【30】清酒の「甘口/辛口」について
少し歴史の話が続いたので、たまには科学的な話。
よく論争になる清酒の「甘口/辛口」について、まずは数値などの科学的な話。そして何故「辛口ください!」が生まれたのか、その転換期となった昭和40年以降を、時代を追って検証してみました。
トップ画像は三芳菊酒造「超辛口がお好きでしょ」の実在したラベルです(今も商品はありますが、少し昔の画像です)。
辛口ください!
論争の誘因となるこのコトバ。何がそこまで揉めるのか。
清酒の「甘口・辛口」について、「灘の酒用語集」(WEB版)にはこう書いてあります。
飲んで甘いと感じる清酒を甘口と言い、甘いと感じない清酒を辛口という。
……これだけでは参考になりませんね。
甘い/辛いとは
まず甘い、辛いの味覚に関する意味から再確認しましょう。
いい感じの?説明が「デジタル大辞泉」にあったので、意味を引っ張ってきました。はじめに「甘い」から。
あま・い【甘い】
読み方:あまい
[形][文]あま・し[ク]
1 砂糖や蜜(みつ)のような味である。「あっちの水は苦(にが)いぞ、こっちの水は—・いぞ」→五味(ごみ)
2 塩けが少ない。辛くない。「味つけが幾分—・かったようだ」⇔辛い。
3 口当たりが穏やかで、刺激が少ない。酒の味などにいう。「—・いワイン」⇔辛い。
(後略)
つぎに「辛い」について。
から・い【辛い/×鹹い】
読み方:からい
[形][文]から・し[ク]
1 トウガラシ・ワサビなどのように、舌やのどを強く刺激するような味である。「インド風の—・い料理」→五味(ごみ)
2 (鹹い)塩気が多い。しょっぱい。「—・い煮つけ」⇔甘い。
3 甘みが少なくさっぱりとしていて、ひきしまっている。酒の味などにいう。「ワインは—・いほうが好みだ」⇔甘い。
(後略)
どちらにも「3」で酒に関して記載があり、それが酒における「甘い/辛い」だと言えます。清酒の場合は「辛い」について「1」「2」はまずないですし、「甘い」の「2」もないですね。
具体的(絶対的)な感覚というより、相対的にどう感じるか、であって、何をもって甘い/辛いを決めるのかというのは、その言葉単体で意味を成すのではなく、AはBでないもの、BはAでないもの、として初めて明瞭になる、二項対立の関係になっています。
日本酒度、甘辛度、濃淡度
その曖昧な尺度について、目安とされるのが日本酒度だとよく解説されるのですが、以前に【05】清酒の表示(3) -その他の記載事項-(下記引用内容)で説明した通り、単に比重なので同じ日本酒度でも感じ方の変わる清酒はたくさんあります。
日本酒度
もっともらしい名前がついていますが、一言でいうと「比重」です。
日本酒度=(1/比重-1)×1443 の関係式で示されまして、その清酒が15℃のときに、4℃の純粋な水と同じ重さのもの(比重1のもの)は、日本酒度は(±)0となり、それより軽いものはプラスの値、重いものはマイナスの値となります。
これが「甘辛の指標」とされるのは、清酒の甘味となる糖分(水より重い)が多いと比重が大きくなりマイナス側へ、清酒の辛味となるアルコール分(水より軽い)が増えると比重が小さくなりプラス側へ傾くからで、マイナスにいくほど甘い、プラスにいくほど辛いとされています。
しかし、糖の種類により甘味の直接的な感じ方は異なりますし、次項に示す酸の量によっても甘辛の官能評価が変わります。なので同じ日本酒度でも甘辛の感じ方は異なります。あくまで目安としてお考えください。
数字を以て甘辛の目安とする際には、以下のように解説されることが多いです。「アルコール度数が同じ場合」とあるのは、アルコール分が変われば構成比も変化し、同じ日本酒度(比重)でも味の感じ方が変わるためです。
一般的に、アルコール度数が同じ場合、日本酒度-3.5から -5.9が「甘口」、-1.5から-3.4が「やや甘口」、+1.5から+3.4が「やや辛口」、+3.5から+5.9が「辛口」とされています。中には、日本酒度が+10を超える日本酒もあり、「超辛口」と呼ばれることもあります。
