『たんだいせい』【エッセイ】二〇〇〇字
「短大生ぐらいの若い女」って、どんな感じのひと?
眠剤がわりに、ベッドの傍に本を積んでいる。短編小説が多い。
いま読んでいるのは、短編の名手・三浦哲郎。『モザイク』シリーズの文庫で三冊出されているが、私が手にしたのはその合本。文庫よりQ数が大きいので、ベッドで読むには助かる。長くても十ページほど、八千字前後。だいたい一、二ページで寝落ちする。いつも夜中に何度か目が覚めるのだが、夢の世界に戻るのに残りのページの分量がちょうどいい。
その一編『おのぼり』で、ふと引っかかる表現に出会った。それが、冒頭。違和感があった。
あらすじは、こんな感じ。
地方の町で登窯を持つ四十代後半の男が主人公。東京の大学を出て民間会社に勤めたのち実家に戻り陶藝家に。仕事で二十年ぶりに上京する。東京駅に着くなり、彼はいろいろな人物とぶつかる。プラットホームで若い登山服の男と「短大生ぐらいの若い女」。駅のタクシー乗り場の老人。ホテルのロビーでは男の子ともぶつかる。都会に久しぶりに出たせいかもしれないが、病気の可能性がないかと心配され、銀座の画廊の主人に医者を紹介してもらう。しかし、検査を受けたが深刻に考えることもなく帰りの新幹線で話は終わる。
問題の箇所は、こうだ。
「(一人目とぶつかった後)むっとして、見送っていると、今度は背後から衝撃がきた。大きな鞄が膝の裏側を同時に突いたので、彼はあやうくプラットホームに跪くところだった。振り向いて見ると、短大生ぐらいの若い女で、これまたなんの挨拶もなく、出迎えの母親らしい中年女の方へ駆け寄っていく。」
短大に関わる話は、この先にも前にも出てこない。偶然ぶつかった相手の、たった一度の描写にすぎない。なぜ短大生ってわかるのか? なぜ「学生風の」「大学生ぐらいの」ではないのか。「短大生ぐらい」という言葉が、浮いて見えた。ぶつかっておいて謝罪もない無礼な子。憤然としていただろうから、そこに、差別とまでは言わないにしても、何かしらの区別意識はなかったのだろうか、と感じたのだ。
そういえば、私自身を振り返ってみると、学生時代に「短大」という存在を身近に感じたことがある。大学三年の頃、親しくしていた女性が、学習院短期大学、いわゆるガクタンに通っていた。時代は一九七〇年代半ば。彼女の実家は地方で大きな会社を営む裕福な家庭だった。
短大を選んだ理由は、むろん「学費が安いから」ではない。親の論理は、こうだったという。
「東京の大学に行きたい? 名古屋にもいい大学があるだろう。どうしても行くというなら短大だ。四年は長すぎる。変な虫がつく。二年がちょうどいい。そして、それなりの家庭の子が行く学校なら許そう」。
——— 二年でも虫がつくことはあるのだが、それはさておく。
当時、短大はかなり役割のはっきりした存在だった。四年制大学のように長く通わせるのは不安だが、高校卒ですぐ社会に出すのも早すぎる。その中間としての二年。親にとっては管理しやすく、本人にとっても「学生」でいられる時間だった。
進路としては、高校を出て短大で一般教養を身につけ、その先は就職か、見合い結婚。少なくとも私の周囲では、そうした道筋が特別なものではなかった。短大には、花嫁修業の一面も、たしかにあったのだと思う。だから親が学校選びに口を出し、どこまで外に出すかを気にすることにも、当時はそれほど不自然なことではなかった。
私の知っている短大生たちも、卒業後すぐに自立して社会に出るというよりは、「いずれ家庭に入るまでの時間」を過ごしているように見えた。親と行動することにも、特別な違和感はなかった。
それは本人の意識というより、当時の短大という場そのものが、そうした時間の使われ方を前提にしていたからではないか。高校生よりは大人だが、四年制大学の学生のように、進路や社会との関わりを自分の問題として引き受けることを、まだ強く求められてはいなかった。そんな位置にあったのだと思う。
そうした空気を思い出すと、『おのぼり』の一場面は、むしろ具体的に見えてくる。ぶつかっても謝らず、母親のもとへ駆けていく若い女。その振る舞いから、「短大生ぐらい」と言葉が浮かんだとしても、不思議ではない。それは学歴を値踏みしたというより、当時共有されていた人生の段階感覚に、相手を当てはめただけだったのだろう。あの言葉は、その時代なら説明なしで通じたはずだ。
だが、その前提は、この数十年で大きく変わった。女性がどこまで学び、いつ社会に出るかは、親ではなく本人が決めるものになった。結婚は進路の終点ではなくなり、短大で二年区切る必然性も薄れていった。
ここまで考えてみて、ようやく分かってくる。あの「短大生ぐらい」という言葉に私が覚えた違和感は、三浦哲郎の感覚が特別に古かったからではない。かつて自然だった進路の型が、すでに現実の中から消えている。そうした変化を、私自身がすでに生きているから、と思った。
新世紀に入ってほどなく、「ガクタン」は役割を終えていた。
(ふろく)
このエッセイのタイトル『たんだいせい』が、平仮名になっている。短編連作『モザイク』を手にした方はお気づきのことと思う。
そう、この短篇シリーズの特徴は、連作六十二編のうち二編以外は、仮名表記になっているので、倣った。
(おまけ)
300を超える勢いですと!。いいのか、ホントに。知らんぞ。
さすがに怖いお姉さまも、「ガッカリ」のようだ。
わたしゃ~、そんなもんじゃない、「グレてやるぅ」って感じだ(◎_◎;)
自民党岩盤層の方々は「何があってもジミン」ってのは百歩譲って、わかる。しかし、「巨額汚職」「ヤミ献金」「裏金」そして「統一教会」の問題での自民の不正体質をあんなに味噌っかすにけなしていた輩まで・・・そんなザマか。
「野党がだらしないから」(残念にも、それは事実だが)という口実にして終わらせるの?
嗚呼。(◎_◎;)
そんなもんか、日本政治のレベルは?
「そんなもんだよ」というシラケた声も聞こえてきそうだ。
もう一発、「嗚呼」(◎_◎;)

