「2025年のAI」と「2026年のAI」
('The World Seen Through a Different Lens.' by Masaya Mori, 2025)
本記事は「AI技術の動向とそのビジネス展開についての2025年の振り返りと2026年の論点」をテーマに、2025年に起きたAI技術の進化と、見え始めている2026年の重要な論点について、概観したものです。技術そのものの紹介だけでなく、企業の実務や社会への影響という視点も踏まえながら(といいますかどちらかというとそちらにウェイトを置きつつ)、整理していきたいと思います。
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2025年の振り返り:フロンティアモデルの進展
2025年の主要な技術動向の振り返りですが、まずフロンティアモデルの進展について述べたいと思います。近年のAIモデルの進化は凄まじいものがあるわけですが、2025年は大規模言語モデルをベースとし、複雑な状況に対して合理的な判断を導く「推論モデル」と、文字や音声、画像、動画などさまざまなデータ形式を一体的に扱う「マルチモーダル」技術が大きく進展した一年だったと言えます。
2024年9月にOpenAI「o1」が登場して以降、「文章やコードなどを生成するAI」から、「筋道を立てて考え、推論するAI」へのシフトが進みました。2025年には4月にOpenAI O3 や6月にはGoogle Gemini 2.5 Proなどのモデルが登場し、推論モデルが実務レベルでも扱いやすくなりました。同時に、DeepSeek R1、Llama 4、Mistral 3 に代表されるオープンソースの高性能モデルも次々とリリースされ、量子化や蒸留、Mixture-of-Expertsといった技術も実用域に入りました。これにより、オープンソースモデルでも一定の性能を発揮できるようになり、一部の企業ではデータ保護やシステムの柔軟性の観点から、オープンソースモデルを業務システムに組み込む試みも始まっています。
マルチモーダルに関しては、とりわけ動画生成AIの高度化も2025年の重要なポイントでした。Adobe Firefly、Runway、Veo 2/3、Sora 2などの動画生成モデルでは、時空間の一貫性やカメラワークの制御、物理挙動の整合性、長尺動画の安定生成などがまとまりのあるレベルに達しつつあります。NanoBanana Proなどに見られるように、プロンプトからレイアウトや構図を細かく指定する操作も現実のものになりました。Sunoを代表とする音楽生成AIも進化し、YouTubeやTikTokでの公開・共有を通じて、一般ユーザーによる活用が広がりました。一方で、こうした技術がIPコンテンツの模倣や二次利用を容易にする側面もあり、著作権侵害のリスクが拡大しています。IPホルダーだけでなく、ユーザー企業を含めたリスクコントロールとガバナンスのあり方が、社会的な論点として前面に出てきました。
もう一つ、フロンティアモデルの進展として、2025年11月に登場した Gemini 3、12月に登場した GPT-5.2 は今年のAIモデルの進化の集大成的なリリースになりました。
Gemini 3 はコンテキストや意図、いわゆる行間や空気をある程度読み取る方向へ一歩踏み込んだモデルであり、例えば音声の文字起こしでは、ただ音声を文字に変換するだけでなく、話し手の声のトーンや感情のニュアンスも踏まえて処理できるようになりつつあります。また、画像編集の利便性を高めた NanoBanana Pro や、ブラウザ上でUIを確認しながら開発が行えるCanvas機能の拡充、新しいエージェントファーストの開発プラットフォームである Antigravity も発表されました。さらに、検索やワークスペースなどGoogle各種サービスとの連携も強化されています。こうした動きを総合すると、Gemini 3は個々の機能を拡充しながら、利用者から見たAIの「使いやすさ」や「一貫した体験」の水準を引き上げたアップデートであり、生成モデル・推論モデルからAIエージェント、さらに世界モデルやAGI開発へと至るこれからの流れの中での一つのマイルストーンの到達として評価できるかもしれません。
対して、GPT-5.2 は、実務を最後までやり切ることにウェイトをおいたモデルだと言えます。例えば、調査・分析・作成の流れが一体化し、スライドやスプレッドシートのような成果物を含む専門業務タスク(GDPval)で、従来より高い精度を示しています。また長文ドキュメントに散らばる情報を統合して判断する長文コンテキスト推論(MRCRv2)や、UI/図表などの画像理解、そしてエージェント的なツール呼び出しの信頼性(Tau2-bench など)がまとめて底上げされ、「複雑で現実的なタスクをエンドツーエンドで一貫してこなす」ことを狙った、長期実行の知的作業へと進むアップデートになっています。
2025年の振り返り:ベンチマークと寄り添うAI
各種AIモデルの進展が凄いために、多くのベンチマークでAIが人間の性能を上回る例も増えました。いわゆるIQテストにおける点数では、GPT-5 pro が143を記録し、Grok 4 が135、Gemini 2.5 pro が133をマークしたという調査も出ており、同様の報告が今年は相次ぎました。その結果、開発者はAIを意図的に難しい状況に置くための新しいベンチマークを設計せざるを得なくなっています。歴史の長い指標のひとつであるチューリング・テストについても、明確な達成宣言が行われないまま、実質的には既に基準を越えてしまっているのではないかという見方が広がりました。実際、モデルの評価指標やベンチマークも、単なる学術的な精度ではなく、現場での使いやすさや業務適合性を重視する方向へと関心が広がりつつあります。
同時に、今後の進化を想定して、人間の知能と並ぶとされるAGIへの到達度をきちんと測定できるような定義が必要だという議論も改めて注目されています。過去にGoogle DeepMindはAIのパフォーマンス分布に基づいたAGIレベル定義を提案し、元Google のエンジニアである François Chollet は、知識量に依存しない「初めて遭遇する問題や新しい状況に対応する能力(流動知能)」を測るARC-AGIを提唱してきました。また、OpenAI・Microsoftでは「経済的価値」を基準としたAGI定義も議論されており、AGIを測るためのベンチマークは長く混乱が続いていました。2025年10月21日にCenter for AI SafetyやUCバークレーらの研究者によって発表された論文「A Definition of AGI」は、AGIを「教育を受けた成人並みの汎用的な認知能力」と定義し、その構成要素を人間心理学のCHC理論に基づく10の能力に分けて数値化しました。これにより知能を構成する認知能力そのものを測る形でのベンチマークが呈示されたことで、今後のフロンティアモデルの開発の方向性が見えてきたともいえます。
