1-1.勉強をすると、頭が良くなるのか? ソーンダイクと教育研究の黎明期
教育研究は、猫から始まった
今から100年以上前、1890年代の終わり、若い心理学者エドワード・L・ソーンダイクは、空腹の猫を箱の中に入れました。
箱の外には餌がある。猫は紐を引くか、レバーを押すか、決まった動作をしなければ出られない。
同じ箱に何度も入れたとき、猫の行動はどう変わるのか。
行動の変化を、どう測定するのか。
うまくいった行動は、学習されるのか。
当時、動物の行動をめぐってふたつの考え方がありました。
本能か。知性か。
頭の良い猫。頭の良い犬。そして頭の良いひと。
その賢さは、生まれつき決まっているのか。
それとも、経験によって変わるのか。
猫は箱の中で、最初は手当たりしだいに動きます。
隙間から出ようとしたり、紐や格子を引っかいたり。噛んだり、鳴いたり。そして偶然、扉を開ける動きができれば、外に出て餌にありつける。
これを何度も繰り返すうちに、無駄な動きがなくなり短時間で箱を脱出できるようになります。

いま、ペットと暮らしていれば自然と目にしている変化。
それを観察し、記録し、他の人も確かめられるものに変えた。
目に見えない頭の良さを、箱を出るまでの時間で測る。
近代的な学習研究は、こんなところから始まりました[1]。
猫から、ひとへ
当時の教育には、一つの強い常識がありました。
勉強をすれば、頭が鍛えられる。
ラテン語を学べば記憶力がつく。
数学を解けば論理的になる。
難しい本を読めば、考える力が伸びる。
勉強は知識を増やすためだけにあるのではない。
勉強を通して、人間の心そのものを鍛える。
けれど、本当にそうでしょうか。
1901年、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ助教授だったソーンダイクは、ロバート・S・ウッドワースとともに、この問いを実験で確かめようとしました[2]。
実験では、被験者に長方形、三角形、円など、さまざまな図形を見せ、計算ではなく、見た目から面積を当ててもらいます。
そして、長方形だけを何度も練習する。
被験者は、答えるたびに正しい面積を知らされ、誤差を自分で確かめます。
その後、練習を終えた被験者にさまざまな図形の面積を当ててもらう。
もし勉強が考える力そのものを鍛えるなら、長方形の練習をした人は、三角形や円も前より正確に見積もれるはず。
結果は、そう単純ではありませんでした。
長方形については誤差が少なくなりましたが、三角形や円では、誤差の改善は小さなものでした。

練習した課題に近いほど、上達は残る。
遠いほど、練習の効果は薄くなる。
あたり前に思える結論ですが、私たちにも当てはまるかもしれません。
仕事でも勉強でも、似た課題ばかりを繰り返す。
やった気にはなれる。けれどそこで育っているのは、その課題に慣れる力。練習は上手くなるけれど、別の場面で使えるとは限らない。
では、別の場面でも使える学習は可能なのでしょうか?
練習したことは、どこまで使えるのか
練習した内容と、新しく出会う課題。
ソーンダイクとウッドワースは、二つの課題の重なりを「共通要素」と呼びました。
共通する知識や見方、手順があるとき、教わったことは別の場面でも使えます。ただし共通するものがあっても、それに気づけなければ使えない。
何を身につけてほしいのか。
どこで使えるようになってほしいのか。
そのために、どんな経験を用意するのか。
教育は、熱意と才能だけで語られるものから、設計が問われるものに。
この発想が、後の教育工学の土台の一つになりました。
人は教わったことを、どんな条件で身につけるのか。
この問いをさらに深掘り、設計へとつなげたのが次に登場するB・F・スキナーです。
コロンビア大学で博士号を取得した米国の心理学者、エドワード・L・ソーンダイクは、猫などを対象に、問題箱から脱出するまでの時間と行動の変化を繰り返し記録した。試行錯誤のなかで成功した行動が残り、脱出までの時間が短くなる過程を実験的に示した。Thorndike, E. L. (1898). “Animal Intelligence: An Experimental Study of the Associative Processes in Animals.” Psychological Review Monograph Supplements, 2(4), i–109.
Thorndike, E. L., & Woodworth, R. S. (1901). “The Influence of Improvement in One Mental Function upon the Efficiency of Other Functions: II. The Estimation of Magnitudes.” Psychological Review, 8(4), 384–395.コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジのエドワード・L・ソーンダイクと、コロンビア大学で心理学を学んだロバート・S・ウッドワースは、ある課題での訓練が別の課題の成績へどこまで移るかを、人間を対象に調べた。面積推定、文字や単語の探索、記憶の課題を扱い、訓練の効果は課題間に共通する要素に左右されると論じた。Thorndike, E. L., & Woodworth, R. S. (1901). “The Influence of Improvement in One Mental Function upon the Efficiency of Other Functions (I).” Psychological Review, 8(3), 247–261.
【書籍の紹介】教育工学が明かす大人の教わる技術
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