トップ画像に用いた商品も、日本酒度+15という表示があり、超辛口と謳っています。
日本酒度の他に、数値で甘辛が測れないかというと、日本酒度と酸度で表される「甘辛度」というパラメーターがあるのですが、その制定の背景はこちらです。
また一方では、清酒の多様化・個性化を目指す最近の要求に応えるために、辛口酒や濃厚酒が新製品として販売される傾向にある。しかしながら、この場合、甘辛の程度や濃さの程度を測る客観的な尺度がないために、便宜的に、たとえば日本酒度で判断しているのが現状である。したがって、それは必ずしも感覚の上での甘辛や濃淡と一致しないし、また各酒造場ごとに甘口・辛口の判断が異なり、Aの酒造場で辛口酒と表示されたものと同じ辛さの酒が、Bの酒造場では甘口酒として扱かわれるなどの不都合さを招来することになる。
本報では、甘辛と濃さを測る客観的な尺度を作ることを目的として、糖含量および酸度に対する両者の回帰式を求め、これが実用的にどの程度まで役立つかを検討した結果について述べる。
50年も前から日本酒度で甘辛を示すのは無理があるよね、と言われていながら一般的には日本酒度が~と言われ続けているわけです。
そしてこの報文で提唱された計算式が以下の通りです。


パネル員の採点の平均値を用い、還元糖量および酸度に対する甘辛および濃淡の回帰式を求めると、式1と式2を得た。ただし、Sは還元糖量(g/100ml)、Aは酸度(ml)、Yは甘辛の程度の推定値、Zは濃淡の程度の推定値である。これらの式の説明の程度は、重相関係の二乗の形で示すならば、式1の場合に約80%、式2の場合に約70%であって、この種の推定式としては、かなり満足できる値である。
また、酒造場などの現場においては、還元糖量を測定する便宜に必ずしも恵まれていないことを考慮して、日本酒度と酸度から、甘辛および濃淡を推定する式を求めた。すなわち、アルコール分と日本酒度からエキス分を求める式を利用し、かつエキス分の60%が直接還元糖分であるという仮定のもとに、式1と式2から次の両式を導いた。ただし、Nは日本酒度であり、その他の記号はすべて式1と2に同じである。この両式の推定の精度を確かめるために、式1と式3、および式2と式4による推定値の関係を示したのが第5図であって、図に見るとおり、その一致の程度は誤差の範囲内で充分である。
このように「甘辛度(Y)」と併せて「濃淡度(Z)」も求められる計算式が提唱されました。この2つを組み合わせると、よく聞く「淡麗辛口」などの分類を、数字に基づき規定することができます。
この細かい数字を覚えなくとも、日本酒度と酸度を入力するだけで甘辛度・濃淡度を算出するのをスクリプトでやってくれるサイトがあります。
計算はしてくれるけれどもそれが濃淡甘辛でどうなのかは教えてくれないのが残念なんですけどね。ページ内に次に表した図表があるだけでもずいぶん違うのですが、甘辛度、および濃淡度の目安は以下の通りです。

(境界の引き方は実際のところ微妙です……)
濃醇甘口:甘辛度、濃淡度ともにプラス
淡麗甘口:甘辛度がプラス、濃淡度がマイナス
濃醇辛口:甘辛度がマイナス、濃淡度がプラス
淡麗辛口:甘辛度、濃淡度ともにマイナス
しかし、甘辛度も提唱から30年ほど経った時点で、清酒の酒質傾向の変化によって実態にそぐわないという状況が生まれて来たので、「新甘辛度」が2004年に提唱されました。具体的に甘味を呈するグルコースと酸度で求められます。ただグルコース濃度を記載(提示)している商品は見たことがないので、消費者にはわかりづらい尺度です。
緒言
(中略)
第2は佐藤の式による甘辛度は、現在の市販清酒のほとんどがマイナスの値(辛口)となり実感とは異なることである。これは佐藤の式がアルコール分17度における酸度1.8、還元糖4g/dlの清酒を甘辛度0として、酸度1.4から2.3、還元糖0から6.5g/dlに調整した試料を評価した結果に基づいており定数項のずれが大きくなっているためと考えられる。
