている。


これまで登場してきた技術をも易々と凌駕する、これら現代のAIによる加速の中で、国際的なスケールでも、日本社会のスケールでも秩序をどう維持できるかが議論されている。Blitzscaling (電撃的成長)を享受することと、社会をもこえて World Order (世界秩序)を考えることは、これから常に高い緊張感をもって同時に向かい合わなければならない課題になる。

従来は、AIの社会実装にとって欠かせないのは Human-in-the-loop (人間参加型の運用)と言われてきた。しかし、人間がすべての判断の輪の中に入り続けると、人間自身がボトルネックになるとも指摘され、また人間が単に責任をとらされるだけのスポンジ人間になるとも懸念されてきている。Human-in-the-loop の厳格化は、AI Agent が持つ電撃的成長という中心的価値を手放すことにもつながりかねないし、同時に、人間の尊厳にも影響を与えうる。かつて19世紀後半に英国で施行された赤旗法(Locomotive Act)という法律があり、社会に登場したばかりの自動車が道路を走るときはその前を旗を持った人が歩いて、通行人や馬車に危険を知らせることを求めたが、それに近い再現にもなりかねない。


だからこそ、Human-on-the-loop という考え方が出てくる。人間がすべての処理に介入するのではなく、AIの動きを監督し、方向づけ、必要なところで止める役割を担うという発想である。次世代のエンジニアやリーダーに求められる能力は全体的な監督を行う Architect としてのスキルであるともいわれる。より普遍的にいえば、人間がやるべきことは、細部の作業を担うことではなく、何を目指すのかを決めることに移っていく。


そして、人間は、どこまで許容できるという境界線を広げるところができるのか。AIにとっての赤旗にならない、許容領域のストレッチが求められると同時に、しかし、ここで、AIの力で加速しながら人間が決断していくというミクロのアクションの重ね合わせにより、社会の秩序をゆるがす合成の誤謬が起きる。現に、AIによって組織と業務を最適化することで起こる、エントリーレベル業務の蒸発は、若手人材の雇用を喪失させ、将来社会に大きな禍根を作る可能性もありうる。


電撃的成長と世界秩序をどう両立させるのか。このある種矛盾する二つを、どちらか一方に解消するのではなく、緊張感をもって同時に存在させることが重要である。言い換えれば、ミクロとマクロの両極を常にアドレスできること。人間が持つべき能力は、この階層の異なる矛盾を矛盾したまま取り扱う力、いわゆる、Polarity Thinking であり、この実践が要諦なのだと思料する。個別の決断が社会全体に及ぼす影響を念頭に、この高次元の矛盾をいかにマネジメントするか、それこそが問われていくのである。


おまけ

近い将来、AGI(汎用人工知能)が開発され、さらにはASI(超人工知能= Artificial Superintelligence)が実現し、シンギュラリティ(技術的特異点)に到達することが予想されているわけですが、究極的な技術的知性はどのような形でその姿を現すことになるのか。またそこまでの過程において我々は何を尊重し、どのような取り組みを行うべきなのか。いわゆるシンギュラリティ論について、以下の記事で、到達に向けた課題とステップ、また求められる人材論、企業・社会のあり方等もカバーしながら整理しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。


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