性分Ⅱ【エッセイ】一八〇〇字
夏休みの宿題は、前半に仕上げる子だった。
お盆が過ぎると(郷里の北海道は二十日過ぎに秋季学期が始まる)慌てる同級生もいたが、私は逆だった。最初に苦労してしまえば後が楽になる。そんなことを子どもなりに考えていたのだと思う。一見すると勤勉な子に見えるかもしれない。だが、最初に苦労して後に楽したいだけで、根は、横着なのである。
もっとも、先に終わらせれば何でもうまくいくとは限らない。
小学四年か五年のときだった。絵日記まで前倒しで書いたことが先生にバレていたのだ。「菊地! あの日、晴れじゃなかっただろ。またやったな?」と、指摘されたのだ。晴れのつもりで書いた日が台風だったのである。今ならネットで調べられるが、当時はそんな便利なものはない。未来を先取りし過ぎた結果だった。
この性格は七十五歳になった今も、あまり変わらない。
一人暮らしで自炊をしているのだが、食器の洗い物をためることができない。食事が終わったあと億劫になるからである。なので、食事中に空になった器を、その都度洗う。
若い頃のように一気に食べられないので、途中で箸を置くことも多い。その際に片付ける。ひと様が見たら落ち着かないだろうが、好都合なのだ。そのたびに洗い、食べ終わる頃には片付けも終わっているというわけだ。
さすがにゲストとのふたりだけで食事するときはやらない。だが三人以上の食事会になると、ほかの面々の話が弾んでいる隙に済ませてしまう。
食器だけではない。面倒なことや不安なことは、事前に片付けておきたいのである。
運転免許を取ったばかりの社会人一年目の頃、こんなことをやっていた。本命の子とのデートのときなんかには、とくに。
首都高速で初めて行く場所へ向かうときは、前の晩に走ってみるのだ。首都高速は狭く、分岐も複雑だ。道を間違えたらどうしよう。出口を通り過ぎたらどうしよう。カーナビなんかない時代。そんな不安が先に立ち、深夜の空いた首都高速を、地図を片手に予行演習のように走るのだ。今思えばずいぶん大げさだが、おかげで本番は安心して走れた。
スマホがない時代の待ち合わせも同じだった。三十分前に着くのは当たり前。一時間前に着くことさえあった。待ち合わせ時刻を一時間単位で間違える可能性はないとは言えない。念には念を入れる。
反対に、相手が来ないときも簡単には帰らない。場所を間違えて今向かっているかもしれない。時間を勘違いしたのかもしれない。だからせめて一時間は待つことにしていた。そして、待ち人来たらず、ということになった場合は、「伝言版」に、「一時間待ちましたけど、帰ります。涙」と書く。
こうして振り返ると、私は人生についても、「今の苦労は先につながる。あとで楽ができる」と信じて歩んできた気がする。
大学を卒業し、バイト先のオーナーに誘われて、始まったばかりのファミリーレストラン事業に手を出し、失敗。その夢を捨てきれずに追いかけた二十代。
眉唾ものと思われていた通信教育でしかも翻訳家の養成をやろうとする会社を選び、夜食分をかねた二つの弁当を携え通った、三十路からの十七年。
その会社でせっかく役員までなったにも関わらず社長とぶつかり、仕舞いは、苦労を承知で黎明期のインターネットに手を出し、四十七歳で独立。
二十年後。なんとか満足感を得て、会社を整理。いま、エッセイを書いている。
けっこう苦労した時期が長くあった。
最初に苦労したからといって、後で必ず楽になるわけではない。将来のために良かれと思ってやったのに失敗することだってある。準備したのに報われないこともある。
ただ、言えるのは、苦労の分だけその人間の深みが出てくるということかもしれない。苦労人の友を見ていてそう思う。
性分というのは、なかなか変わらない。
心配性な性格に思われがちだが、ちなみに血液型はO型である。血液型と性格に科学的根拠はないらしいが ――。父がB型、母がA型。その二人BOとAOの掛け合わせで、無鉄砲な父の「O」と心配性の母の「O」が合わさって、「OO」が出来上がったのかもしれない。
それでも私は、たぶん明日も食器を先に洗うだろう。待ち合わせには早く着くだろう。初めての場所へ行くなら、充分に余裕を持って家を出るだろう。心配性だからではない。むしろ逆で、先々に楽をしようとする、小学以来の、実は横着な「OO」タイプの性格が関係していると思うのだ。
※このエッセイは、過去にアップした『性分』の六〇〇字を膨らませました。
(おまけ)
「国民民主よ、おまえもか!」
「国旗に敬意をはらえなくて、日本人か!」と思いがちですよね。とくにワールドカップで熱くなっているときだから、なおさら。やはりこの時期に、キタね。
別の狙いがあるよね。最近の一連の動きを見ていると。とても危険と思いますよ。それでもいいのね? この件は、あらためて。