(中略)
要約
消費者に有用な情報を提供することを目的に、専門家パネルの官能評価結果と分析値を基に重回帰を行い、さらにこの回帰式を単純化して甘辛区分判別式を定義した。
AV = G - A
AV:新甘辛度, G:グルコース(g/dl), A:酸度(ml)
(AV:0.2以下を辛口, 0.3から1.0をやや辛口, 1.1から1.8をやや甘口, 1.9以上を甘口)
清酒の飲用経験が豊富なパネル及び飲用経験が少ないパネルにより市販清酒の官能評価を行い、甘辛表示と甘辛評価が異ならないことを確認した。
で、甘口辛口をあの手この手で数字で規定したわけですが、結局のところそれでも表しきれないということが、こういうときに参考になる月桂冠のサイトに記載されています。
酒の成分と味わいの関係
その酒の甘辛を、きき酒で判定することは簡単ではありません。酒ききのベテランでさえ、酒の甘辛をはっきりときき分けることは、なかなか難しいものです。エキス分が同じ酒でも、酸が多ければ辛く感じ、逆に酸が少なければ甘く感じます。香りが高い酒はやや辛く感じます。ゴク味やコクと表現される複雑な濃醇味の影響によっても甘辛の感じ方は左右されます。さらに、人間の官能は、酒の温度や、きき酒の前に食べたものによって感じ方が異なってきます。熱燗、上燗、ぬる燗、あるいは冷やなど飲む際の温度の違いも甘辛の感じ方に影響します。同じ酒でも、甘いものを食べた後には酸っぱく辛いと感じ、酸っぱいものや辛いものを食べた後で飲むと甘く感じたりします。
日本酒度・酸度・アミノ酸度の数値により、どのようなタイプの酒かを推察することも可能ですが、例えば甘辛の感じ方は、その目安になると言われている日本酒度だけでなく、アルコール分、酸度や香気成分などにも影響されます。そのバランスによって、日本酒度だけを目安にした甘辛の推定と実際とは微妙に異なる点を考慮する必要があります。
官能的にも複雑な要素が絡み合う上に(温度については比重も変わるから上述のパラメーターの数値的な変化も起こりますが)、最後は嗜好の話なので、その酒が甘口か辛口かというのは論争が絶えないわけです。残存グルコースのある醸造酒はそれだけでも「甘い」でしょうし……。
清酒の呈味の構成物質
前段で甘辛を示す成分値について記載しましたが、実際のところ何が清酒の「味」に影響するのか。
エタノールは酒類の主要構成分で、それ単体では苦味の他に甘味を感じることもありますが、酒類においては苦味を強める傾向があります。ノンアルコール清酒が清酒らしさを出すのに苦労しているのが、このエタノールによる苦味(とその増強)のようですね。またエタノールが喉を通る際の刺激反応もあり、いわゆる「キレ」などに影響があるようですが、清酒の「甘辛」という範疇では表現が難しいところかもしれません。
エタノールは酒類の主成分のひとつでありながら、ヒトにおける味覚の研究報告は比較的少ない。報告により不一致があるが、エタノール自体には苦味、甘味があり、ビール、ワインなどのアルコール飲料の中では苦味を強める傾向がある。動物においてはエタノールの味の感じ方に種差があり、マウスでは系統差がみられる。エタノール濃度は溶液の粘度に影響し、「こく」と正の相関がある。
※本文は学会員しかアクセスできないようです
酸については、酸度が甘辛度と濃淡度に用いられていますが、酸の種類により呈味が異なります。またアミノ酸も全体としては味の濃淡に関与しますが、同様に種類によって甘味や苦味などを呈しています。
清酒には、アルコールのほかに、多くの種類のアミノ酸、有機酸、糖類、無機成分などが含まれており、それらが清酒の味を特徴づけている。
(中略)
清酒中の酸は、数種類の有機酸と渋味を伴った酸味を示すリン酸を主体としており、それぞれの有機酸は酸味ばかりでなく、清酒のさわやかさや、ふくよかで濃醇な深みのある味とも言えるコクなどに関与すると考えられ、その大部分は清酒酵母により作られる(佐藤, 1977)。
(中略)
