見出し画像

⚡ 「引退試合でノーヒットノーラン」――小久保裕紀、主役を奪われた伝説のラストゲーム ⚡

普通、プロ野球の「引退試合」といえば、あらかじめ美しいシナリオが用意されているものです。
最後に華々しくヒットを放つ。
あわよくば、全盛期を彷彿とさせるホームラン。
対峙する相手投手も、どこか空気を読んだストレートを投げ、スタンドは涙に包まれる。
そんな約束された“花道”が、日本のプロ野球には確かに存在するし、僕らファンもそれを期待して球場に足を運んでいます。
だが――。
2012年10月8日、福岡ソフトバンクホークスの大黒柱・小久保裕紀のラストゲームは、僕たちのそんな甘い感傷を完膚なきまでに打ち砕くものでした。
あの日のヤフードーム。その日は小久保の41歳の誕生日でした。
誰もが「せめて最後に1本、小久保らしいヒットを」と願っていた。しかし、小久保本人が試合前に相手ベンチへ送った言葉は、こうだ。
「真剣勝負で来い」
この言葉に、当時21歳だったオリックスの若きエース、西勇輝は文字通り“命がけ”の真っ向勝負で応えました。
初回から、明らかに様子がおかしかった。
ストレートは唸りを上げ、変化球のキレも凄まじい。空気を読むどころか、プロとしての最大級の敬意を「一球の容赦もないベストピッチ」という形でした。
小久保は打てない。チーム全体も打てない。
回が進むにつれて、球場の空気はどんどん異様なものに変貌していった。
「小久保に打たせてやりたい」というホークスファンの願い。
「いや待て、これ……西のノーノーがいけるぞ」という歴史的快挙への予感。
引退試合であるはずなのに、いつの間にかマウンドの21歳が主役の座を奪い始めていた。スタンドのファンも完全に困惑していた。僕だってあの場にいたら、「感動の涙」を流せばいいのか、「歴史の目撃者」として興奮すればいいのか、感情の置き場所が見つからなかったです。
そして9回。西は最後の打者を打ち取り、なんとノーヒットノーランを達成してしまいました。
通算2057試合を戦い抜いた小久保の野球人生で、最後の最後、初めて経験したのが「ノーノーを喰らう側」というあまりにも残酷で、あまりにも美しい皮肉な試合になりました。
普通なら、スタジアムの空気は凍りつく。ファンのため息でドームの屋根が沈むような空気になってもおかしくない。
だが、ベンチにいた小久保は苦笑いを浮かべていた。
後日、小久保はこう振り返っている。
「しかしオレも持ってるわ。引退試合の日にありえんで。今まで1回も経験ないのに、ここであるか? 涙で景色がボケるなんてことはなかった。苦笑いするしかなかった」
さらに、試合後のセレモニーで先に花束を受け取ったのは、引退する小久保ではなく快挙を成し遂げた西だった。完全に主役を喰われてしまっている。
降板後、西は「小久保さんの引退試合だったので、どう喜んでいいのか分からなかった」と21歳らしい戸惑いを口にした。しかし、小久保はそれを最高の笑顔で抱きしめた。
今日の対戦は本当に嬉しかった。真剣勝負をしてくれてありがとう
これ、実はもの凄く泥臭くて、もの凄く美しい「プロの男たちの会話」です。
「最後だから優しくしてほしい」なんて、本物のプロは1ミリも思っていない。
最後だからこそ、自分の生きてきた世界の厳しさをもう一度味わいたい。
そして実際、本気でぶつかってきた若者にすべてを奪われる。
でも、それを「最高のギフト」として笑顔で受け止められる器が、あの男にはあった。
主役を奪われたからこそ、小久保裕紀は、最後の瞬間まで誰よりも気高く、誰よりも眩しい「本物の4番」でした。

#プロ野球
#小久保裕紀
#西勇輝
#引退試合
#ノーヒットノーラン
#名勝負
#スポーツが教えてくれたこと
#生き方
#エッセイ

いいなと思ったら応援しよう!

渡辺征弘 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます