見出し画像

1-3.  つまずきは、どこにある?       ガニェと教え方の設計


できない問題を繰り返しても、やっぱりできない

できない問題ほど、何度も練習する。
私たちは、そんな教わり方をしてきました。

漢字を間違えたら、同じ字を書く。
計算を間違えたら、似た問題を解く。
仕事で失敗したら、同じ手順をもう一度確認する。

けれど、いくら繰り返してもできるようにならないことがある。

スキナーは、子どもの能力よりも、教え方の設計に目を向けました。
問題を小さく分ける。
すぐに正誤がわかるようにする。
一人ひとりが、自分の速さで進める。

それでも、問いは残ります。

何をもって、小さな一歩とするのか。
どんな順番で教えるのか。

この問いに向き合い、教え方を設計できる形に整理したのが、米国の心理学者ロバート・M・ガニェです。

できない問題は、練習しない

1962年、ガニェは並んだ数の規則を見抜き、合計を求める式をつくる。そんな難しい課題を用意しました。
そして、少し変わった実験をします。最終課題そのものを、繰り返し練習させなかったのです。

難しい最終課題を解くには、複数の技能が必要になります。
表から数字を探す。
式の空欄を埋める。
数字の並びから規則を見つける。

実験に参加したのは、七人の少年です。

最初に、どこまで身についているかを一人ずつ確かめる。
そして、まだできないところから順番に教える。
最終課題を繰り返すかわりに、その手前にある技能を、一つずつ身につけてもらいました。


その結果、7人中6人が、初めて見る数列から式をつくれるようになりました。[1]

目の前の問題ができないのは、能力が足りないからとは限らない。
そこへ続く階段が、どこかで途切れているのかもしれない。

複雑な技能へ続く、小さな技能の階段。
ガニェは、これを「学習階層」と呼びました。

階段を登る人を支える9枚の手札

学習階層が示したのは、階段のつくり方です。

できてほしいことから逆にたどり、その手前に必要な技能を見つける。
抜けている段を探し、そこから登れるようにする。

けれど、階段ができただけでは、人は登れません。

階段を登る人の手を、どう引くか。
そのための働きかけをガニェは「9教授事象」として整理しました。[2]


登り始める前に、注意を引き、目標を伝え、前に教わったことを思い出してもらう。

登っている途中では、新しい内容を示し、理解の手がかりを渡し、自分で試してもらい、フィードバックを返す。

登ったあとには、できるようになったかを確かめ、別の場面でも使ってもらう。

学習階層は、階段のつくり方。
9教授事象は、階段を登る人を支える手札。

どこから教えるか。
どこで、どう支えるか。

ガニェは、教える人の勘と経験に頼っていた教育を、学習の仕組みに合わせて設計できる形に整理したのです。

今でも使える60年前の設計図

ガニェが『学習の条件』を出版したのは1965年。

目標から逆にたどる。
前に教わったことを確かめる。
理解の手がかりを渡す。
自分で試してもらう。
すぐにフィードバックを返す。
別の場面でも使ってもらう。

今の教え方に通じる重要な骨格は、半世紀以上前に、すでにここまで描かれていました。

もちろん、この設計図がすべての学習にそのまま使えるわけではありません。学ぶ内容が違えば、必要な階段も変わります。すでに持っている知識や経験が違えば、出発する場所も一人ずつ違う。9教授事象も、毎回同じ順番で行うためのチェックリストではありません。[3]

できない人を見つけたとき、能力や努力を疑う前に階段を確かめる。
必要な段が、抜けていないか。
手を差し出す場所が、ずれていないか。

つまずきは、人の中だけにあるのではありません。
教える順番と、支え方の中にもあります。

では、必要な階段があり、支える手もあれば、誰もが同じ時間で登れるのでしょうか。
この問いへ向き合ったのが、ジョン・B・キャロルとベンジャミン・S・ブルームです。


[1]当時プリンストン大学教授だった心理学者ロバート・M・ガニェは、数列の最初のn項の和を求める式の導出を最終課題とし、その手前に必要な技能を階層化した。米国の第9学年の男子7人について、どの段階まで身についているかを一人ずつ調べ、最初につまずいた段階から上位の技能を順に教えた。7人中6人が最終課題に到達した。ただし、対照群を置かない少人数の予備的な実証例であり、学習階層の一般的な効果を確定した実験ではない。Gagné, R. M. (1962). “The Acquisition of Knowledge.” Psychological Review, 69(4), 355–365.

[2]米国の心理学者ロバート・M・ガニェは、学習成果の種類、それぞれに必要な内的・外的条件、学習を支える教授事象を体系化した。9教授事象は、一つの実験で九つの効果を比較して導かれたものではない。行動、注意、記憶、練習、フィードバックなど、それまで蓄積されてきた学習研究を、教える側が用意する働きかけとしてまとめた理論的枠組みである。Gagné, R. M. (1965). The Conditions of Learning. New York: Holt, Rinehart and Winston. 邦訳は、ロバート・M・ガニエ著、金子敏・平野朝久訳『学習の条件』第3版、学芸図書、1982年。原著第3版の翻訳である。

[3]ガニェは、身につけるものが言語情報、知的技能、認知的方略、運動技能、態度のいずれかによって、必要な学習条件は異なると考えた。9教授事象も、すべての授業で九項目を同じ順番に実行する固定的な手順ではなく、学習の目標や学習者の状態に応じて具体的な働きかけを設計するための枠組みである。
R. M. Gagné, W. W. Wager, K. C. Golas, & J. M. Keller (2005). Principles of Instructional Design (5th ed.). Belmont, CA: Thomson/Wadsworth.
邦訳は、R・M・ガニェ、W・W・ウェイジャー、K・C・ゴラス、J・M・ケラー著、鈴木克明・岩崎信監訳『インストラクショナルデザインの原理』北大路書房、2007年。


【書籍の紹介】教育工学が明かす大人の教わる技術

「いまさら」を「いまから」に。
大人になっても変わり続ける人は、特別な才能がある人ではありません。
教わったことを素直に受け取り、自分で試し、次へつなげる力を持つ人です。

『教育工学が明かす大人の教わる技術』は、「教わる力」をつけるための技術を、教育工学を中心に、教育心理学、学習科学、認知心理学、組織心理学などの知見から、現場で使える手札へ翻訳しました。
40のスキルに体系化した、大人の学び直しのための一冊です。

いいなと思ったら応援しよう!