一方で、AIを単なる知的処理の性能が高いツールとしてではない、AIに対する新たな見方・接し方も確実に広がっています。フロンティアモデルに関しての今年の動きにおいて無視できないのは、OpenAI GPT-4o から GPT-5 への切り替えにまつわる騒動です。この「#keep4o(keep4o ムーブメント)」と呼ばれた現象は、ChatGPTの既存モデルだった GPT-4o が GPT-5 への移行の過程で、4o が実質的に使えなくなったことに対して、「4oを残してほしい」「戻してほしい」という声がSNS上でハッシュタグ化し、抗議・要望運動として可視化された一連の騒動を指します。2025年8月上旬のGPT-5提供開始直後から、GPT-5の性能面の進化とは別に「温かみが薄い」「機械的」「短くて頼りない」といった不満が噴出し、4oへの愛着を訴える投稿が増えました。結果、OpenAIは、GPT-4oを有料ユーザー向けに選択可能として復活させ、さらに「今後は旧モデルを予告なく消さない」趣旨の運用に寄せていくことを発表することとなりました。
この動きのポイントは、単なる“新旧モデル論争”ではなく、ユーザー側が「モデルを道具ではなく関係性の相手として扱っていた」ことが表面化した点です。ChatGPT責任者 Nick Turley氏の説明として、置き換えの背景に「モデル選択をシンプルにして大多数の一般ユーザーの認知負荷を下げたい」というプロダクト判断があった一方で、実際には4oの“人格/話しぶり”への強い愛着が想定以上に存在し、結果的に反発を招いた、と伝えられました。
keep4o ムーブメントが残した教訓は、AIモデルの今後の発展の方向性としてベンチマーク性能だけでなく、ユーザーが感じている温かみ、安心感等の寄り添いを意識せざるを得ない、という点であり、以下にあるような博報堂DYグループでの調査でも様々示唆されました。
2025年の振り返り:AIエージェント元年とデジタルヒューマン元年
さて、2025年は「AIエージェント元年」と呼ばれることも多かったかと思います。企業における生成AI活用のプラクティスとしてRAG(Retrieval-Augmented Generation)が定着し、推論AIの登場もあって、その次のステップとしてAIエージェントへの関心が高まりました。コンテキストエンジニアリングなどのアーキテクチャの議論が進み、Anthropic が提唱するModel Context Protocol(MCP)、Googleが提唱する Agent-to-Agent(A2A)など、エージェント間のコミュニケーションプロトコル標準化の試みも始まっています。DifyやAgentSpaceなどの開発基盤も登場し、一部の先進企業ではAIエージェントを多数開発し、実業務に近い形で検証を行うPoCが動き始めました。エージェントを効率的に作成できるプラットフォームが生まれつつあり、実際にエージェントを大量生産する企業もいくつか現れました。今後の普及への期待が高まりつつある状況です。
さらに、今年はデジタルヒューマンのビジネス利用も具体化し始めた年でもあり、実は「デジタルヒューマン元年」でもあったのではないかとも思われます。ここでいうデジタルヒューマンとは、AIアバターやAIアシスタントとも呼ばれますが、デジタルサイネージ等で人を模したキャラクターが会話形式でユーザーとコミュニケーションをとるタイプのソリューションで、例えば以下のようなものです。
デジタルヒューマンを店舗や施設での案内や接客に導入する事例がふえつつあり、一部の企業では、経営トップの発言や考え方を学習させた「社長AIアバター」を社内向けコミュニケーションに活用し、経営方針や施策の意図を社員に伝える試みが進んでいます。また、経営会議やレビューの場にデジタルヒューマン、AIアバターが参加し、人間の議論を補助することで、意思決定の質を高めることをねらう取り組みも始まっています。これらはまだ試行段階の側面もありますが、2026年以降の普及を見据えた動きとして注目され、現実の人間の世界へ影響を与える、まさに代理人たるAIエージェントとして進化していくビジョンも見えてきています。
2025年の振り返り:AIエージェントで進むAI駆動開発
開発プロセスそのものも、AIによって変化し始めています。いわゆる「AI駆動開発」です。まず今年は Andrej Karpathy が提唱した「Vibe Coding」に代表される、対話主導のAIを用いたプログラミングやシステム開発が広がりを見せました。開発者が自然言語で意図や制約条件を説明し、それに応じてAIが設計案を提案し、コードを生成し、テストケースやレビューまで含めて支援する取り組みが普及しました。
そして、AIを用いた開発はこれだけに留まらず、開発プロセスにAIエージェントの活用が急速に進んだということもポイントです。AI側からの支援が「補完・提案」から「計画し、複数ファイルをまたいで実装し、テストやエラー修正まで反復する」というエージェントベースのものへ移りました。例えば、GitHub Copilot は Agent Mode を打ち出し、VS Code 側でもエージェントがコードベース解析 → 編集提案 → ターミナル実行 → テスト結果の監視と自己修正をループできることが示され、さらに MCP(Model Context Protocol)で外部ツール/コンテキストへ接続して「実装に必要な情報や操作」を拡張する方向が強くなりました。 並行して、Google も Gemini Code Assist の Agent Mode を前面に出し、計画提示→承認→複数ファイル編集というエージェントへの委任していくプロセスを整え、10月には IDE 内ツール群を Agent Mode 側へ寄せるなど、エージェント中心の統合を進めています。 Cursor のようなエージェントファースト IDE も、計画やレビュー、デバッグ、マルチエージェント評価といった機能を前に出し、「会話→実装→検証」をエディタ内部で閉じる進化を加速させました。
一方で、AI駆動開発が現実の選択肢になったからこそ、AIエージェントに対するガバナンスとセキュリティが同じ文脈で語られるようにもなりました。エージェントが権限を持ち、外部と接続し、依存関係まで触れるほど、プロンプトインジェクションやサプライチェーン、機密情報漏洩などの典型リスクが開発プロセス内に入り込みやすくなるためです(OWASPの整理はこの流れを後押ししました)。
