「星の並び」
「星の並び」
放課後の空は、
まだ少しだけ夏の匂いが残っていた。
屋上のフェンス越しに見える街は、
夕焼けに溶かされながら、
ゆっくり夜へ沈んでいく。
「あすかー!」
重たい扉が開く音。
振り返ると、
美咲がコンビニ袋を揺らしながら立っていた。
「やっぱここいた」
「うん。いたよー」
あすかは笑った。
風が吹く。
茶色のポニーテールが、
光を含んでふわりと揺れる。
「はい」
美咲が紙パックを投げる。
「あ、いちごミルク!」
「それ見ると犬みたいな顔するよね、あんた」
「失礼な。もっと可愛い」
受け取った瞬間、
あすかの顔がぱっと明るくなる。
ストローを刺しながら、
フェンスにもたれた。
遠くで電車が走っている。
細い銀色の線みたいに、
高架の上を滑っていった。
「今日さー、数学終わった」
「毎日終わってるじゃん」
「でも今日は“完全に”終わった」
くだらない会話。
笑い声。
風。
それだけだった。
それだけなのに、
あすかは時々、
この時間が少し不思議になる。
まるで、
ずっと前から夢に見ていた景色みたいで。
「……あ」
不意に、
あすかが空を見上げた。
「なに?」
「星」
夕焼けの薄い群青の中に、
小さな白い点が浮かんでいた。
「あー、ほんとだ」
「ねえ、美咲」
「あい?」
「あの並び、変じゃない?」
「並び?」
美咲は空を見る。
「普通じゃん」
「……そっか」
あすかは笑った。
けれど、
少しだけ眉が下がる。
自分だけが、
知らない景色を見てしまったみたいに。
風が制服を揺らす。
その時、
ポケットの中で冷たい感触に触れた。
古い懐中時計。
銀色はくすみ、
針は止まったまま。
あすかは無意識に、
それを指で撫でる。
「また持ってるんだ、その時計」
「うん」
「そんな大事?」
「……わかんない」
あすかは小さく笑った。
「でも、これ持ってると落ち着くんだよね」
そう言って、
時計を耳に当てる。
音はしない。
壊れている。
ずっと昔から。
それなのに、
胸の奥だけが、
静かに脈を打つ。
遠くで、
電車が鉄橋を渡った。
その瞬間だった。
赤い空。
崩れる音。
煙。
泣いている誰か。
『——この子だけでも』
知らない声。
強く抱きしめる腕。
冷たい銀色。
「あすか?」
世界が戻る。
屋上。
夕暮れ。
美咲の顔。
「あ……」
あすかは瞬きをした。
「大丈夫?」
「う、ん……」
喉が少し震えていた。
けれど、
何が見えたのか、
自分でもわからない。
ただ胸の奥に、
帰れない場所の温度だけが残っている。
「疲れてるんじゃない?」
「かも」
あすかは笑った。
いつものように。
明るく。
何も知らないみたいに。
けれど帰る前、
もう一度だけ空を見る。
星が増えていた。
知らない並び。
懐かしい光。
あすかは、
そっと懐中時計を握る。
止まった針は、
彼女がこの世界へ零れ落ちた時間を、
今も静かに抱き続けていた。









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