清酒中に含まれているアミノ酸も有機酸と同様に、その種類によって様々な味を呈し、清酒の味を特徴づけるうえで重要な役割を担っている。グルタミン酸やアスパラギン酸はうま味と酸味を、グリシン、アラニン、プロリンは甘味を、アルギニン、ロイシン、バリン、チロシンは苦味を呈する。
(中略)
また、全体的にアミノ酸含量が多い、つまりアミノ酸度が高いほど清酒の味は濃く、反対にアミノ酸度が低いとすっきりと感じられる酒となる。
さらに、香気成分も「味」に影響します。嗅覚と味覚は連動しており、特定の香りが風味として認識されたり、味の感受性を高めたりすることが知られています。
清酒に含まれる香気成分には、果実様の香りや熟成香等があり、甘い風味として認知する、または甘味を強く感じさせることがあるので、日本酒度や酸度などが成分値上では同じでも、香りにより甘辛が異なるよう感じることがあります。
それだけ多くの因子があって多様化した清酒は、甘辛度や新甘辛度といった尺度で並べても、一口に「甘口」「辛口」で表現できるほど単純ではありません。
何故「辛口ください」になったのか
コレについては、一般的に大手NBの経済酒に対して、新潟をはじめとする淡麗辛口がウケた結果、辛口の酒が良い酒だと主張する人が増えたからだと考えられていますが……少し時代を追って見ていきましょう。
清酒成分値の変遷
統計データとして、過去の清酒成分値の変化を示した資料があります。それによると、清酒の甘辛濃淡は時代によって変化していることがわかります。
以下はそれについて月桂冠のサイトに掲載されている文章と図です。

甘辛の時代変遷
酒の比重(日本酒度)と酸の量(酸度)を基準にして、酒質の変遷をみると、江戸末期以来明治末年まで極端な濃醇辛口だった酒は、大正、昭和と年を経るとともに辛さと濃さを減じました。戦時中、酒の絶対量が不足したときに、一時やや辛口に戻ったものの、戦後になると再び辛さを減じ、淡麗化の傾向が進みました。現在では、甘辛いずれにも片寄らず、また濃淡のどちらにも属さない、ほぼ中庸の酒質が大勢を占めるに至っています。
1941(昭和16)年から1948(昭和23)年にかけて辛口に進んだのは、原料であるコメの不足、その一方で清酒を供給するために醸造アルコールの添加などが始まった時期です。その後1954(昭和29)年に甘口に戻ったのは、増醸酒の製造(糖類、酸味料の添加)によるものと考えられます。
この辺の話はいずれ清酒の級別の話をやるときに詳しく述べます。
その後1973(昭和48)年までは淡麗甘口化が進行していたのが、そこを起点に辛口化へと切り替わるので、その辺りにポイントがありそうです。
なお淡麗化については、醸造技術や製造環境の向上により、酸度が下がっていった影響があると上述の文献にあります。
地酒ブームの影響
時期については諸説あるようですが、1970年代~1980年代にかけ、地酒ブームとか吟醸酒ブームとか、それまでの清酒の消費スタイルから変化が見られるようになります。その先鞭をつけたのが新潟清酒の「淡麗辛口」とされます。その背景についてざっとまとめた文章がこちら。
3.2.2. 誕生の背景
思いがけないことに、新潟清酒を変えるヒントは消費者の反応にあった。1965(昭和40)年頃に開催された「県産酒まつり」でアンケートを取ると、消費者には決して濃醇な日本酒が好まれていないことが判明した。そこで、嶋が友人の東北大学で栄養学を研究する木村修一に相談すると、「日本人の食生活は、蛋白質、油の多いものが増えている。半面、労働、交通環境の変化でエネルギーは使わなくなってきた。そのなかで日本酒の味はいまの甘口のままでいいのか。考えておいた方がいいよ」とアドバイスされた。
(中略)
3.2.3. 開発と普及
上述のように、高度経済成長期に入ると就業形態や食生活が変化するとともに市場環境も大きく変化していった。こうした状況を踏まえて、県醸造試験場では酒造りの方針を吟醸造りの「淡麗辛口」へと大きく切り替えて技術指導を実施することとした。そこで同試験場の技師たちは、発酵が緩やかに進む新潟の軟水の特質を生かし、県産の酒造好適米である「五百万石」を原料として、吟醸造りの「淡麗辛口」へ方向転換するように蔵元を説得した。
