悩みの9割は、問いの立て方が間違っている?ーーブランド戦略家が考える「課題化」という思考技術
正直、元々は自分はよく悩むタイプだと思う。
提案がうまく通らないとき。
戦略の方向性を決めかねているとき。
次の打ち手が見えないまま時間だけが過ぎていくとき。——考えても答えが出ないまま、他者の評価を意識して同じループを何度も反復することがよくあった。
ただ、あるときから気づいた。
その状態を「悩んでいる」と呼ぶことに、少し違和感を持つようになった。
きっかけは、北の達人コーポレーション社長・木下さんの言葉だった。
「悩まない思考アルゴリズム」について語っていた内容の中に、妙に心に刺さった定義があった。
■悩みの定義
「問題が起きたときに、これに対応できないまま長時間心を奪われている状態」
これが「悩んでいる状態」だ。木下さんはそう定義していた。悩みは感情の問題ではなく、思考が停止している状態を指す。そして思考が止まっている理由は、大抵ひとつだ——問題が「課題」に変換されていない。
自分が「悩んでいる」と感じる瞬間も、振り返れば大抵そうだ。答えが出ないのではなく、問いの立て方が間違っているのた。
ゴールを確認する前に、原因を探し始めている。
この記事では、木下さんから学んだ「課題化」という思考技術を、ブランド戦略の仕事とキャリア設計の両方の文脈から考えてみたい。
■「思い通りに行かない」と「うまくいかない」は別物
まず前提として、混同しやすい2つの状態を区別する必要がある。
「うまくいかない」とは、ゴールそのものに到達できない状態のことだ。
一方、「思い通りに行かない」とは、予定していた方法ではゴールに届かなかった状態にすぎない。
例えば、取引先との商談の移動中に電車が止まったとき、「目的地にたどり着けない」と「電車という手段が使えなくなった」は、まったく違う話だ。
後者であれば、タクシーを使えばいい。相手先にZoomへの変更を打診してもいい。選択肢はいくらでもある。にもかかわらず、多くの人は電車の運転再開を祈りながら立ち尽くす。
これが「悩んでいる状態」の正体だ。
「思い通りに行かないこと」を「うまくいかない」と誤読した瞬間、思考は止まる。そしてその止まった状態が長引くほど、悩みは深くなったように感じられる。実際には何も変わっていないのに。
ブランド戦略の仕事でも、まったく同じことが起きる。
原因の所在を正確に見ていないと、打ち手が変わらない。同じことを繰り返して「やっぱりダメだった」という結論だけが積み上がる。これはブランドの失敗ではなく、思考の失敗だ。
世の中の問題の大半は「思い通りに行っていないだけ」だ。悩む前にまずやることがある。
それは「ゴールは何か」を確認し直すことだ。
■悩みを消す3つのアプローチ
悩みに対処する方法は、大きく3つに整理できる。
① 問題そのものを解決する
最もシンプルなアプローチ。ただし、思い通りに行かなかった同じ問題を同じやり方で解決しようとするのは悪手になることが多い。より上手にやれば解決する確信があるなら別だが、それがなければ次の選択肢を検討すべきだ。
② 問題を問題でなくする
いわゆるリフレーミングだ。「Aさんに嫌われている」という問題があるとして、Aさんに嫌われることで生じる物理的なデメリットが何もなければ、それは問題ではなく、ただ自分が不快に感じているだけだ。
世の中の悩みの8割程度は、実はスルーできる。問題だと感じているのは、その出来事ではなく、その出来事に対する自分の解釈だからだ。
出来事と解釈を切り離す。事実と感情を切り離す。外部で起きていることと、内部でどう受け取るかを切り離す。これができるようになると、悩みの総量は劇的に減る。
③ 問題を具体的な課題に消化させる
3つの中で最も重要で、かつ最もスキルが問われるアプローチだ。
「課題」とは、やるべきことがはっきりしている問題のことだ。取り組むべき次の一手が見えた瞬間、問題は悩みでなくなる。逆に言えば、次の一手が見えていないから悩みになる。
■「課題化」は、1分でできる
木下さんが紹介していたエピソードが印象的だった。
学生起業時代、悩んでいた同僚に対してある先輩がかけた言葉は、たった4つの問いだったという。
「何を悩んでるの?」
「それ、何がどうなったらいい?」
「そうなるためには、何をしないといけない?」
「じゃあ、それをやれ」
この会話、約1分。悩みは課題になり、人は動き出す。
ポイントは、「なぜうまくいかなかったか」という原因の探索をしていないことだ。「何がどうなったらいいか」という最終目的の確認から入り、そこへの道を引き直している。
これを「最終目的逆算思考」と呼ぶ。
原因解消思考と対比させるとわかりやすい。
原因解消思考: 問題が起きた → 原因を探す → 原因を取り除く行動をする
最終目的逆算思考: 問題が起きた → ゴールを確認する → ゴールへの別ルートを探す
スタートからゴールへの道が岩でふさがれたとき、原因解消思考は「岩を動かす筋力をつける」ためのトレーニングを始める。
最終目的逆算思考は「ゴールに着けばいいんだから、別の道はないか」と問い直し、ヘリコプターで飛んでいく。
どちらが「悩んでいない」か——この話を聞いて以来、自分の思考の向きが変わった実感がある。
■ブランド戦略と課題化は、同じ構造をしている
この「課題化」の思考は、ブランド戦略の仕事と構造が重なると感じている。
