【連載2】新竹取物語 谷原菜摘子
王子の体を乗っ取った「 」は、綺麗なもの、「美しい人間」から順に壊すことにしました。
壊すための良い道具が今や自分の城にはいくらでもあります。弓、剣、苦無。どれも人間の柔らかい体をバラバラにするためには充分です。かつて鹿になった自分を刺したもの、「槍」も沢山ありました。すべての道具を順番に王子は試すことにしました。
ある男は、王子に触れてしまったので弓で身体中に穴を開けられました。ある女は王子を見る目が悪いと言われたので、苦無を両の目に刺されました。ほんの小さな理由で人々は舌を抜かれ、指を潰され、喉を裂かれてしまいました。瞬く間に壊されたものたちでお城は溢れ返りました。
今やお城の中は悲鳴が轟くか、吐く息さえも響きそうな静寂が包んでいるか、そのどちらかになってしまいました。皆で集まり杯を交わす、歌う、舞う、そんな時間はもう過去にしかありません。
でもいくら王子が恐ろしくても、ここより他に生きる場所はありませんでした。山の下に逃げることは彼らにはできないのです。「山の上の自分たち」はかつて奇妙な道具を作り、人々を誑かす「鬼」と蔑まされ、その多くは滅ぼされ、残った者たちも、過酷な山の上に追いやられてしまったのです。山から降り、山の下の人間に見つかれば、殺されるか奴隷にされてしまうでしょう。憎い、憎い、山の下の奴らの奴隷になるよりはと、村人たちはただただ王子に自分が選ばれぬよう、祈ることしかできませんでした。
王子を赤子の頃から見守ってきた忠臣たちですら、目をつけられればただではすみませんでした。散歩が好きで優しかった少年は、気が狂ってしまったか、あるいは本物の鬼になってしまったのだと、忠臣たちは涙を零しました。「泣いているから」と目を取られないために、王子の前では皆、顔を伏せました。
しかし、王子に目をつけられないよう、皆が気をつけていたことは、そのすべてが無意味でした。
「 」の中にある秩序は至極単純です。「目に映るものから順番に、形が綺麗なものから壊すこと」、それだけなのです。順番に壊しているうちに、周りのものが勝手に理由を付け加えたのです。壊されていないものは単に、王子にとって「形が綺麗ではないから」と、後回しにされていただけでした。
王子のいないお城の外も安息の地ではありませんでした。いつ王子がひょいと、お城から出てきて村までやってくるかは誰にもわからないので、村の女たちは子を家から出さず、男たちも狩りが終わり、作物を耕した後は、見つからぬよう一目散に家に帰り火を吹き消しました。村からは人の気配が消え、暗い山に飲み込まれてしまったかのようです。
鉄を打つ音だけが、その村が外でもない「鬼」の村であることを示していました。
かん、かん、とん、とんという音と赤い炎だけは絶えることはなく、暗闇にぽうっと浮かんでいるのでした。
「 」が王子になってから一月が経とうとしていました。その日は昼になっても、王子は部屋の中で寝転び、天井を見上げていました。体のあちこちが鈍く痛み、足は鉛のようでした。王子が部屋から出てこなくても、家来も、忠臣たちですらも呼びには来ませんでした。
いくつかの花が庭から王子の側に舞い降りてきました。花びらが少ないもの、茶色いもの、皺のあるもの、完璧な形のものがありました。王子は完璧な形の薄紅色の花だけを手に取り、丹念にすり潰してから「綺麗ではない花たち」の横に並べました。
これで全部きちんと醜くなりました。このくらい簡単に人間も壊せたらとても楽なのに。皆がこの花たちのようにふわりふわりと自分の方に飛んできて、ただ横になって順番を待ってくれれば良いのに、どうしてそうしてくれないのでしょうか。王子にはわかりません。
そもそも人間は多すぎるのです。「形が綺麗な人間」を見つけるだけでも、この小さな体には重荷です。さらに厄介なことに逃げ惑い、隠れ、最後まで暴れるので万事が大変です。
それに、一つずつ人間を壊すと時間がかかります。皆、まとめて壊すために、家来たちも、もっと力を貸して欲しいと王子は思っていました。それなのに家来たちは自ら動こうとせず、目を逸らし、あまつさえ自分を止めようとする者さえいます。これではいくら時間をかけても「すべてのものを真っ暗に戻す」と言う自分のたった一つの願いが叶いません。王子の目から涙が流れました。
「 」であった永劫のような時間、ひたすらそれだけを願い、あそこにいたのに。
たった一つだけの願いを叶えることが、どうしてこれほど難しいのでしょうか。
自分は全てのものを真っ暗に戻さなければいけない。そのために幾千月を耐えて人間になったのです。
寝ていても良い考えは浮かびません。「かつての王子」の少しだけ残っている記憶を見ても、綺麗な形の人間をまとめて壊す方法はわかりませんでした。人間のことは人間に尋ねようと、王子は体を起こしました。今すぐに答えを聞きたかったのですが、かつてのように王子の周りには人はいません。皆、殺されたり顔を裂かれたくないので、「ご用があれば参りまする」と姿を見せないのです。
ただ、例外として王子の視界の端の邪魔にならないところに、一人の男が侍っていました。男は王子が幼子の頃からの世話係でした。王子のおしめを取り替え、書物を読み、泣けば歌を歌い、慈しみ育ててきた男です。そんな人間は王子の側に他にもいたのですが、その多くは王子に壊されてしまいました。しかし、男だけはこれまで一度でも王子から「壊されそう」になりませんでした。男が間違えて王子の着物の裾を踏んだ時ですら、王子は何もしませんでした。それを見た忠臣たちが、王子の身の回りの一切をこの男に任せることにしました。誰もが王子に近づこうとしない中で、男だけが側に置かれたのです。
王子がこの男を一度も壊そうとしなかった理由は、男がこの村で最も「形が醜かった」からです。この村のすべての人間を壊し終えてから、この男のことも壊そうと王子は決めていました。
そんなこととは露知らず、忠臣や家来、村人たちは男にどうすれば王子に刃を向けられないのか、この村にはない、何か特別な術でもあるのかと聞きました。
実はこの男の生まれは山の上ではなく、遠くから流れ着いた「余所者」でした。
わざわざ鬼と蔑まれる自分たちの村に、他所から入りたがる「人間」などいなかったのですが、男の姿を見て村人たちは合点がいき、男を受け入れることにしました。
村に入れてやったのだからその恩を今返してくれと、村人たちは皆、泣いて頼みましたが、男は濁った目で首を振るだけでした。
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WEB シンブンガク vol.7
言葉を駆使した文学作品の可能性を追求したいと思っている文芸誌です。丸山健二の連載「白鯨物語」、掌編小説集「百と八つの流れ星」から一篇、さら…
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