(中略)
酒造原料米の使用が制限され、醪に醸造アルコールや糖類などを添加した三倍増醸酒が全盛であった1955(昭和30)年代から、石本酒造では独自に「淡麗辛口」の酒質を追求して吟醸造りの「越乃寒梅」を完成させていた。1967(昭和42)年には月刊『酒』の編集長で無類の酒通として知られた佐々木久子が、「越乃寒梅」を「すっきり飲めるのに余韻が残る」などと絶賛したことがきっかけとなり、「越乃寒梅」は「幻の酒」としての名声を高め、1980(昭和55)年頃から広がった地酒ブームに先鞭をつけたのである。
しかし、石本酒造の「越乃寒梅」に対して多くの蔵元は、「あれは別格だ。同じタイプを造っても売れるかどうかわからない」などと二の足を踏んだ。その後、県醸造試験場の指導を受けて「淡麗辛口」へ切り替えた酒蔵の業績が伸びてくるにつれて、次第に「指導してほしい」と申し出る酒蔵が増え始めた。こうして当初は強く反発していた蔵元も、吟醸造りの「淡麗辛口」へと酒造りを切り替えるようになり、1965(昭和40)年代後半から1975(昭和50)年代前半にかけて、県内の日本酒は「淡麗辛口」に急激に変わっていったのである。
ポイントとしては、
①食生活の変化に伴い、消費者に好まれる酒質が変わり始めていた
②新潟県の地方特性としての「五百万石」と「軟水」による淡麗な酒質
③「越乃寒梅」による成功事例の踏襲
があるように思われます。
またこの頃、国鉄による「ディスカバー・ジャパン」(1970年~)、「デスティネーションキャンペーン」(1978年~;JR発足後も継続)で、地域の観光素材がアピールされるようになりました。この結果、清酒についても全国展開する大手NBの均一化された味に対して、個性的な「地酒」が注目されるようになったと考えられています。特に新潟は1982年(昭和57年)の上越新幹線の開通により、首都圏との距離感が縮まったことも大きいようです。
1978年、和歌山から始まったデスティネーションキャンペーン
1978(昭和53)年、日本国有鉄道時代に和歌山県と共同ではじまった「デスティネーションキャンペーン(DC)」。北海道から九州までのJR旅客6社が、現地の自治体や観光会社、旅行会社などと協力し、地域の新たな観光素材をPRし誘客する大型キャンペーンです。「Destination(デスティネーション)」とは旅の目的地や行き先のこと。通常3カ月ごとに対象となる地域が移り、春夏秋冬を通して日本各地で続けられている国内最大級の観光キャンペーンです。
食生活と観光・流通網の変化・発展が重なった結果、そのタイミングで新潟の「淡麗辛口」が、大手NBの「濃醇甘口」に対して、消費者ニーズに適した「良い酒」であるとインプットされたものと考えられます。その後、全国的に淡麗辛口化が進んだのは、先に載せた図表からも明らかです。
他の酒類における「辛口」化
日本酒における淡麗辛口は、地酒ブームと嗜好の変化が重なったものと考えられますが、同様に食卓に並んだと思われるビールやワインの事例にも注目してみました。
ビール
1987年3月17日に販売が開始された「アサヒスーパードライ」。
上述の地酒「淡麗辛口」の流行からしばらく後、ビールの市場でもスッキリ辛口が望まれていたことがわかり、そのニーズから開発され、生まれた製品です。
「アサヒスーパードライ」の人気の理由は、やはり「キレがありすっきりしており、何杯でも飲める味」だからでしょう。「アサヒスーパードライ」が誕生する前は、苦味が強く重たい味のビールが主流でした。その中で、キレ味を強調した辛口の生ビール「アサヒスーパードライ」が誕生。どんな料理にも合い何杯でも飲める味が評判を呼び、瞬く間にお客様の支持を集めました。まさに、アサヒグループが「辛口」という新しい概念を生み出したのです。
