起業について書いてみる(IT教育)
この記事では、私自身の経験に基づき、起業という選択肢について考察してみたいと思います。安定した給与所得者としての道でなく、なぜ事業主の道を選ぶのか、その背景にある考え方や必要な資質、そして起業について、自分なりの考え方をまとめたいと思います。
この記事を3行にまとめると…
起業に対する私なりの解釈
給与所得者と事業主のマインドセットは全く異なる。むしろ真逆である。
起業は運の要素が大きく、再現性がない。
(5677字)
1.私のプロフィールと起業の経緯
私は新卒で自動車メーカーに入社後、30歳でキャリアチェンジを経てITコンサルタント、そしてSIer(システムインテグレーター)へと転職を重ねました。IT業界での経験を深める中で、副業としてITおよびクラウド技術に関する教育コンテンツの制作を開始しました。当初はYouTubeやUdemyプラットフォームでの販売が中心でしたが、次第に手応えを感じ、これを本格的な事業として展開するに至りました。
2.ロバート・キヨサキのフレームワーク(20代で感じた給与所得者の天井)
私は20代の頃に読んだ「金持ち父さん・貧乏父さん」で、ある程度ぼんやりとキャリアの方向性を定めました。この本では、収入の得方によって人々を4つのクアドラント(従業員、自営業者、ビジネスオーナー、投資家)に分類しました。本稿では簡略化し、主に「給与所得者(従業員)」と「事業主(ビジネスオーナー)」の対比で考えます。著者のキヨサキ氏が指摘するように、経済的な自由を得るためには、多くの場合、給与所得者の立場から事業主や投資家の側へと移行する必要があります。世の中の多くの人は給与所得者ですが、収入を大きく向上させるためには、事業主側への移行が一つの道筋となり得ます。
また、キャリアの段階として、20代はサラリーマンとして基礎を学び、30代で専門性を高め、40代で経営者としての視点を持ち、50代で投資家として資産を運用するという考え方もあります。
3.給与所得者と事業主のマインドセットの違い
給与所得者、特に大企業のサラリーマンの働き方は、ある意味で社会主義的な側面を持ちます。生涯賃金がある程度予測可能(大卒・大手企業で約3億円)で、毎月安定した給与が保証されます。一方で、個人の成果が給与やボーナスに反映される幅は限定的であり、結果として、高い成果を上げている人材が、そうでない人材を支える構造になりがちです。
大企業のサラリーマンの賃金カーブを描くと、新卒(20代)、中堅(30代)、管理層(40代)と上昇していき、50歳程度でピークを迎え、徐々に下がっていきます。ピークがどの程度かは能力や運に依りますが、同期入社よりも少し早く出世したところで、ライフサイクル全体での収入に大差はありません。毎月の給与が100万円、200万円…と上昇することは、サラリーマンである限り決してないのです。
一方、事業主の働き方は資本主義的であると感じます。自身の努力や成果が、直接的に所得や利益に結びつきます。成果が上がれば収入は青天井に増える可能性がある反面、成果が出なければ収入は減少し、赤字が続けば事業継続が困難となり、市場からの撤退を余儀なくされます。
どちらの働き方が絶対的に優れているというわけではありません。安定性を重視するならば給与所得者、リスクを取ってでも大きなリターンを求めるならば事業主という選択になるでしょう。また、ライフステージによっても考え方は変わる可能性があります。例えば、現役世代で体力・気力があるうちは資本主義的な環境で挑戦し、リタイア後は社会主義的な安定を求めるという考え方もあるかもしれません。
4.どのような人が起業家に向いているのか
では、どのような人が事業主、すなわち起業家に向いているのでしょうか。米国のアントレプレナーに関する調査(※詳細な論文、アーティクル名は載せませんが、ビッグファイブモデル、達成動機、リスク志向性、積極性に関するもの多数)では、テック企業の創業者には特定の共通点が見られると報告されています。例えば、「何らかの突出した特技を持っている」「学生時代に何らかの問題行動(必ずしも悪い意味ではなく、既存の枠組みに収まらない行動)を起こしている傾向がある(例:大学中退者が多いとされる)」「多動的な傾向がある」などが挙げられます。確かに、パッと頭に思い浮かぶテック系CEOも、純然たるエリートというより、大学中退者や多様性に富んだ方が多いことに納得がいきます。
これは、既存のルールや枠組みの中で高いパフォーマンスを発揮する能力とは異なる資質です。事業主は、しばしば既存のルールそのものを疑い、「なぜこのルールが必要なのか?」と問い直す傾向があります。一方、給与所得者として評価される人材は、定められたルールや納期の中で、発注者の要求に沿って着実に業務を遂行する能力に長けていることが多いです。
例えば、学校の成績が優秀で、60分間の数学のテストで満点を取れるような方は、定められた期間内に仕様通りの成果物を納品する、といった給与所得者としての業務遂行能力が高い可能性があります。一方、起業家タイプの中には、「そもそもこのテストを受ける意味はあるのか?」「学校で学ぶ必要性は?」といった、枠組み自体に疑問を持つ人も少なくありません。そのため、学校での評価が必ずしも高くないケースも見られます。
このように、給与所得者として高く評価される資質と、起業家として成功する資質は、必ずしも一致せず、時には正反対であることさえあります。起業家に見られる反骨精神や独立心の高さは、組織の中では「扱いにくい」と評価される可能性すらあるのです。私自身を振り返っても、サラリーマン時代に必ずしも高く評価されていたわけではありません。高校を中退した経験もあり、教師からの評価も高い方ではありませんでした。しかし、反骨精神はありました(単に人の言うことを聞かなかっただけとも言う)。
5.起業は「種まき」に似ている?能力よりも運?
