「一番になりたい」異色の経歴 オカネ・クレチカが語る、SUGAMOプロレスで闘う理由。
「お金が欲しいわけじゃない。目立ちたいわけでもない。ただ、“一番”でいたい」そう語るのは、異色の経歴を持つプロレスラー・オカネ・クレチカ。元ジュノンボーイ、俳優、お笑い芸人、IT企業と、さまざまな肩書きを経て、40歳でプロレスデビュー。『SUGAMOプロレス』という、笑いと熱狂が入り混じるエンターテインメントの舞台だ。数年前までは、観客数も数えるほどだった団体だった。いまやSUGAMOプロレスのイベントは、満席続出になるまで押し上げられた。その中心にいるオカネ・クレチカは、なぜこのリングで闘い続けるのか。そして、彼が守ろうとするベルトには、恋人に思いを寄せるような熱い気持ちがあった。
本記事のフルver.動画は、YouTube『裏街道チャンネル』にて公開中です。
不安の先に見たのは、諦めていた夢だった

現在、SUGAMOプロレス所属のオカネ・クレチカは、もともと華やかな芸能の世界にいた。
大学時代には、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストの最終選考に残り、ドラマ『ごくせん』や『ドラゴン桜』に出演。将来有望な若手俳優として、役者の世界で揉まれていた。
しかし、厳しさで知られる芸能界。生き残ることは簡単ではない。
ドラマで共演していた俳優のなかで、今も第一線で活躍している人間はごく僅かだ。オカネ・クレチカもまた、その現実を突きつけられた一人だった。才能あふれる人間たちを目の前にしたとき、俳優の道をあきらめざるを得ない状況へと追い込まれてしまった。
そして、お笑いの世界へ。
努力を惜しまない彼は、NSCを首席で卒業し、バラエティ番組にも多数出演させてもらった。
だが、そこにも”おもしろさの才能”という壁にぶち当たる。

記憶を辿りながら彼は語る。
「本当におもしろい奴らって、“積んでるエンジン”が違った。昔からレベルが違うな、と思っていた人たちが今売れている」
芸人としても俳優としても“一番になれなかった”。
すさまじい競争率の世界で闘ってきた彼は、心機一転、IT業界へ。得意なパソコンスキルと負けん気を活かした働きぶりは、会社内で順調に評価されていった。
サラリーマンとしては異例の、1年で10万円の昇給を果たすなど、その世界でも”一番”を目指すため全力で生きていた。
──しかし、コロナ禍で、すべてが止まった。
「コロナで全部自粛になってしまい、活動できなくなってしまったんです。”あ、自分も死ぬかも”って思ったとき、最後にやりたいことを考えたら──昔から大好きなプロレスだった」
孤独と不安の中、彼の本能が目を覚ます。
人生を悔いなく生きようと、挑戦者として再び動き出したのだ。
40歳でデビュー。ベルトは“恋人”

「どうせ死ぬなら、やったことないことをやって死のう」
そう語るオカネ・クレチカが選んだのは、クラッシャー猪馬が会長を務める、お笑いと闘いを融合させた『SUGAMOプロレス』だった。
当時はまだ無名の団体だったが、彼はそこに可能性を見出したという。
「ここなら、自分が一番になれると思った」
会長のクラッシャー猪馬と直接交渉。オカネ・クレチカは40歳でプロレスデビューを果たした。

衣装の自作、動画編集、団体の広報活動。すべてを自分でこなしながら、SUGAMOプロレスを有名にしようと全力で走り続けた。
誰よりも努力を惜しまなかった。その努力が実り、彼は7冠チャンピオンという異例の快挙を成し遂げた。
「俺にとって、チャンピオンベルトは“恋人”なんです。だから今、恋人を若手に取られているみたいで……正直、嫉妬しているんです。ベルトが寂しがってるんじゃないかと思ってしまいますね」

誰よりも団体と盛り上げ、誰よりもチャンピオンベルトを輝かせてきた自負がある。
だからこそ、ベルトを雑に扱っている若手に納得がいかない。
リング上だけじゃない。彼の“戦い”は、団体そのものを強く、デカく、おもしろくするためのものでもあるのだ。
見えない努力が、観客を動かした

最初は、誰も注目していなかったし期待もしてくれていなかった。
それでも、彼は練習を重ね、誰よりも汗を流し、誰よりも努力した。
「プロレスを始めてから、膝とか腰が痛くて、今日も痛み止めを飲んできたんですよ。でも、ちょっとね、嬉しいんですよ。”生きてんな”っていう気がして(笑)」と過去の苦しさを乗り越え、今を生きている姿に喜びを感じている。
仲間が手を抜いていも、会場が空席でも、信じてやり続けた結果──いまやSUGAMOプロレスの観客層は若返り、ほぼ毎回チケットはソールドアウト状態だ。
彼は言う。
「今の主要メンバーの8割は、俺が連れてきたんです。会長からは“クーデターだけは起こすな”って冗談で言われるくらい(笑)」
だが、その裏には”この団体をもっと大きくしたい”という純粋な思いが溢れている。

彼が繰り返す言葉がある。
「一番を目指してないやつは、応援されないんです。だから俺は、いつだって一番を目指したい」
決して現状に満足することはない。 いまはタッグチャンピオンだが、もう一度シングルのベルトを取り戻し、輝かせるつもりだ。
その先に見据えるのは──紅白歌合戦、大河ドラマ、そしてハリウッド。
「やっぱり俺は、“ザ・ロック”みたいになりたいんですよ。プロレスから俳優になって、世界に行きたい」
闘い続ける理由。“自分の居場所”を探すこと

オカネ・クレチカの人生は、挫折と挑戦の連続だった。
夢を追い、砕け散り、また立ち上がる。何度も何度も、”自分の居場所”を探し続けてきた。
そして、ようやく辿り着いたと思える自分の居場所が、今の『SUGAMOプロレス』だ。
ここは、彼にとって“生きている”と実感できる場所。
オカネ・クレチカという男の人生は、“栄光”よりも“執念”に近いかもしれない。 遠回りして、転んで、笑われて、それでもあきらめずに歩き続けてきた。
「遠回りしてきた分だけ、語れることがある。俺はそう信じてる」
彼がリングで見せるパフォーマンスは、ただのお笑いではない。
それは、全力で生きている男が放つ、“魂のプロレス”だ。

インタビューの最後、彼はSUGAMOプロレスの明るい未来を願って天に叫んだ。
「このオカネ・クレチカがいる限り、SUGAMOプロレスに“お金の雨”が降るぞ―――」
※今回のインタビュー動画は、後日『裏街道ch』にて公開予定です。

【インタビュイー】
オカネ・クレチカ(SUGAMOプロレス所属)
X:https://x.com/yoheisato_tap
SUGAMOプロレス:https://x.com/sugamo2018
【インタビュー/執筆】
眞木優(ライター)
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/@urakaidouch