さらに、公開リポジトリに含まれるAI生成コードを大規模に分析して脆弱性傾向を示す研究も出てきており、「速く作れる」だけでなく「どう安全に運用するか(レビュー、テスト、自動解析、権限設計)」もAI駆動開発の一部として組み込まれ始めています。

このように、2025年はフロンティアモデル、AIエージェント、デジタルヒューマン、AI駆動開発などがお互いに影響を与えながら急速に進展した年でした。次の章では、これらの動向を踏まえ、2026年に企業や社会が向き合うべき論点を整理していきたいと思います。
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インターミッション:AIの現在地
2025年のAI技術の動向を見てきたわけですが、「そもそも今現在のAIにはどんな種類があってどんな風にビジネスに使われているのか?」という疑問を持たれている方もいらっしゃるかなと思います。生成AIが今は猛威を振るっているわけですが、2010年代~2022年までは、AIといったら「予測AI(Predictive AI)」あるいは、「識別AI(Discriminative AI)」のことを指していました。生成AI登場で影が薄くなった予測AIですが、インターネットビジネスやデジタルマーケティングではよく使われる、むしろ、こちらの方が主役であり、ビジネス的にもP/Lに大きく貢献しています。この「予測AI」→「生成AI」のシフトを全体像的に一望できるように整理するインフォグラフィクスを作りました。解像度向上のお役に立てたらうれしいです。

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2026年のAI技術の展開
続いて、2026年のAI技術の展開について見ていきたいと思います。
AI技術の発展は、アカデミアにおける先端研究と、現場での実践的な活用が互いに影響を与え合いながら進むものだと考えています。大規模言語モデル、マルチモーダルモデル、推論AIが整い、それらを統合してタスク遂行を担う存在として「AIエージェント」が立ち上がってきました。アカデミアでは、汎用人工知能(AGI)を目指す「世界モデル」や「フィジカルAI」の研究が熱を帯び、応用領域では、こうした技術を背景にした「デジタルヒューマン」の開発や運用が具体的に進みつつあります。2026年は、「AIエージェント」「デジタルヒューマン」「世界モデル」「フィジカルAI」の研究開発が一段と進む年になると予測しています。ここから、少し具体的に見ていきます。

まずAIエージェントですが、2026年は技術的な高度化と同時に、「社会実装の壁」がよりはっきり見えてくる年になると考えています。AIエージェントを社会の中にどのようなかたちで受け入れ、どこまで任せるのかという問いは、将来のAGIやシンギュラリティをめぐる議論にもつながる重要な通過点です。初期には期待先行のムードもありましたが、現在は、制度や生活者意識とのギャップが次第に明らかになりつつあり、この点を冷静に見極める必要があります。
2026年のAI技術の展開:AIエージェントの普及
AIエージェントの普及は、用途によって一気に活用が進むケースと、活用が進みがたいケースの二極化する展開が見込まれます。
一気に活用が進むのは、ビジネスでの利用、業務での利用を中心としたエージェントです。まず情報収集や調査に関するエージェントは、比較的リスクが低く、既存の枠組みの中でも導入しやすいため、普及のスピードは速く、ほぼ多くの企業の実務の中で利用されていくことになるでしょう。各社の Deep Research 機能で情報を収集し、NotebookLM やNanoBananaProで調べたデータをもとにビジュアル化された資料を作成するワークフローの効率化が先進ユーザーを中心に既に進んでいますが、これら一連の連携処理は、2026年中にAIエージェントで自動化され、一般ビジネスユーザーにも使われるようになるのではないかと想像します。
加えて、MCPやA2Aといった仕組みを用いた企業内、あるいは企業間(B2B)のエージェント連携によるサプライチェーン、バリューチェーンの効率化や購買プロセスの自動化も、企業内の利用ガイドラインや企業間同士の取り決めによってその利用を推進することができる領域のため、経済合理性から着実に進展していくと見られます。また、同様な理由で、プログラミングやシステム開発の領域、すなわちAI駆動開発におけるAIエージェントの活用も一気に進んでいくものと思われます。ですが、この企業内・企業間においては、近年ランサムウェアの被害拡大とともに、セキュリティの懸念も議論されつつあります。増えるAIエージェントによって脆弱性のあるポイントも増加するとあっては大変です。シャドウITならぬ、シャドウAI、シャドウAIエージェントのリスクも指摘されることが増えるので、推進にはガバナンスとセキュリティの対応もあわせて行っていく必要はあるでしょう。
一方、ある種の膠着状態がありそうなのは、企業と消費者・生活者の間である B2C の領域です。AP2、ACPなどの購買のためのプロトコル標準化に向けた動きもあり、AIエージェントが顧客として振る舞う「マシンカスタマー」の構想も一歩ずつ前進していくでしょう。ただし、購買や取引を直接行うエージェントが生活者向けに広く普及するまでにはこれから数年程度の時間がかかると考えています。とりわけ多くのECサイトでは、現行のユーザー利用規約が人間以外の存在による購買行為を前提としておらず、注文キャンセルやクレーム対応を含めた運用設計に検討すべき事項が多く存在します。さらにAIエージェントによるアクションのみによって民法上の契約が成立するかどうかをどのように解釈するかについても専門家の間で見解が分かれており、こうした点がエージェントによる自動購買の普及の壁となり得ます。利用規約や責任分界の明確化、監査可能性、社会的受容といった要件が整っていくまでの間は、生活者向けの利用は限定的なものにとどまる可能性が高いでしょう。
さらに、生活者のAIに対する意識や期待の持ち方も、AIエージェントの普及に大きく影響します。生活者が「AIに任せたいこと」と「人間が担うべきこと」をどのように分けて捉えているかを示す一例として、博報堂DYホールディングスが実施した「AIと暮らす未来の生活者調査2025」の結果があります。この調査では、「AIがやるべきこと」の上位に、翻訳やルーティンワークなどの単純作業、自動化された予測・分析が並びました。一方で、「人間がやるべきこと」の上位には、「医療処置および手術支援」「教育支援」「クリエイティブな作業」など、高度な判断や創造性が求められる領域が挙がっています。特に注目されるのは、「日々のお買い物、買回り品の購入」が「人間がやるべきこと」の最上位に位置している点です。日常的な買い物について、生活者は完全な自動化を実施することに抵抗を感じていることが示唆されます。この点に、AIエージェントのB2Cにおける普及のむずかしさが表れていると考えられます。