起業の本質を理解する上で、私は「種まき」の比喩が非常にしっくりくると感じています。起業の成功には、運の要素が大きく関わっており、個人の努力だけでコントロールできる範囲は限られています。つまり、再現性が低いのです。
例えば、様々な野菜の種(起業のアイデア)を畑(市場)に撒くとします。しかし、どの種が芽を出すかは、撒いてみなければ分かりません。発芽には、気候、土壌、水といった環境条件(市場のタイミング、競合状況、顧客ニーズなど)が複雑に影響します。どんなに高価な肥料(初期投資や努力)を用意しても、適切な環境がなければ芽は出ず、時間と労力が無駄になる可能性もあります。
したがって、起業の初期段階で重要なのは、完璧な種を一つだけ用意することではなく、「多種多様な種を、様々な場所に、数多く撒く」という行動です。100個の種を撒いて、そのうち1つでも芽が出たら、そこに集中的に水や肥料を与え(リソースを集中投下し)、大きく育てていく。個人がコントロールできる努力の範囲は、まず「種を撒く」という行動量であり、それ以外の外部環境要因は「運」と捉える方が精神衛生上も良いでしょう。
これは釣りに例えることもできます。「良い釣り場(市場)を探す」「釣り竿を垂らす(事業を開始する)」「良い餌(商品・サービス)を探す」ことは努力の範囲ですが、魚(顧客)が食いつくかどうかは、最終的には魚次第であり、運の要素が絡みます。
企業の営業活動においても同様のことが言えます。上司が部下に「売上〇〇円を達成せよ」と指示しても、その目標達成には顧客側の要因も大きく、指示自体に具体的な再現性があるわけではありません。たまたま担当した顧客の状況が良く売上が上がることもあれば、どんなに優秀な営業担当者でも全く売れない日もあります。ですから、個人としては「1日10件アポイントを取る」といった、自身の行動に焦点を当てた目標設定の方が、コントロール可能であり、精神的な負担も少ないでしょう。
私自身の経験からも、この「運」の要素の大きさを痛感しています。IT教育の分野で、2020年に初めてAWS(Amazon Web Services)の教育コンテンツを作成しましたが、最初の2年間は収益がほぼ0円でした。これでは事業として成り立ちません。一方で、その後に作成したGoogle Cloudのコンテンツは、作成当初から月5万円程度の収益を生み出しました。その理由は、当時Google Cloudの教育コンテンツを作成する競合がほとんど存在せず、市場がブルーオーシャンだったため、自然と顧客が集まったのです。結果的にこの種が現在も生きており、Google Cloudの教育コンテンツ(きっかけ)→他のコンテンツへと波及し、売上が拡大し、法人を設立して現在に至ります。
この経験から言えるのは、事業の初期段階(0→1:ゼロからイチを生み出すフェーズ)においては、コンテンツのクオリティ(1→10:イチをジュウに向上させるフェーズ)以上に、市場の状況やタイミングといった「運」の要素が収益を大きく左右するということです。もちろん、長期的な成功のためにはクオリティ(顧客満足度やリピート率に繋がる)も重要ですが、それは芽が出てからの話です。どんなに詳細な市場調査を行っても、実際にやってみなければ成功するかは分かりません。
したがって、起業に必要なのは、まず「行動力」、つまり「多くの種を撒く」ことです。どのような野菜(事業内容)を作るか、どれだけ美味しい野菜(品質)にするかは、芽が出てから、あるいはある程度育ってから考えても遅くありません。人生の時間は有限です。最初から完璧な品質を追求していては、種を撒く機会を失い、時間切れになってしまう可能性があります。
