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中国では、なぜ「親の老後」が子どもの人生を縛るのか?

中国には、こんな言葉があります。

「養児防老(ヤンアル・ファンラオ)」

直訳すれば、

「子どもを育て、老後に備える」

という意味です。

日本人が聞けば、少し古い価値観のように感じるかもしれません。

しかし中国では、この考え方は単なる昔の習慣ではありません。

都市化、一人っ子政策、戸籍制度、住宅価格、年金格差――。

中国が急速に豊かになった結果、むしろ一人の若者が背負う「親の重さ」が増してしまった家庭さえあります。

ニュースでは中国の少子高齢化が語られます。

しかし、その数字の裏側には、

「親を支えなければならない子ども」と、
「子どもに頼らざるを得ない親」

という、巨大な家族問題があります。

今回は、その構造を掘り下げます。



■ 中国では「親孝行」は道徳だけではない

中国社会を理解するうえで欠かせないのが「孝」という考え方です。

儒教文化の中では、親を敬い、老後を支えることは重要な徳とされてきました。

ただし、ここで日本人が見落としやすいことがあります。

中国の「親孝行」は、

「たまに実家へ帰る」
「母の日にプレゼントを贈る」

という程度の話ではありません。

家庭によっては、

親の生活費、医療費、住居、介護まで子どもが担う

ことがあります。

もちろん現代中国の家庭は多様で、すべての家庭がそうではありません。

それでも「老後は家族が支える」という意識は、社会保障だけでは説明できない強さを持っています。

なぜでしょうか。



■ 中国には「4・2・1」という言葉がある

中国の少子高齢化を象徴する言葉があります。

「4・2・1家庭」

です。

これは、

祖父母 4人
 ↓
両親 2人
 ↓
子ども 1人

という家族構造を意味します。

一人っ子政策の時代に生まれた一人っ子が成人すると、その人の上には両親2人、さらに祖父母4人がいる。

もちろん一人ですべてを経済的に扶養するわけではありません。

それでも心理的には、

「自分しかいない」

という圧力が生まれやすい。

兄弟が3人いれば、親が病気になったとき役割を分担できます。

ところが一人っ子なら、

誰かに任せることが難しい。

ここに中国独特の人口政策の「数十年後の影」があります。



■ 一人っ子政策は「子どもの少ない社会」を作っただけではない

1970年代末から本格化した一人っ子政策は、人口増加を抑える目的で進められました。

しかし、その影響は出生数だけではありません。

中国社会では長い間、

兄弟姉妹という家族内のセーフティーネット

まで薄くなりました。

親が高齢になる。

病院へ連れていく。

入院の手続きをする。

費用を負担する。

退院後の世話をする。

実家から遠く離れた都市で働いていれば、仕事との両立も必要です。

その役割が一人の子どもに集中する可能性があります。

しかも、その世代自身も結婚し、子どもを持っている。

すると、

上には親。
下には子ども。
中央には自分。

という状態になります。



■ さらに重いのが「親と子が離れて暮らしている」という現実

ここで第31回の話とつながります。

中国の高度経済成長では、農村から都市へ膨大な労働力が移動しました。

若者は故郷を離れ、

北京、上海、深圳、広州などの都市圏へ向かいました。

これは中国経済を成長させました。

しかし家族という視点から見ると、

仕事のある場所と、親のいる場所が離れてしまった。

ということでもあります。

数百キロ。

場合によっては千キロ以上。

普段は電話やスマートフォンで連絡できても、親が倒れれば話は別です。

「仕事を休んで帰れるのか」

「介護は誰がするのか」

「都市で親と一緒に暮らせるのか」

という現実的な問題が発生します。



■ 「親を都市に呼べばいい」では解決しない

ここが中国社会の複雑なところです。

単純に、

「だったら親を自分の住む都市へ呼べばいい」

とは限りません。

中国には戸籍(戸口・hukou)制度があります。

制度改革は進んでいますが、戸籍は長く教育、医療、社会保障などと深く結びついてきました。

地方出身者が大都市で生活していても、

家族全員が同じ条件で都市住民と同じ公共サービスを受けられるとは限らない。

さらに大都市では住宅費も高い。

若い夫婦だけでも住宅問題を抱えているのに、

そこへ高齢の両親まで呼ぶとなれば簡単ではありません。

だから、

「一緒に暮らしたい。でも暮らせない」

という家庭が生まれます。



■ 中国には年金がある。それでも家族が重要なのはなぜか

ここで疑問が出ます。

「中国にも年金制度があるのでは?」

その通りです。

中国にも公的な年金制度があります。

しかし重要なのは、

誰もが同じ条件ではない

ということです。

長年、都市部の正規雇用者と農村部、高齢者の就業歴などによって保障水準には大きな差が存在してきました。

特に十分な年金収入を持たない高齢者にとって、

子どもからの援助は単なる「お小遣い」ではありません。

生活そのものを支える意味を持つ場合があります。

つまり中国では、

家族が社会保障の一部を事実上担ってきた

と見ることもできます。



■ だから中国では「結婚」が二人だけの問題にならない

ここから第32回の「若者が結婚しなくなった理由」ともつながります。

中国で結婚を考えるとき、