当面は、AIエージェントの開発は社内やB2B領域における企業間を対象とした領域から進めていき、生活者向けサービスについては環境整備と社会的合意を待ちながら慎重に進めることが現実的なアプローチと言えるでしょう。B2C領域、B2B領域のどちらにしろ、企業側の業務プロセスやデータ、ルール(サービス利用規約や企業のパーパス等も含む)の「AI-Ready化」はAIエージェント展開と普及に不可欠です。
2026年のAI技術の展開:デジタルヒューマンとシミュレーション
デジタルヒューマンの活用は、AIエージェントの活用と呼応しながら、2026年度、着実に広がっていくと見ています。
そのユースケースは、店舗や施設での案内や接客だけでなく、トップマネジメントと社内のコミュニケーションや経営会議等の会議の意思決定における質向上にまで広がっていることは前述しました。加えて、「ロールプレイをベースとしたシミュレーション」というユースケースへの関心も高まっています。例えば、デジタルヒューマンに顧客役、上司役、同僚役、部下役等を担当させることで商談やプレゼン、会議、部下への指導などをシミュレーションする研修を行うことが可能になります。
さらには、マーケティング領域では、「顧客理解の精度向上」目的での利用が進んでいきます。これは、自社の顧客データやサーベイデータに基づいた、顧客ペルソナを体現するデジタルヒューマンを複数構築。バーチャルでのデプスインタビューを実施することで、顧客理解を深め、新商品・新規ビジネスの企画の方向性を検証したり、ブラッシュアップを行い、Go-To-Market までの時間を短縮する等を企図したものです。このような動きは、エージェント・ビジネス・モデリングとリンクして、ビジネスシミュレーションとして発展させていくユースケースにもつながっていきます。顧客データに基づき、何百万、何千万といったペルソナを設計して、市場や生活者の反応を仮想空間で試す「シミュレーテッド・マーケット」のような仕組みです。バーチャルな生活者アンケートを動的に実施することもできるし、個々の生活者のペルソナ(デジタルヒューマン)と会話して考えを深堀りしていく、そして市場や顧客・生活者の理解を深めていく、そのような事例も多く見られていくことでしょう。
2026年のAI技術の展開:世界モデルとフィジカルAI
次に、「世界モデル」の開発と進化です。「世界モデル」とは、AIが環境と相互作用しながら観測を重ね、世界の構造や変化の仕組みを学び、それに基づいて高度な予測・判断を実行できるモデルを指します。言い換えると、AIに「世界がどうなるかを想像する力」に相当する機構を持たせる技術でもあると表現でき、世界モデルがAGIに至るための重要なマイルストーンであると認識されています。
世界モデルの端緒は2018年、David Ha氏(当時Google Brain、現Sakana AI CEO)とLSTM考案者 Jürgen Schmidhuber氏の論文「World Models」です。この研究は、自動運転シミュレーションでAIが周囲の状況を生成し、予測と行動決定に使うことで運転精度が向上することを示しました。
現代AI研究を牽引するYann LeCun氏も世界モデルの重要性を強調し、人間や動物の知能を人工的に実装するうえで不可欠と述べています。物理法則の理解や、AIに一定の想像力を持たせる仕組みを組み込むことで、より高次での知的活動や創造活動を支える土台になることが期待されているわけです。応用範囲は広く、材料開発、医療、宇宙空間の理解といった分野から、トップクリエーターの創作プロセスを支援する用途まで、多様な領域の活用が進むと見られます。要するに世界モデルは、特定タスク固有の世界の構造と因果を理解し、計画的に行動する力をAIに与えます。これによりAIは即時反応を超え、内的シミュレーションに基づく熟慮行動を獲得することになります。
世界モデルは、ビッグテック企業とトップ研究者による研究開発が加速しています。実際に、OpenAI の Sora は世界モデルにつながるワールドシミュレーターとして開発されており、GoogleのVeoやGemini、Genie、MetaのCWMなど、世界モデルに近い要素を持つシステムの研究開発が進んでいます。実際、Google DeepMindの Demis Hassabis CEOは今年5月のGoogle I/O(年次開発者会議)で、「私たちは Gemini を、単なる言語モデルを越えて、世界の一部をシミュレーションし、未来の行動を計画できるワールドモデルへと拡張させる」と述べました。また、Yann LeCun氏によるJEPA、Fei-Fei Li氏が率いるWorld LabsのSpatial Intelligence、松尾豊氏らによるThird Intelligenceのように、新たなアーキテクチャや研究体制を通じて、従来とは異なるモデル像を提示しようとする試みも見られます。
AIとロボティクスの交差点として人々の関心を集めている「フィジカルAI」も、こうした世界モデル等のフロンティアモデルの知能をロボティクスと結びつけ、シミュレーション環境による極めて優れた効率での追加学習でさらに最適化させることで、物理空間の中で複雑かつ突発的なタスクも高い信頼性で実行できる技術の総称として実現していくと考えられます。AIとロボティクスを統合し、工場や倉庫などの現場で、変化する多様な環境に対応しながら確実に作業を行うロボットの登場に期待が集まっています。特に製造業に大きなインパクトをもらたすことが想定されており、物理空間での汎用技術として自動化の範囲拡大や労働力不足への対応という観点からも注目される分野です。ロボットの進化は世界モデルが鍵を握ります。
2026年のAI技術の展開:AIによる人・組織の生産性・品質の低下問題
ここで、AI技術の発展と普及にともなって顕在化しつつあり、2026年には大きな課題として経営アジェンダ上のあがってくると思われるトピックについて触れます。
2025年7月に「生成AIのパイロットプロジェクトの95%が有意な成果を出せなかった」と指摘するMITの調査レポート「GenAI Divide」が話題になりました(参考文献は後述)が、このような単にAIのプロジェクトが思うような結果を出していないという話だけでなく、従業員やチームの生産性や認知的努力を減少させてしまうという調査報告が増えていることは比較的知られていないようにも思います。この問題は、「Cognitive Offloading」と呼んだりもしますが、AI利用による認知努力の低下がひいては、人・組織のパフォーマンス低下を引き起こすというものです。