世の中には、この「0→1」が得意な人と、「1→10」が得意な人がいます。どちらが良いという訳ではなく、働き方や性格、適性の問題です。多くのサラリーマンは、既存の仕組みの中で「1→10」の改善や効率化を得意とする傾向があります。たとえ企業内で商品企画や新規事業開発に携わっていたとしても、それは企業のブランドやリソースという土壌の上での活動であり、全く何もない状態からの「0→1」とは本質的に異なります。
学生時代の勉強は、努力が結果に結びつきやすく、再現性があります。しかし、ビジネスの世界は、努力が必ずしも結果に直結するとは限らず、再現性が低い。常に運の要素が絡む不確実な世界なのです。
6.起業は「飛行機」にも似ている?離陸、安定飛行、そして次の飛行準備
さらに、起業を飛行機の離陸に喩えることもできます。事業を立ち上げ、軌道に乗せるまでの期間は、飛行機が滑走路を加速していく期間に相当します。そして、売上が安定的に発生し始め、事業が自律的に回り出す(飛行機が離陸し、安定飛行に入る)と、起業家としての「0→1」の役割は一旦終わりを迎えます。その後は、安定飛行を見守りつつ、状況に応じて軌道修正を行うフェーズに入ります。飛行機は、離陸時に最も大きなエネルギーを消費し、大気圏に入ると空気抵抗が少なくなるため、エネルギー消費は少なくなります。周囲から「あの会社は順調そうだ」と見られている時、起業家の仕事は既に終了しており、次の飛行機(新しい事業)を飛ばす準備を始める必要があります。
しかし、飛行機が永遠に飛び続けられないように、事業の栄光も永続するものではありません。燃料(市場の需要、競争優位性)がいずれ尽きて高度を下げるかもしれませんし、予期せぬ事故(技術革新、規制変更など)によって急降下する可能性もあります。
私自身、現在のIT教育コンテンツ事業が、今後5年継続する保証は全くないと考えています。なぜなら、5年前の人類が、現在の社会の姿を正確に予測できなかったからです。例えば、AI技術の進歩は目覚ましく、5年後には教育事業のあり方を根本的に変えている可能性があります。現在AIに触れたことがない人々も、5年後にはAIを使いこなすのが当たり前になっているかもしれません。(私が大学生の頃、日本にiPhoneが上陸しましたが、当初はタッチパネルに対する懐疑的な声もありました。しかし、5年も経てば多くの人がスマートフォンを自然に使いこなすようになっていました。)
AIが発展し、クラウドエンジニアリングのような専門技術がより抽象化され、誰でも容易に扱えるようになれば、学習コストは劇的に低下し、従来の教育コンテンツの価値は相対的に下がっていくでしょう。そうなる前に、次の事業の「種まき」、すなわち参入障壁が高く、ニッチなブルーオーシャンを探す旅を続ける必要があるのです。
ネガティブな見方をすると、「5年後を想像できない」起業家の生き方では、プライベートのあらゆるものを犠牲にしなければならないかも知れません。例えば、結婚して、子供ができて、住宅を購入して、長期間一箇所に定住する生き方よりも、フットワークを軽くして、3~5年程度で居場所を変える生き方の方が起業家的であると言えるでしょう。これも、私の頭の中にパっと浮かぶ起業家は、「飽きっぽい」人が多いと感じます。
7.まとめ
本稿では、自身の経験を交えながら、起業という選択について考察してきました。給与所得者から事業主への移行は、単なる働き方の変更ではなく、マインドセットの根本的な転換を伴います。起業家には、既存の枠組みを疑う視点、不確実性を受け入れ行動する力、そして運の要素を認識し、変化に対応し続ける柔軟性が求められます。
起業は再現性のない挑戦であり、多くの種を撒き続ける試行錯誤の連続です。完璧な計画よりも、まず一歩を踏み出す行動力が重要となります。この記事が、起業を考えている方々にとって、何らかの示唆を与えることができれば幸いです。
