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少子化は60年前に始まっている

前回は、子どもの人口は「まぐれあたりの年」を必ず書き消す、と題して、人口減少について述べています。

子どもの人口は過去15年の人口政策の結果であるため、直近の少子化対策では、どうにもならないものです。

ゆえに、ここ数年の出生数の少なさについては、こども家庭庁を責めれば良いのですが、一方で、子どもの人口となると、過去15年間の積み重ねの結果であるため、15年前に存在しないこども家庭庁を責めても何にもなりません。

そんな前提の上で、人口に関する現代史を述べていこうと思います。

山里さんの意見は私見に過ぎない

本稿を書こうと思ったきっかけの一つに、下記があります。
山里さんが少子化対策について私見を述べたそうなんですね。

南海キャンディーズ山里亮太(49)が5日、日本テレビ系「DayDay.」(月~金曜午前9時)にMCとして生出演。子どもの数が過去最少になったとのニュースに反応した。

上記より筆者引用。

山里さんが番組のMCとして少子化対策について述べているのは、三原前担当相の頃からの話ですから、特筆することはありません。

山里さんの私見については、詳しくお知りになりたい方は、上記リンクを御高覧賜りたいです。
私が今回特筆したいのはそこではないからです。

45年連続というところが最重要

私が今回特筆したいのは、下記。

総務省によると4月1日時点で15歳未満の子どもの数が前年より約35万人少ない約1329万人になったといい、番組では、1982年から45年連続で減少し過去最少となったことなどが伝えられた。

同上。

45年連続というところが最重要なんです。

15歳未満の子どもの人口が45年連続で減少したということは、「60年前から減少傾向があった」ということです。

15歳未満の子どもの人口は、過去15年の人口政策の積み重ねの結果ですから。

2026年の60年前は丙午(ひのえうま)。
しかしながら、出生数は、丙午(ひのえうま)で急減した後、元の水準に近い水準にまで戻っていますから、丙午は主たる要因ではありません。

こどもの人口はまぐれ当たりの年を必ずかき消すので、まぐれ当たりの婚姻増も書き消しますし、丙午(ひのえうま)のような出生減もかき消すものであるからです。

60年前の政策は人口減少促進政策

では、丙午(ひのえうま)ではないなら、出生減の主たる要因とは何なのか。

その答えは、丙午(ひのえうま)の前後の人口政策にあります。
2026年の60年前、1966年頃の政策とは、人口減少促進政策だったんです。

「第1回アジア人口会議」が1963年。
「第2回アジア人口会議」が1972年。
「第1回日本人口会議」が1974年。

この人口会議は、現在のような人口減少対策会議ではありません。人口爆発抑制対策会議です。

当時は、マルサスの人口論が全盛であったため、人口爆発によって食糧危機が生じて、人類は餓死すると考えられていました。

ゆえに、当時の人口会議の主たる議題は人口爆発抑制対策であり、人口減少促進政策でした。

実際に、第1回日本人口会議の年である1974年をピークに、出生数は減少の一途を辿っています。

人口爆発とスペースコロニー

1974年前後の空気感を知るのに最も有名で、かつ最も典型的である、架空の作品が一つあります。

それが『機動戦士ガンダム』です。

ガンダムの世界では、人類はスペースコロニーを宇宙に建造して住んでいました。

「ガンダムの世界」と言ってしまうと、宇宙世紀以外のガンダムも含むため、「RX-78-2の世界」と言った方が厳密な言い方になります。

何故RX-78-2の世界では、人類は地球とスペースコロニーの両方に住んでいたのか。

増えすぎた人類が、地球に収まりきらなくなったためです。

人口爆発によって人類があまりにも増えすぎて、もう地球に収まりきらなくなったため、スペースコロニーに移り住むようになった、というのが、RX-78-2の世界です。

当時は人口爆発は必然であり、かつ必至であると考えられていました。

この考え方は、日本で少子化傾向が顕著になり、人口爆発が起き得ないような人口動態になっても続いていました。

それぐらい当時の日本では、人口爆発こそが懸念材料であり、人口は抑制しなければならないものだったのです。

当時の空気感を知るのに、RX-78-2の世界は最も有名で、かつ、顕著な事例であるということ。

それほどまでに、人口爆発とスペースコロニーの世界に、当時はリアリティがあったのです。

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