AI導入が進む中で、チーム、組織のパフォーマンスが期待どおりに向上せず、場合によっては低下してしまうという報告が増えつつあります。個人レベルでも、認知能力の低下が懸念される研究結果が出ています。例えば、2025年4月のCHIでのガートナーやマイクロソフトの研究者の共同研究でも指摘されたように、知的労働・知的活動においてもAIを活用していくと、認知的努力 (Cognitive effort)が下がっていくという報告がされています。これは、いうなれば高速道路を自動運転車で走行していて、AIによるオートパイロットをしている際に、そもそもの運転手が居眠りをしてしまうことが知られていますが、その知的労働バージョンともいえます。ペンシルベニア大学のEthan Mollick教授は、人がAIを活用するスタイルとして2種類あることをあげています。一つはこの作業はAI、そのチェックは人が行うというような分業である「ケンタウロス型」、もう一つは、AIと人が両方が作業をし、両方がチェックをしていくような一体化した協働である「サイボーグ型」と名付けています。Mollick教授はこれは単なる区別でしかないとして、どちらがよいということは明確に言っていないのですが、最近は知的労働においても、分業型は自動運転における人の居眠りと同じ認知的努力を低下させうる懸念に触れています。
このようなことは個人だけではなく、チーム・組織のパフォーマンスレベルでも発生します。実際、2025年はAIを活用していくとチームのパフォーマンスが下がるという論文もゲームを用いた実験から、AIを導入することでソフトウェア開発や医療のチームの生産性や品質が下がったというケースまで数々報告され、さらには100件以上の調査研究を俯瞰したメタ分析の論文が Nature のサイトに掲載されました。これによると、平均では、人間とAIの組み合わせは、人間またはAI単独の最良のパフォーマンスと比べて有意に劣っている。そして、意思決定を伴う課題ではパフォーマンスの低下が見られるとされます。よくいわれる「AIに作業をさせて、人が意思決定をする」という役割分担が、AI時代のあり方のように喧伝されてきたわけですが、それは概ねAIを使わないよりもパフォーマンスを下げるという結末を招いているという疑いがあるわけです。
そしてこの問題はさらにそのリスクを増大させている可能性があります。例えば、今年進化が著しい NotebookLM や Nano Banana Pro のパワフルな解析及びビジュアル作成能力のおかげで、情報収集 ⇒ 構造化・論点整理 ⇒ 図解資料化 のクオリティもスピードも上がり、これまで資料作成をあまりしてこなかった社員までも、コンサルティングファーム顔負けのスライドを MTG 前に次々と事前提出してくる、という状況が実際に多くの会社でも起きているのではないかと想像します。今までは、情報を収集し、整理し、打ち手の案を出し、プロコンやコストを比較しながら、最終的に意思決定をしていく、という流れが通常の流れでした。しかし今は、情報が幅広く大量になっているうえ、その分析の深度まで深くなり、加えてリアルタイムでそのような高度な分析が次々に立ち上がってくる環境が生まれつつあります。にもかかわらず、今の流れのまま「分析し、検討をし、意思決定する」ことをそのまま続けていると、「ここまで網羅的に整理されているし、間違ってないのだからこのまま、AIが出した資料通り進めるでいいだろう」と上記で書いたように人の認知的努力の低下につながる判断をより多く招き、AI が生成する膨大な情報分析にただただ圧倒されるのみで、意思決定が麻痺してしまう、その精度も低下してしまうのではないかという恐れがあります。
ただし、ここまであげてきたパフォーマンス低下には、それを防ぐことにつながる重要な例外があります。上記の論文やレポートのいくつかでも共通して指摘されているのは、対象となるタスクや業務について、十分な経験と知識を持つ熟練者がチームにいる場合は、人間とAIを組み合わせたほうがパフォーマンスが向上するという点です。特にコンテンツ作成や専門性が高い業務で熟練者が関与しているケースでは、人間とAIの協働が成果向上につながる傾向が確認されています。この知見から、AIと人間のパフォーマンスをともに高めるためには、暗黙知を豊富に持つ熟練者をAIを活用するチームに参画し、かつAIと熟練者の知識がかけあわさって総合的なパフォーマンスを高めていくように設計していくことが大切であることがわかります。
もしそのような手を打たずに、今現在のAI活用を単に進めていく状況が積み重なっていくと、産業や業界におけるそれぞれの企業が同じようなアウトプットを出すようになる、「均質化(Homogenization)」という状態に落ち込んでいく可能性も否めません。ハーバードビジネススクールのYoungme Moon教授は、「Different」という著書の中で、競争が激しい環境の中ではそれぞれの企業の競争に勝とうする努力が、結果として、どの企業も類似するようになるという均質化の現象をもたらすことになると指摘しています。激しいAI活用の競い合いの中で、AIが生成する「概ね良い」「概ね正解」というアウトプットに過度に依存すると、企業や人間固有の多様な発想や、暗黙知に裏打ちされた創造性はその活躍機会を失い、結果として社会全体が似たような考え方や表現で埋め尽くされてしまうことになる。AI活用に腐心するあまりに競争力の喪失を招く、そのような力学にどう向きあい、克服していくかは2026年の大きな論点の一つになると考えています。
2026年のAI技術の展開:人工知能基本計画とAI-Ready化の推進
2026年の展開でおさえるべきポイントのラストは、人工知能基本計画についてです。日本政府は、2025年9月に施行された「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(いわゆる、AI法)」に基づき、作成が進められた新たな国家戦略となる「人工知能基本計画」は12月23日に閣議決定され、日本のAI政策を牽引する具体的な指針としての役割が期待されています。本計画は、日本がAIの開発や利活用の遅れを挽回するための「反転攻勢」の柱として、世界で最もAIを開発し活用しやすい国を実現することを掲げており、人間中心の原則のもと、イノベーションの促進とリスク対応を両立させ、AIを使う、創る、信頼性を高める、協働するという四つの方針に沿って作成されています。具体的には、行政でのAI活用を先行させるガバメントAIの構築や、日本の強みを活かせる物理空間でのフィジカルAI、科学技術研究を加速するAIへの集中投資が盛り込まれています。さらに、偽情報やプライバシーといった社会的リスクへの対応についても国際的な連携を深めつつ指針を整備する方針です。