自分と相手だけを見ればいいとは限りません。

相手の両親。

自分の両親。

住宅。

子どもの教育。

将来の介護。

こうしたものが一つの家計につながっていきます。

例えば一人っ子同士が結婚すれば、

夫婦2人の上に、

最大で4人の親

がいることになります。

さらに子どもが生まれれば、教育費が加わる。

若者から見れば、

結婚した瞬間に「自分たちの家庭」を作るというより、

複数世代の責任を背負う

という感覚になっても不思議ではありません。



■ 親もまた、子どもに依存したいわけではない

ここは非常に重要です。

この問題を、

「中国の親は子どもに老後を押しつけている」

と理解すると、本質を外します。

多くの親自身も、

子どもに迷惑をかけたくない

と思っています。

むしろ中国では、親が子どもの住宅購入を助けたり、孫の世話をしたりするケースもあります。

つまり一方通行ではありません。

親は若い頃、

子どもの教育に資金を使う。

成人すると住宅購入を助ける。

孫が生まれると育児を手伝う。

そして自分が高齢になると、今度は子どもの支援を受ける。

中国の家族は、

数十年単位で支え合う「世代間の共同体」

として機能してきた面があります。

だからこそ、この仕組みが崩れ始めると影響が大きいのです。



■ 少子化は、この仕組みそのものを揺らしている

ここで現在の中国が直面している問題につながります。

子どもが減る。

結婚する人も減る。

若者は都市へ移動する。

高齢者は増える。

すると、

「家族が家族を支える」という従来のモデルが維持しにくくなる。

これは単なる人口減少問題ではありません。

中国社会を長く支えてきた、

「老後は子どもが支える」

という暗黙の社会システムそのものが変化しているのです。

だから中国政府にとって少子化対策は、

「人口を増やしたい」というだけの問題ではありません。

年金。

医療。

介護。

地方財政。

労働人口。

住宅。

そして家族。

すべてがつながっています。



■ 若者が感じる「自由になれない」という感覚

ここまで中国編を読んできた方なら、一つの線が見えてくると思います。

第31回では、親が都市へ働きに出て、子どもが農村に残りました。

第32回では、若者が結婚から距離を置き始めました。

第33回では、教育競争を扱いました。

第34回では「躺平(タンピン)」という生き方を扱いました。

そして今回。

これらは別々の問題ではありません。

中国の若者の周囲には、

教育 → 就職 → 住宅 → 結婚 → 出産 → 親の老後

という一本の巨大な人生コースがあります。

一つずつ見れば普通です。

しかし全部を一人の人生に重ねると、

かなり重い。

だから一部の若者は、

「もっと頑張ろう」

ではなく、

「そもそも、この競争から降りたい」

と考え始める。

躺平も、未婚化も、少子化も、単なる「若者の価値観の変化」だけでは説明できません。

その背後には、

家族を守ろうとするほど、自分の人生の自由が小さくなる

という矛盾があります。



■ 中国の本当の問題は「親孝行が消えること」ではない

中国社会がこれから直面するのは、

若者が親を大切にしなくなることではありません。

もっと構造的な問題です。

親を大切にしたくても、支えきれない社会になる可能性がある。

一人の若者が、

住宅ローンを払い、

子どもの教育費を払い、

自分の老後資金を準備し、

さらに親の医療や介護まで支える。

経済成長が続いている間は成立していた家族モデルでも、

所得の伸びが鈍り、若者の雇用が不安定になれば負担感は変わります。

中国の高齢化問題を理解するには、

「高齢者が何億人になるのか」だけを見ても足りません。

本当に見るべきなのは、

その高齢者を、誰が支えるのか。

という問いです。



■ 中国の急成長を支えたのは、国家だけではなかった

中国の発展というと、

巨大企業。

高速鉄道。

高層ビル。

輸出産業。

国家主導のインフラ投資。

こうしたものが注目されます。

しかし、その裏側にはもう一つの巨大な仕組みがありました。

それが、

家族です。

親が子どもを支え、

祖父母が孫を育て、

働ける世代が高齢者を支える。

国家の制度だけでは届かない部分を、家族が埋めてきた。

中国という巨大国家を下から支えていたのは、

実は何億という「家庭」だったのかもしれません。

しかし今、その家庭そのものが小さくなっています。



■ 最後に

中国の若者を見て、

「なぜ結婚しないのか」

「なぜ子どもを作らないのか」

「なぜ躺平するのか」

と問うだけでは、本当の姿は見えてきません。

彼らの背後には、

自分を育ててくれた親がいます。

その親の背後には、祖父母がいます。

そして一人の若者の肩に、

何世代もの人生が重なっていることがあります。

中国の少子高齢化とは、

単に「子どもが減り、高齢者が増える」という統計ではありません。

それは、

何千年も続いてきた「家族が家族を支える」という仕組みが、現代社会の中でどこまで持ちこたえられるのか。

という巨大な社会実験でもあるのです。

ニュースに映る中国の高層ビルの下では、

今日も一人の息子や娘が、

自分の人生と親の人生の間で、

静かに答えを探しています。

それもまた、ニュースだけでは見えない中国の裏側です。

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