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新しい道


自衛隊を辞めて、僕はプロという道を選んだ。

安定した未来はあった。

でも、その未来を自分の意思で手放した。

辞めた次の日には、それまで毎月入っていた収入はなくなった。

ゼロからのスタートだった。



誰も背中を押してくれなかった

家族もいるのに無責任だ。

そんな言葉を何度も言われた。

正直、背中を押してくれる人なんてほとんどいなかった。

でも、人生は一度きり。

自分のためにも。

家族のためにも。

そして後輩たちのためにも。

もっと挑戦して、人として成長したかった。

だから決めた。

戻る場所があると進めなくなる。

自分はそういうタイプだから。

だからこそ、自分で後ろをなくした。



学び続けた日々

自衛隊を辞めてからは、会食の日々だった。

朝起きて午前練習。

昼は打ち合わせ。

午後練習。

夜は会食。

帰宅は0時前。

そんな毎日を繰り返していた。

でも、その時間は決して無駄じゃなかった。

繰り返す中で、僕の想いに共感して応援してくれる人が少しずつ増えていった。

同時に、自分の知識も増えていった。



自分にできる価値は何だろう

その頃から、

「自分にできることは何だろう」

と考えるようになった。

お金を稼ぐ経験といえば、高校時代のアルバイトくらい。

それからはフェンシングが仕事のような生活だった。

だから、自分で何かを考えて価値を生み出し、お金をいただくという経験はほとんどなかった。

きっと、今現役で競技を続けている選手の多くも同じだと思う。


僕は考え続けた。

人は何に価値を感じるのか。

なぜお金を払うのか。

また会いたい。

またお願いしたい。

そう思ってもらうには何が必要なのか。



考えるだけでは変わらない

でも、考えているだけでは何も変わらない。

変えるのは行動。

そして反省。

継続。

ただひたすらPDCAを回し続けた。

わからないことは、素直に

「わからない」

と言った。

プライドは成長の邪魔をするから。

知っているフリをするより、聞いた方が早い。

今は人に聞くだけじゃなく、AIに聞けばすぐにわかりやすく教えてくれる時代だ。

だからこそ、理解を深めやすい時代になったと思っている。



頼るという強さ

自分にできることは、とにかく挑戦した。

そして、その時期に人生を支えてくれる大切なパートナーとも出会えた。

彼は今までも、そしてこれからも、僕にとってかけがえのない存在であり続けると思う。

これからも遠慮なく頼りまくろうと思っている。

アスリートは、人に頼るのが苦手だ。

だからこそ、全力で頼ればいい。

一人でできることには限界がある。

でも、仲間とならもっと遠くまで行ける。

彼に返せるものは、まだ多くない。

だからこそ、もっと立派な人間になって恩返しをしたい。

そう思っている。



想いを形に

そんな彼と一緒に作り上げてきた、大切なイベントがある。

地元・鳥羽で開催している

「山田優杯」

だ。

この大会には、僕たちのたくさんの想いが詰まっている。

次回は、その大会をなぜ開催しているのか。

どんな想いを込めて続けているのかについて書こうと思う。

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