【短編小説】『死霊のファッションショー ──縫い目なき祈り』 羽野柾人+ChatGPT
あの頃の私は、貧しい仕立て屋だった。
夜更けの工房に独り残り、蝋燭の炎が布の皺を舐めるのを見つめていた。
焦げたアイロンの匂い、糸が針穴を通る微かな音。
それらだけが、世界と私を繋ぐ最後の祈りだった。
指先には幾つもの穿刺痕。血が滲むたび、思った。
──この赤で衣を染められたなら、誰かを生かせるだろうか。
その夜、胸の奥の糸がぷつりと切れた。
息を吸おうとしても、世界は肺に入ってこなかった。
視界が黒絹のように滲み、針が床に落ちる音が、鐘のように遠ざかっていった。
──そして、私は彼らを見た。
白布の女。
戦場の煤を落とさぬ男。
病衣のまま微笑む少年。
衣が風に揺れるたび、冷たい音が部屋を撫でた。
恐怖ではなかった。啓示に似ていた。
彼らの衣には、縫い目がなかった。
布が自ら形を保ち、まるで魂がそのまま繊維となっていた。
私は神を見たと思った。
この構造を再現すれば、人は死をも着こなせるのではないか。
そう信じてスケッチブックを開いた。
線を重ね、夜を焦がし、ページが黒く焼け落ちるまで描き続けた。
だが、再現は叶わなかった。
糸は裂け、布は萎び、色は血糊のように濁った。
それでも私は鋏と針を握り続けた。
死霊たちの衣を剥ぎ、光の下で繊維の流れを追った。
指が震えた。
冷たく硬い布を裂く音が、まるで祈りを壊す音に聞こえた。
それでも手を止められなかった。
罪を知りながら、私はその禁忌をなぞった。
やがて針が通った夜。
布が呼吸した。糸が震えた。
蝋燭の炎が細く伸び、室内の空気が静止した。
私はそれを手に取り、ためらわず袖を通した。
冷たさはすぐに陶酔へ変わり、血の気が引いていく。
──これは衣ではない。魂の皮膚なのだ。
翌夜、私はランウェイに立った。
照明は白く、観客席の闇には数えきれぬ影が揺れていた。
拍手はなかった。ただ、微かな呼吸音が波のように寄せては返す。
衣の裾が床を擦る音は、祈りの拍子。
私は歩いた。死者たちのために。
その時、客席の奥から一人の女が現れた。
胸にスケッチブックを抱き、異様に光る瞳で私を見つめていた。
あの眼差しは、かつての私のものだった。
足元で、針が落ちる音がした。
女はステージに上がり、冷たい指で私の肩から裾へ──
まるで罪の縫い目を探すように、衣を剥ぎ取っていった。
光が消え、音が止んだ。
残ったのは布の匂いと、乾いた血の鉄の味だけ。
そのとき、私は悟った。
──私はとうに死んでいたのだ。
そして、彼女こそが次なる創造者なのだ、と。
針の音が、再び響いた。
祈りは、縫い継がれてゆく。