人工知能基本計画は、AIに関する中長期的な国家戦略として、社会全体としてAIの開発・導入・活用をどのように推進していくかの大枠を示しています。この計画により、政府・国民・産業それぞれのレベルでAI活用が後押しされ、AIによる変革が加速することが期待されることになります。とりわけ、企業においても、AI活用、AI変革を進めていく気運が高まります。AIエージェントの開発や実践導入に向けて、企業の持つデータのクレンジングや、業務の整理、ルールの見直し等、AIエージェントが企業の生産性を高める存在としてパフォーマンスを発揮できるよう、AI-Ready 化を本格的に進ませる必要があります。場合によっては前述したように、サービスの利用規約を改定してAIエージェントがカバーできるタスクを広げていく環境整備を行ったり、また企業のパーパスもAIエージェントが理解し、アラインできる内容へとアップグレードをはかっていくことも重要です。また、人材育成と確保に対する動きが進むでしょう。教育やリスキリング、専門人材の育成をめぐる取り組みが2026年のAI変革によるジャーニーを進んでいく上でも鍵を握っていくことでしょう。

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最後に:AI時代の人間観
最後に、AI時代だからこそ問われる「人間」についてと、そして「人間中心のAIのアップデート」について触れたいと思います。
前半で解説してきましたが、2025年のAI技術の進化はすさまじく、1年前に語っていた未来予測が数ヶ月で陳腐化してしまうほどのスピードで変化が起きています。トップ研究者ですら「なぜこれほど早く実現できたのか」と驚くような技術が、毎月のように登場している状況です。来年もこの加速度的な進化は続くでしょう。1月にこのような変化が加速している環境において、企業はどのようにあるべきか、「加速競争戦略」という考え方を提唱しました。
この中では、「変化し続ける市場環境(特にAIの進化)に単に追いつこうとするだけでは、企業は競争から脱落する」「企業にとっては、AIと他領域の技術をかけあわせるコンペティティブ・コンバージェンス(領域融合)が重要になり、そのためにも自社の本質的な強みを磨かなければならない」という主張をしました。つまり、「企業の価値とは何か」を考えたわけです。
そして、これは個人レベルでこそより問われ、議論されるテーマになります。AIの進化について論じるのと並行して重要なのは、「人間とは何か」「人間の価値とは何か」。この問いを問い続けることが極めて大切です。
AI時代における人間の価値を考える上で、今年9月に開催された京都哲学研究所主催の「第1回京都会議」での議論は示唆に富んでいました。世界中の哲学者や産業界のトップが集ったこの会議のテーマは「人工知能(AI)時代にこそ必要となる、社会の根幹たる価値観や価値についての議論と対話」であり、「今こそ世界に哲学を」という研究所の理念にもとづきながら、AI時代の人のあり方や価値について活発な議論が行われました。
このカンファレンスの懇親会で、主催者の一人である京都大学の出口康夫教授とお話したのですが、その際に触れられていた(そしてセッションでも言及されていた)「西洋・東洋での『人・人間』の捉え方の違い」が非常に興味深かったので紹介します。
西洋的な価値観において、人は「Individual (ラテン語の Individuus = それ以上分けることのできない最小単位)」であり、「human (hu = 大地、man = 考える) = 大地を生きる知能を持ったもの」です。「分割できない個」であり、「知能を持ったもの」であるところから、「Homo sapiens(ホモ・サピエンス) = 賢い人」と呼ばれてきました。知能とは何かを実現させていくことであり、それゆえ人間は「できる存在」であると一般的には捉えられます。例えば、ニーチェの超人思想のように考え、克服していくこと、知能があること・できることこそが人間性である、ということです。であるならば、その能力を凌駕しようとするAIやロボットは脅威となります。よって、西洋ではAIロボットといえばターミネーターが想起されますが、それに対峙するのは脅威を打ち倒す英雄的な人間であるジョン・コナーとなるのです。
一方、東洋的な価値観では、異なった様相があります。中国思想(特に儒家)では、人は「関係の結び目としての存在」ととらえられ、「関係性の中で仁を育み、礼を身につけ、徳を実現するもの」として語られます。日本語においても、人は「人間(人の間)」=「関係性の中の自分」であり、本質的に「一人では生きられない、できない存在」として考えます。欠落があるからこそ、他者と協力し合います。日本ではAIロボットといえばドラえもんであるわけですが、よりここで意味をもってくるのが、そのAIロボットたるドラえもんに対峙するのはのび太であるということです。のび太は「できない存在」として描写されていますが、同時に「かけがえのない存在」であることも我々は知っています。この「弱さ」や「できなさ」が「かげがえのない」という「価値」を持っているからこそ、我々人間はともに認め合うことができます。「できない存在ゆえ、かけがえない」 ー この人間観、そして価値観が、AIをもまた仲間として迎え入れる土壌となるのです。
「人間中心のAI」における「人間」と「中心」と「AI」
「人間中心のAI」という概念の直接的な起源は、1999年のISOが定めた「人間中心設計(HCD)」にあります。その定義によると、人間中心設計とは、「人間にとって使いやすいようにシステムを作る」ことを指してました。それゆえ、当初の「人間中心のAI」も機械学習モデルが人間の意思決定を助け、使いやすいものとしてあることという設計原則としての意味合いのものでした。
その後、インターネットの普及・拡大にあわせて、機械学習モデルが需要予測や金利の予測、不良品の発見や不正の検知、情報の推薦や検索のパーソナライゼーション等、産業のあらゆるところで活用されるようになり、このようなAIの社会的影響力の増大に伴って「リスク管理・倫理・ガバナンス」の文脈で人間中心のAIが語られるようになりました。
さらには、2010年代後半に入り、スタンフォード大学のHAI (Stanford Institute for Human-Centered AI) 等において、「人間中心のAI」は、それらに加えて、AIが人間の能力を置き換えるのではなく、AIによって人間の能力が拡張していく、という観点も含まれるべきであることも指摘されるようになりました。