Where to Play(どこで勝負するか)、How to Win(どう勝つか)、そのための強みとケイパビリティは何か——これはブランド戦略の基本フレームだが、このフレームの前提には「ゴールを決める」という行為がある。
ゴールが決まっていないブランドは、悩んでいるブランドだ。
競合が出てきたとき、売上が落ちたとき、市場が変わったとき——ゴールが定まっていないと、その都度「どうすればいいか」という問いに戻ってしまう。
思考が原因の探索に向かい、次の一手が出てこない。
逆に、ゴールが明確なブランドは、同じ状況でも「ではゴールへの道をどう引き直すか」という問いに移行できる。
問題ではなく課題として処理できる。
「最終目的逆算思考」は、ブランド戦略の思考とまったく同じ構造をしている。
自分がブランドの仕事の中で自然とやっていたことに、改めて言語を与えてもらった感覚だった。
■キャリアの岐路で、この思考が問われる
例えば、「起業したいが、資金がない」という状態を想像する。
多くの人はここで止まる。資金を集めることが問題になり、資金がない自分が問題になり、進められない状況が悩みになる。
でも問い直してみる。「そもそも最終目的は何か?」
多くの場合、最終目的は「資金を手に入れること」ではなく、「あるサービスを市場に届けること」のはずだ。
そうであれば、資金がないことは「問題」ではなく「制約条件」にすぎない。
制約条件を前にして、別ルートを探す。資金がかからない形でサービスを設計し直す。
最終ゴールから逆算すれば、手は動く。
これはキャリア全般に当てはまる話だと思った。
新しい一歩を踏み出そうとするとき、多くの人がリスクを「問題」として捉えて立ち尽くす。
でもリスクは問題ではなく、課題の束だ。
「収入が安定しないリスク」→「収入の仕組みをどう設計するか」という課題
「実績がないリスク」→「専門性をどう可視化するか」という課題
「市場に通じるかわからないリスク」→「何を、誰に、どう届けるかをどう検証するか」という課題
課題に変換された瞬間、取り組める。
悩みのままでは、動けない。
ゴールは変わっていない。
思考の向きを変えるだけで、手は動き始める。
■「悩まない」は冷たさではなく、速さだ
誤解されやすいが、「悩まない」とは感情を切り捨てることではない。
嫌なことがあったとき、不快に感じることは自然だ。
問題はその不快を「悩み」に変換してしまうかどうかだ。
悩みは外部の出来事から生まれるのではなく、その出来事をどう受け取るかという内部の解釈から生まれる。
木下さんはこれを「ラッキー大喜利」と呼んでいた。
嫌なことが起きたとき、まず「ラッキー」と口にして、そこから「何がラッキーなのか」を考える思考ゲームだ。
面接で落ちたなら「この会社と合わなかったことが分かった」と読める。
詐欺に遭ったなら「この規模で経験できてよかった」と処理できる。
創業間もない頃に全財産を失いかけた経験すら、「大きな規模で引っかかる前に学べた」と変換できる
——そう語っていた。
これはポジティブシンキングではなく、解釈の変換速度を上げるための訓練だ。
日常の小さな不快に対して繰り返すことで、速度が上がっていく。そして解釈の速度が、そのまま行動の速度になる。
ブランドの仕事でも同じことが言える。市場が変わった、競合が出てきた、売上が落ちた——これらは事実だ。でもそれを「詰んだ」と読むか「次の一手が必要になった」と読むかは、解釈の問題だ。
解釈の速度が、戦略の速度になる。
■悩む時間を、課題に使う
悩みには、集中して向き合う時間を決める方がいい。
ぼんやりと不快な状態を引きずるより、1時間だけ集中して思考を整理する時間をスケジュールに入れる。その1時間で答えが出なければ、また別の1時間を設定する。長年の悩みだからといって、解消に時間がかかるわけではない。悩んできた時間の長さと、解消にかかる時間に相関はない。
むしろ、だらだら悩んでいる時間が長くなる分だけ、解消が遅れる。
ある出来事への解釈が一瞬で変わったとき、長年の悩みが消えた経験が誰にでもあるはずだ。解消の瞬間は一瞬だ。それを偶然待つのか、意図的に生み出しにいくのか——それが違いを作る。
■おわりに
木下さんの話を聞いて以来、ひとつ習慣が変わった。
何か問題が起きたとき、「なぜうまくいかなかったか」より先に「何がどうなればいいか」を問うようになった。たったそれだけのことで、思考の止まる時間が明らかに短くなった。
戦略が動かない組織→ゴールが定義されていないから、打ち手が出てこない。原因を探し続けて、ゴールから逆算する思考が抜け落ちている。
それはキャリアでも同じだと考えられる。
新しい一歩を踏み出せないとき、多くの場合は「ゴール」ではなく「問題」を見ている。
リスクを列挙し、障害を数え、「どうすれば問題がなくなるか」を考えている。
でも問題はなくならない。
ゴールから逆算して課題に変換するだけだ。
悩みを課題に変換する思考は、訓練できる。「何がどうなればいいか」という問いをひとつ手前に置くだけで、思考の向きは変わる。
思考は技術だ。
そしてその技術は、繰り返すほど速くなる。
Valeur.inc|ブランド戦略と価値づくりのパートナー
代表:安部 匡史(Masafumi Abe)
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