【エッセイ】『羊たちの沈黙』
【エッセイ】『羊たちの沈黙』
僕が小学生の頃、
『羊たちの沈黙』という映画が空前の大ヒットを記録した。
後に続くレクター博士シリーズ。
その「原点」とも言える作品である。
気づけば、
僕らの町の掲示板は、
その映画のポスターだらけになっていた。
子供ながらに、
「何か大変なことが起きているらしい」
そんな空気だけは、肌で感じていた。
もっとも、当時の僕らにとって、
映画といえば『羊たちの沈黙』よりも、
同時期に流行っていた『ゴースト/ニューヨークの幻』だった。
ゴーストといえば、あのろくろを回す名シーン。

それを
二人羽織をしながら、
「おーまいらぶー♪」と口ずさみ、
くねくねと身体をくねらせる。
そんなおふざけが、学校中で大流行していた。
僕はそれを見るたびに、
お腹を抱えて馬鹿笑いしていた。
ほとんどの小学生は、
映画そのものを見たことがない。
それでも「ゴーストごっこ」だけは、
完璧に成立していたのだ。
しかし、
『羊たちの沈黙』は違った。
誰もその全容を知らない。
そもそも、あのポスターが怖すぎた。
髪の毛のない不気味な人の口元に、
大きな蛾が止まっている。

恐怖心しかなくて、僕はなるべく目を合わせないようにして通り過ぎていた。
そんなある日の下校途中。
誰かが、声を潜めて口にした。
「あれ、子供が見ちゃいけないやつらしいぞ」
一瞬、みんな静まりかえる。
その緊迫感を破るように、別の男子が茶化した。
「あ、わかった! エロいやつだ!!!」
いやいや、あのホラー全開のポスターから「エロ」はさすがにないだろう。
誰もがそう思った。
しかし、彼は野次に動じない。
「だって、ほら見ろよ! ここに裸の女がいっぱいいるんだぜ!!」
その一言で、場の空気がガラリと変わった。
……確かに、いた。
それどころではない。
そこには、はっきりと2つのおっぱいがあった。

さらによく見ると、
蛾の背中の模様が、何人もの裸の女性が集まった「ドクロ」になっているのだ。
大発見だった。
そしてその日以来、
僕たちの間で『羊たちの沈黙』は、『AV』という認識に変わった。
その後、
誰も映画の内容について語る者はいなかった。
おっぱいの話すらほとんど出なかった。
だってエロさよりも、
不気味さしかなかったから。
この不滅のAV『羊たちの沈黙』が
金曜ロードショー。
つまり、
地上波で放送すると知った時の衝撃は、
また別の話である。


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