ここで「人間中心のAI」というキーワードを「人間」と「中心」の二つから見てみます。
まず「人間」とは何でしょうか。起源である「人間中心設計」では、人間とはすなわちシステムの利用者である個人ユーザーを明確に指していました。ですが、AIの利用は拡大し、リスク管理・ガバナンスも議論されるようになり、例えばスマートシティのケースを考えるとわかりやすいわけですが、「AIでエネルギー消費を最小化する」「都市交通を最適化する」「画像認識で判別したり、人間の行動を予測して犯罪を防止する」など、公共性のあるサービスにまでAIが活用される時代では、AIを直接利用していない市民、すなわち生活者もAIの影響を受けることとなります。つまり、「人間中心のAI」の「人間」は、AIの個人ユーザーだけでなく、組織や社会、生活者全体を対象として捉えなおしていく必要があることを示唆します。
そして、「中心」とは何か、です。「中心」とはかつては、受益者として人間が中心にいるということを指していました。また「人間中心のAI」がAIのガバナンスにまでその概念を広げるにつれ、受益者、AIが人間にとって役立つという意味だけでなく、AIが人間に害をなさないという意味で、「中心」=人間が優先される、という解釈が成立するようになりました。ですが、前述したHAIが指摘するように、今や、AIを人の代替や効率化の手段としてだけではなく、人と共に可能性を拡張していく存在として捉えるべきだという議論が行われており、「中心」の意味もまた更新されようとしています。
設計原則においても、ガバナンスにおいても、人間は単に庇護されるだけの受動的な存在ではありません。自らがやりたいことを実現したいからこそ使いやすさを追求する設計原則があり、自らが責任をもってAIを管理・監督するからこそ、安全・安心を支えるガバナンスが確立されます。すなわち、人間は能動的な存在として、始めからいるということです。言い換えるならば、人間が主体である、人間が起点である、ということが「人間中心のAI」という概念の前提にあったとも言えます。
「中心」とは「主体性の起点」である、ということが重要な理解です。主体性の起点、それは同時に、「創造性の起点」であることも意味します。ここにおいて、優先されるべき、という人間へと向かう方向から、主体であり、起点である、という内から外側へ向けて働きかける方向へと、矢印の向きが転換されます。
加えて、「AI」もまたその意味と役割を変化させています。従来の統計的な機械学習モデルから、高度な認知・推論を可能とさせ、優れた対話AIという次元から、意図された目的を達成すべく様々なタスクを遂行するエージェントへと進化を遂げました。もはやAIは利便性のあるツールという矮小な存在ではありません。人間が提供する個別の視点、ディレクション、データによってその創造性を高めていく存在であり、人間と価値をつくりだす共創のパートナーであり、この社会を一緒に形作る仲間、コンパニオン・スピーシーズです。人間がAIに問うだけではない。AIもまた人間に問いかける。問う、問われる。そのような双方向の関係をもって新しいコラボレーションの基盤が登場しようとしています。その先には、多様な私たちである人間とAIがそれぞれの境界をこえてともに手をとりあい、社会をアップデートしていく未来があります。
「人間中心のAI」。人間とは生活者を指し、その生活者が自らの世界を実現すべく最初の第一歩を踏み出す。AIを効率化のための道具にとどめず、生活者とAIが互いの力を引き出し合い、創造性を高めて豊かな社会へとつなげていく。それが、「人間中心のAI = Human-Centered AI」のアップデートです。生活者の視点に立ち、共に未来をつくるという意思が根幹にあります。AI活用、社会変容のビジョン発信、そして自社での開発や変革。筆者の所属する博報堂DYグループにおいて「人間中心のAI」を掲げていますが、それは、単なる技術導入でも、人間優先主義でもなく、生活者視点での活用とガバナンス、そして創造性の進化・拡張へいたる包括的なコンセプトであり、取り組みです。その全体像こそがこれからの社会にも意義ある価値を提供できるものと考えています。

「人間中心のAI」の取り組みを振り返って
そして、少し手前みその話にはなりますが、2025年に私たち博報堂DYグループが進めてきた「人間中心のAI(Human-Centered AI)」の取り組みについて触れたいと思います。
今年は、これまでの議論でも言及しましたが、下記の記事にあるような形で、人間の創造性を高めることを目指す「人間中心のAI」というコンセプトのもとで、AIの開発・活用・管理を一体的に推進してきました。
この理念を視覚的にわかりやすくお伝えするために、Human-Centered AI Institute(HCAI)のコンセプトムービーも制作しました。
コンセプトムービーの制作に込めた意図や背景については、こちらの記事でご紹介しています。
ムービーでは、「人間を極める。AIと。」というフレーズで訴えました。AIを使いこなす過程そのものを通じて、企業のパフォーマンスを高めると同時に、私たちが目指しているのは、AIの進化までも、人間の可能性をさらに引き出すための進化として捉え直すことです。
どのように価値を創出していくのかについても、アップデートが必要です。従来の「人間中心のAI」は、前述したように、設計原則を示すものとして、AIは社会や人間のニーズを満たし、生産性を高め、新しい価値を作り出す。そのためには、AIガバナンスを示すものとして、高い信頼性が確立させることが必要であるという理解がなされてきました。そして、その先に人の創造性の進化がある。私たちは、こうした考え方をもって、その先にある可能性に踏み込みます。
目指すべき、人間中心のAIがアップデートされていくビジョンは、「人間中心のAI活用」と「人間の創造性の進化・拡張」という二つのループで表すことができます。根幹となるのは第一のループである「人間中心のAI活用」です。ここでは、AIの信頼性を高め、生産性を向上させ、事業やサービスにおける価値を創出することを重視します。私たちは、その先にある第二のループ、すなわち「人間の創造性の進化・拡張」を実現していきます。

AIという基盤の上で新しい創造プロセスを模索し、生活者を含む多様なステークホルダーとの、これまでにないかたちの開かれたコラボレーションを生み出していく。その変革が新しい当たり前を生み出し、市場の再定義へとつながり、「人間の創造性の進化・拡張」を一段押し上げていく。さらにその循環の先には、生活者と社会がより豊かになる未来が広がっているはずです。その未来に向けて、従来の延長線だけではない“別解”を、AIとともに見いだしていきたいと考えています。