「アサヒスーパードライ」の大ヒットを受けて、他の大手ビール会社も相次いで「ドライタイプ」のビールを製品化、「ドライビール」ブームを迎えます。
「ドライビール」ブーム起こる
1987(昭和62)年3月、朝日麦酒が新商品「アサヒスーパードライ」を発売。翌年、ビール各社がドライビールを発売し、ドライビールブームが起こった。
「世界初」「キレのある辛口ビール」との謳い文句で世に送り出されたスーパードライは、若い世代を中心に大きな支持を受け、発売と同時に爆発的な売れ行きを記録した。
これを受けて、翌1988(昭和63)年2月には「キリン生ビールドライ」、「サントリードライ」、「サッポロドライ」が相次いで発売される。それまでの数年間、日本のビール消費量はしばらく頭打ちの状態であったが、ドライビールブームやバブル景気の影響で、1987(昭和62)年は10年ぶりに前年比10%以上の伸びを記録した。
清酒より遅れたものの、同様にスッキリした味わいを求めた消費者ニーズから、ドライビールブームが発生していました。ただその後のドライビール戦争はアサヒの圧勝となり、ドライの名を冠したビールは「アサヒスーパードライ」だけ残っています。
1980年後半から「サントリーモルツ」や「キリン一番搾り」など、各社の現存するメジャーブランドが生まれており、ドライビールとは異なる味わいを追求し、ドライビールで得られた知見は発泡酒の開発(麦芽比率を触ることで味わいをつくることが、麦芽比率を規定より少なくした発泡酒へと応用)へと引き継がれたようです。
ワイン
ワインにおいても、清酒やビール同様に消費者の生活スタイルの変化が国内で飲用される酒質の変化をもたらしましたが、こちらは単に料理の西洋化というだけではなく、万博や海外旅行によって海外ワインと飲食スタイルがセットで普及したと考えられ、それに伴う国内ワインの方向転換(甘味果実酒→果実酒)が大きいようです。
明治時代のワイン販売の失敗は、ワインの酸味と渋み、とりわけ酸味が日本人の嗜好に合わなかったことが原因である、といくつかのワイン会社が気づき、甘口ワインの製造販売によって活路を見出した。酒類の甘味に影響する主な成分は、エキス分(糖)、有機酸(酸度)、エタノール(僅かに甘味)である。清酒の甘味度が、赤テーブルワインのそれよりもポートワインのそれに近いことに着目し、酸度が低い赤ワインに糖とアルコールを添加し、「赤玉ポートワイン」(1907年(明治40)、1973年「赤玉スイートワイン」に改称)として発売したことが、大きな成功を生み出した。
(中略)
1918年(大正7)、このような甘味ワインがワイン全体の売上の3/4を占めるほどになり、この傾向は1974年(昭和49)頃まで続いた。
第二次大戦後の高度経済成長、象徴的には東京オリンピックや万国博覧会、海外旅行の自由化等によって国民が海外の文化に触れる機会が増え、また食生活が変化し、ワインの消費が増加した。注目すべきことは、この時期、果実酒(テーブルワイン、スパークリングワイン等)の消費が甘味果実酒(ポートワイン、赤玉スイートワイン等)のそれを上回るようになったことである(1975年(昭和50))。以後、果実酒の消費が飛躍的に増え、逆に甘味果実酒のそれは非常に減少し、現在では消費されるワインの約98%が果実酒となった。
元々、西洋ワインは清酒(の甘み)に慣れた日本人の味覚に合わない、というところから甘口の国産ポートワイン(甘味果実酒)の製造販売が始まり、果実酒市場を占有していました。しかし食生活の変化だけでなく、食事スタイルとともに西洋ワインが飲まれるようになったのをきっかけに、果実酒が伸びて甘味果実酒は市場から押し出されるカタチになりました。その転換時期が上述によれば1974〜1975年であり、清酒におけるの甘口→辛口の転換期と重なっています。また1980年代後半からの第4次ワインブーム以降、輸入ワインの量も増加していますが、それらのワインも辛口が主流だったようで、ドライビールの転換期とも重なっています。
