大組織はいつまで江戸時代の格式をするのか4
昨日まで「前なんたら長」の話をしました。
本日は「前なんたら長」文化の弊害について述べようと思います。
特定の誰かという話でなく、体感的な傾向の話をしていきますので、個人批判ではありません。
あくまでも「前なんたら長」文化で生じる弊害について、ということで読み進めてください。
この文化は、令和型組織になれない理由の1つで、体感的にかなり大きいものだと思っています。
「前なんたら長」文化について、すぐに思いつくことは、以下3点です。
(1)前任者がそもそも強い
(2)前任者は当時の参考情報しか渡せない
(3)ゆえに時代に追いついていきにくい
とりあえずこの3つ。
これが「前なんたら長」の弊害です。時代からのズレが生じてしまうということです。
当時のツール、当時のチャネル、当時のマインドで、やってきたことでしかないんです。
さらに、「前なんたら長」が強い文化にはもう2つ出てきます。
(4)実働隊より督戦隊が多い
(5)監察官気取りの評論家が増えやすい
この2つです。
実務者の皆さんは評論家のジジイにウンザリだと拝察しておりますので読み進めてください。
評論家のジジイがもし読んでいたら、すぐに読むのをやめてください。
前任者がそもそも強い、というのは、概ね何らかの組織で、心当たりがあると推察します。
前部長と現部長の話を昨日述べました。
現より前が強い。
ああ確かに、と心当たりがありませんか。
院政だとか、大御所政治だとか、そういう歴史上のことだけじゃなくて、現代の現実にある組織で心当たりがありませんか。
「元なんたら長」にも素晴らしい方はいますよ。
しかしながら、そういう方は「現なんたら」として喋ります。もう、なんたら長じゃないから。
「元会社員で、元なんたら長で、いや、会社名は会社に迷惑がかかったらいけないから、言えないけど、とにかく普通の会社で、部下によく言っていたのは、どうのこうの、どうのこうの。」
こういうジジイをたくさん見てきて思うのは、「現なんたらで喋れ。」です。
「元なんたら長」とか知らん!
そもそも、どこの元なんたら長なのか言ったら、会社に迷惑がかかると思う内容を二度と喋るな。
そもそも、会社に迷惑がかかる可能性があるかななどと思う時点で、アイヒマンみたいなやつ。
私はそう思います。
そして、そういう高齢者が跋扈すると、その提灯持ちの中高年まで腐ります。
「俺がやってたときは、失礼のないように丁寧に直筆のお手紙をお送りして、どうのこうの」
まず、情報のタイムラグを生じさせる郵送が失礼であることをわかれ。
丁寧な直筆の文字に価値があるという時代が変化して終わっていることをわかれ。
前例踏襲の儀式に実務者の時間を奪うのが、どれほどの損失であるかをわかれ。
実働隊より督戦隊が多いと無駄ばかりが増えて、無駄によって滅亡します。
督戦隊というのは、ちゃんとやっているかどうかの監督、監察、監査、査定などをする部隊のことで、実働を担いません。
(ロシアで逃亡兵を抹殺するのが督戦隊です。)
実働隊より督戦隊が多いというのは論外です。
けれども、年功序列で、元なんたら長に督戦隊をさせる文化が現実としてある。
いつまで江戸時代なのか。大目付や目付ばっかりにしてどうするのか。
藩主や領主が変に伸びるのを防ぐため、では江戸時代です。いつまで江戸時代をするのか。
令和は、現役がうまく伸びないのを防ぐため、ですらないのです。
現役は伸ばし放題にしないといけません。
高齢の「良かれと思って」は良くない。
督戦隊をやりにしゃしゃり出て来るな。
私はそう思っています。
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