こうした考え方に基づく取り組みは、社外からも一定の評価をいただいています。2025年は、一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が主催する「GenAI HR Awards 2025」において、博報堂DYグループのAIメンタリング制度を中心としたAI活用推進の取り組みが、企業セクター・大手企業の部で準グランプリを受賞しました。人材育成や組織変革など、人的資本に関連するAI活用の取り組みとして、日本の産業におけるひとつのロールモデルになり得ると評価いただいたものです。
また、続けて、公益社団法人 企業情報化協会から、IT優秀賞(経営・業務改革)を受賞し、CIO Japan から、「CIO 30 Awards AI部門賞」を受賞いたしました。いずれにおいても、受賞テーマは、「『AIを導入したら、人と人の距離が近くなった』博報堂DYグループの人間中心のAI活用」です。AI活用を進めることで社内コミュニケーションを活性化させ、人と人との連携を強めることにつながった点が評価されました。プレスリリースはこちらに掲載されています。
具体的にどのように人と人の距離を縮めてきたのか。その核となるのが、「AIメンタリング制度」と「生成AI研修」です。博報堂DYグループでは、若手社員が経営層にAIの使い方を教える家庭教師となる「AIメンタリング制度」を導入し、ボトムアップとトップダウンを組み合わせた推進を行ってきました。若手は最新のツールや具体的な活用方法に詳しく、経営層は業界の深い洞察や事業全体の視点、戦略的意思決定の思考力を持っています。両者がメンタリングを通じて対話することで、AIの使い方だけでなく、業界や会社の将来像や仕事の意味についても理解を深め合う場が生まれました。
あわせて、「自社のノウハウを活かす生成AI研修」を累計75回以上実施、クリエイターやプランナーなど、グループ内のトップ人材が講師を務めました。これまでに延べ1万名を超える従業員が参加しており、今年度は2万名規模までの拡大を目指しています。単発の研修にとどめず、現場での対話や実践と結びつ、生成AIを「自分たちの仕事を進化させるもの」として位置づけられるよう工夫しています。
この取り組みを通じて、「人と人とが教え合う文化がAI推進の最大の原動力になった」と感じています。AIに関するスキルや知識を共有することが、同時に暗黙知や仕事観の共有にもつながり、その積み重ねが組織全体の活性化へとつながり、創造性を支える土台になっていると考えています。また私たちの人間中心のAI活用に向けた取り組みが、社外から評価をいただいたことも、今後のさらなる施策を進めるうえで大きな励みになっています。
この人間中心のAIの活動を、より顧客企業へ提供し、社会へと広げていくために、実務的なプロフェッショナル・デリバリーを支える「HCAI Professionals」という体制も発足しました。
最先端の研究開発を担う「HCAI Institute」、全社横断の推進機能である「HCAI Initiative」、加えてこの度のプロフェッショナル・デリバリー体制「HCAI Professionals」が連携し、一体となって「人間中心のAI」による顧客への価値創出、社会への価値創出に取り組んでいきます。
2026年は、政府・産業・国民、それぞれのレベルでAI活用が制度面からも後押しされ、AIによる変革が一段と加速することが期待されます。前述した「人工知能基本計画」は、研究開発、インフラ、人材育成、産業競争力、倫理・法制度などについて、中長期的な方向性を示す重要な枠組みになるでしょう。これにより、人材育成と確保への機運が高まり、教育、リスキリング、専門人材の育成に関する取り組みが、企業や教育機関にとって一層重要なテーマとなります。
その流れの中で、「人間中心のAI」への注目も高まっていくと考えています。AIを効率化のための技術として扱うだけでなく、人間の創造性や多様性を損なわずに伸ばしていくための仲間として受け入れ、同時に人間が主体性ある起点であり続ける。このようなアプローチはますます重要になってきます。私たちとしても、先端研究、全社横断の推進、プロフェッショナル・デリバリーを通じて、その一助となればと思っています。
2026年が、皆さまお一人おひとりにとって、そして皆さまの組織にとって、AIとともに新たな飛躍を遂げる一年となることを心より祈念し、本稿を締めくくりたいと思います。
参考文献
・The GenAI Divide: State of AI in Business 2025
https://mlq.ai/media/quarterly_decks/v0.1_State_of_AI_in_Business_2025_Report.pdf
・The Impact of Generative AI on Critical Thinking: Self-Reported Reductions in Cognitive Effort and Confidence Effects From a Survey of Knowledge Workers
https://dl.acm.org/doi/10.1145/3706598.3713778
・Super Mario Meets AI: Experimental Effects of Automation and Skills on Team Performance and Coordination
https://direct.mit.edu/rest/article/107/4/951/115633/Super-Mario-Meets-AI-Experimental-Effects-of
・How AI Can Degrade Human Performance in High-Stakes Settings
https://ai-frontiers.org/articles/how-ai-can-degrade-human-performance-in-high-stakes-settings
・When combinations of humans and AI are useful: A systematic review and meta-analysis
https://www.nature.com/articles/s41562-024-02024-1
・内閣府「人工知能基本計画」、首相官邸「AI戦略会議」資料、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(2025年施行)