こうして見ると、清酒の淡麗辛口ブームは、ビール業界やワイン業界でも辛口化が進んだ年代の出来事で、清酒に留まらず「酒は辛口!」が持て囃された時代だったのではないでしょうか。
酒の嗜好の変化
その辛口が好まれた時代背景として、食事の変化が酒の嗜好に影響したことは既に記載の通りです。その辺も厚生労働省の統計データで検証してみましょう。以下は「日本人の栄養と健康の変遷」(厚生労働省、2021年作成)より抜粋したグラフです。


先の引用にもあったように、日本人の食生活において、肉・卵・乳など動物性たんぱく質・脂質の割合が増え、米を含む穀物が減少しています。背景には食事の欧米化と、労働スタイルの変化による消費エネルギー量の減少があるとされています。動物性たんぱく質や脂質の多い食事では、甘口の濃い酒よりも、ウォッシュ効果も含めてスッキリした辛口の酒が相性が良いため、市場のニーズが辛口へと推移していきました。
食事内容の変化は、食事とともに飲用される酒類の嗜好の変化を促し、先述の通り昭和50年代前後において清酒、ビール、ワインのいずれにおいても淡麗辛口化が認められたことと関係が深い――
とはいえ70年代80年代の酒飲みは若く見積もっても既にシニア層以上であり、生まれたときにはドライタイプが主の世代においても「辛口ください!」になるのは、シニア層が清酒を飲むときに残したイメージに引っ張られているのでしょうか……?
景気と嗜好の関連性
景気が良いと辛口、悪いと甘口の酒が好まれる――
そんな話が少なからずヒットするのですが、概ねこの2説でした。
景気が良いと食事の品数が増え、一品あたりの塩分濃度が小さくなるため、相性の良い「辛口」が求められる。景気が悪いと食事の品数が少なくなるので、一品あたりの塩分濃度が大きくなるため、相性の良い「甘口」の酒が求められる。
景気が悪いときは肉体労働などきつい仕事が多い一方で、金銭的にも余裕がないので「甘口」の酒をちびちび飲む。景気が良くなって労働形態が変わり、金銭的も余裕ができると量を飲めるようになり、スッキリした「辛口」を好むようになる。
景気というより、味覚と体調の話になりそうですね……。
1.については、さらに掘り下げるべく、塩分摂取量の変遷を追ってみました。

1995~2019年のデータになりますが、食塩摂取量は一貫して減少しています。景気動向指数(※景気に関する総合的な指標)の同時期の推移を見ると、それなりに上下動しているようなのですが(経済は素人なので見方がよくわかっていないです)。
個人の所感としては、おかずの品数というより健康志向の影響ですよね、これ。
そして、2000年(平成12年)以降の一般清酒の成分平均値を、国税庁が公開している「全国市販酒類調査の結果について」から追ってみました。
※「課税移出数量が多く、かつ全国的に営業活動がなされるなどにより、その性状等の把握が特に重要と認めた製造者の代表商品を集計対象」とした統計です
※「特定名称酒については、令和2年度以降、集計対象とする酒類を下記のとおり変更した」ので、傾向の変化は集計方法の違いによる影響を受けた可能性があります
大きな変動はないものの、一般酒の平均値では基本的に淡麗辛口傾向を維持していました。吟醸酒、純米酒では令和に入り日本酒度が有意に下がっており、甘口化の傾向も見られましたが、吟醸香の構成成分であるカプロン酸エチルの濃度も高くなっているので、使用する酵母の影響が大きいようにも感じました(エステル高生産性酵母だと発酵力落ちますし、香味のバランスからも甘口になることが多いです)。
なので、景気と酒の甘辛嗜好については、景気というよりその時代の食生活に影響されたものと考えてよいと思います。
吟醸酒の傾向の他、特徴的な甘口の清酒が増えているのも事実としてあると思いますが、まだ一部のトレンド的なもので、全体として見た場合にはそこまで増えていないように思われます。
甘味が嗜好に与える影響
うま・い【▽旨い/▽甘い】
読み方:うまい
[形][文]うま・し[ク]
1 (「美味い」とも書く)食物などの味がよい。おいしい。「—・い酒」「山の空気が—・い」⇔まずい。
