見出し画像

シリーズ ワーグナー/ニュルンベルクのマイスタージンガー㉓ 第1幕第3場 ~ その11 ~「ライトセクション」

ヴァルターの歌に対する
ベックメッサーの酷評に対し
親方たちが同調し混乱が最高潮に達した時、
ここぞとばかりにザックスが口を開きます。
彼は冷静に口を挟むタイミングを図っていました。これに対してベックメッサーが猛然と反抗します。

(譜例①)

譜例① 1幕3場より 3段目よりベックメッサーの反撃。

  ふん、そりゃ結構な話だ。お聞きの通り
  ザックスは未熟者のために風穴を空けて
  そこから好きなように出入りさせ、
  しだい放題をさせようというのだ。

  そこいらで民衆相手に歌うのは勝手だが、
  ここでは規則を守らぬ者を
  仲間に入れるわけにはいかん。

するとザックスはあろうことか
ベックメッサーへの個人攻撃に転じます。
あなたは結婚の申し込みにやる気満々なので
恋敵ヴァルターを満座の中で
恥をかかせようとしてもおかしくない、と。

メックメッサーは怒りにまかせて
皮肉をぶちまけます。

(譜例②)

譜例② 同じく1幕3場より ザックスの個人攻撃に対する ベックメッサーの反撃

  これはザックス親方、お気遣い痛み入る。
  私の足がどうがしたって?
  それよりも、親指に当たらぬ靴を作ることに
  少しは気を遣ってもらいたいね。
  行きつけの靴屋が
  お偉い詩人になってからというもの
  どうも靴の具合が悪くてね。
  ほら、こんなにブカブカで
  しかも、あちこち当たるんだ。
  詩だろうがが、韻だろうが
  どうぞご勝手に。
  お話も、お芝居も、お笑いもお任せだ。
  ただ、明日までに
  新しい靴を仕上げてほしいもの。

音楽は6/8で軽快な曲想、
早口でまくしたてるのがとても印象的な走句です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さて、上記の2つのベックメッサーの反抗の音楽はザックスによって別の場面で引用されます。

一つ目の、規則を守れない者は仲間になれん、と
ヴァルターを拒否する内容の音楽は
2幕4場エーファに向かって、
ヴァルターがいかにダメだったかを
「あえて」語る場面に引用されます。

(譜例③)

譜例③ー1 2幕4場 ザックスとエーファの対話シーンより ページ最後の2小節からと譜例①の3段目に近親性がある。音価が違うが「嘲笑の動機」で半音上下動するところがおんなじだ。 この譜例3段目3小節目からは譜例①の4段目と同じキャラクターの音楽
譜例③ー2 2段目の音楽は譜例①の下段と同じ。 最も印象に残るフレーズのひとつ。 3段目の歌い納めも、ベックメッサーの 別の箇所からの引用。

  あの男と親しくなるのも、悪くはなかろう。
  ただあの男を前にすると
  みんな萎縮してしまう。
  あの高慢殿下は、
  どこへなりと行くがいい、と。
  角突き合わせて世間を渡るもよし。
  だが、艱難辛苦の末に
  われらが学び取ったものに
  波風を立てないでほしいものだ。
  ここで暴れまくるのはやめて
  よそで花を咲かせろ、と。

二つ目の6/8の軽快な音楽は、2幕6場
エーファにセレナードを
歌おうとするベックメッサーを
ザックスが歌で邪魔をする場面で引用されます。

ザックスを敢えてもちあげて、
お願いだから黙っててほしい
と懇願するベックメッサーに対して、
1幕の彼の歌を引き合いに出して嫌味を言います。

(譜例④)

譜例④ 2幕6場 ザックスとベックメッサーのシーンより 2段目3小節からは、譜例②下段からと 同じ音楽(調は違う)。 歌詞も似通っている。

  ははあ、私の思い上がりを
  とっちめようというのか。
  だが小言を食らうのは、もうごめんだ。
  「靴屋が詩人を気取るようになってから
  ひどく靴の具合が悪くなった」なんてね。
  ブカブカで、しかも、あちこち当たるんだ、
  て言うんだろう。
  だから詩も、韻も、おまけに
  分別も、洒落っ気も、蘊蓄も
  きれいに店じまいをして
  あんたの明日の靴を作ってるのさ。

譜例①と③

譜例②と④

を較べていただくと同じ音楽が使われているのを
ご覧頂けます。
フレーズの順番が入れ替わったりしてるので
少し混乱するかもしれませんが。

別の歌詞、シチュエーションで
前に出てきた音楽を引用することが、
ここまで明確に意図的に使われるのは
初めてかもしれません。

「ライトモティーフ」は
例えば「剣のテーマ」が出てきたら
剣に関連することを言っているんだな、
と聞き手に想起させる手法ですが、
今回の引用はそこまで短くない。
さりとて「再現部」と呼べるほど
長く音楽が回帰してくるわけでもない。

マイスタージンガーの今回説明したことは
ある音楽のセクションの再現なので
「ライトセクション」と呼ぶことができるでしょう。

実際、後の作曲家に
この考え方は浸透していきます。
ベルクの「ルル」や
ツィンマーマンの「軍人たち」
にも「ライトセクション」が発展され
導入されました。

要するに
「あ、前に聞いたあの音楽だから
内容的に関連があるのね」と
聞いてる人に思わせる手法、
ということです。

いいなと思ったら応援しよう!