(中略)
5 《「あまい」を「味がよい」ことの代表と考えたところから》動作などに締まりがないさま。間抜けだ。おろかだ。→旨(うま)し
旨い、の語源が甘いであるという話ですが、甘味を生理的に欲求するために、甘いものが旨いと味覚が感知するのは間違いないようです。
甘味の代表ともいえる砂糖(ブドウ糖)の効果としては代表的なはたらきが2つあり、1つは疲労の早期回復、もう1つはリラックス効果のあるセロトニンの生成促進作用です。詳しくは以下のサイトをご覧ください。
肉体的・精神的疲労からの解放(?)を求めて甘いものを欲するのはこれらの作用によるものと思われます。そして、エタノールの摂取によってもたらされる効果は、簡潔にまとめたサイトから引用しますと以下の通りです。
食欲増進
お酒を飲むと胃液の分泌がさかんになり、消化を助けるため、食欲が増します。
ストレスの緩和
ほろ酔い程度の飲酒は、精神的な緊張をほぐして、ストレスの軽減につながります。
血行促進
アルコールには血行をよくする働きがあります。
人間関係を円滑に
おいしい食事とお酒は、人との円滑なコミュニケーションに役立ちます。冠婚葬祭、歓迎会、送別会などの特別な場面でお酒はかかせないものです。
飲酒において日々の疲れを癒し、ストレス解消の目的があるとすれば、甘い方が相乗効果があるのかも……とも思いましたが、これらの記述だけでは、甘い酒がそうでない酒に比べ優位かどうかはわかりませんし、辛口の清酒もグルコースを含まないわけではないので、そこに差異があるとすれば蒸留酒等との比較になりそうですね。
結局何で「辛口ください!」なの
ここまでの流れを整理すると……
経済成長に伴う食事内容や労働形態の変化により、一般消費者の嗜好がそれまでの画一的な甘口の清酒と合わなくなってきた
「地酒」が注目されたタイミングで、新潟県が戦略的に取った淡麗辛口の酒質が一般消費者の嗜好と適合した
同時期にビールやワインにおいても辛口化が進み、酒類において甘辛が品質評価基準とされる傾向が表れた
入手困難となった「越乃寒梅」「八海山」「久保田」らの人気が「良い清酒=辛口」というイメージを一般消費者に定着させた
その後清酒の良し悪しを評価する上で、一般消費者にわかりやすい言葉が普及しなかった
清酒の製造技術が向上して品質が多様化し、単純に甘辛だけでは示すことができなくなったにもかかわらず、製造・販売側も一般消費者に対して甘辛以外の尺度を積極的に設定しなかった
一般消費者は好みの酒質を言語化するのが困難なため、既存の尺度として「辛口」を用いざるを得なかった(ときに実際の嗜好とそれが不一致という場合もあった)
製造・販売側が提供する「辛口」と一般消費者の曖昧な「辛口」の衝突が発生するようになった
概ねこのような流れかなと考えます。
語彙の少ない小さなこどもが大人に自分の気持ちを伝えられないのと同じです、たぶん。
「醤油ラーメンが好き!」という小さなこどもが居たとして、それは鶏がらスープか、煮干し出汁か、あるいは豚骨醤油か、麵は細いちぢれ麵なのか太いストレート麵なのか、トッピングは焼豚か煮豚か、他に載せる具はどうなっている等々を問い詰めないでしょうし、そこまでしたら下手すればこどもはラーメン嫌いになります。
見た目は大人でも、清酒についてはこどもだと思えば、そんなに腹も立たないでしょうし、「辛口ください!」は、「どう伝えたらいいかわからないけど、美味しい日本酒が飲みたいです!」と脳内変換する優しさがいるのかもしれません。
何だこの着地。
なお、途中で気が付いたのですが、集めた資料や論理展開が、既にSAKE Streetさんで3回にわたり掲載された「私の『辛口』論」である程度まとめられていました……。パクリじゃないよ!切り口が似ていて当たった資料が同じならそうもなるよ!!
すでに14000字を超えたのでこれでひとまずおしまいです。
科学的といいつつあまり科学的とも言えない話になった気がします。
次は「精米」の話をお届け予定です。
