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【企画参加/短編小説】約束

 あの約束、覚えてる?

 そう思わず喉から出そうになった言葉をすずは呑み込んだ。
 黄色い短冊に書き綴った自分の願いを、祈るように心の中で呟き、隣で青い短冊にペンを走らせている慶人けいとへ瞳を転がす。
 すると、ピンク色の短冊を握り締めた小さな女の子が簡易テーブルに転がっているペンを取りにやってきた。背伸びをした可愛らしい女の子に慶人は「どうぞ」と目じりを下げて微笑みながらペンを渡していた。
 そんな柔和な雰囲気を醸し出す慶人に鈴も自然と唇を綻ばせる。

 慶人は人懐っこい性格でよく笑う三つ年下の職場の後輩だ。
 同じ部署になってから一年が過ぎた七夕の今日、初めて休日に会うことになった。

 誘ったのは、鈴からだった。
 断られるだろうと思いながらランチに誘ってみたのだが、慶人は困った顔をするでもなく、二つ返事で頷いてくれたのだ。
 ただ、職場の先輩だから断れなかっただけなのかもしれないけれど。

 待ち合わせ場所は、職場から少し離れた駅前の商店街。
 休日の駅前は人通りが多い。
 慶人を見つけられるかな、と落ち着かない心地で待っていた鈴だが杞憂に終わった。

 駅から歩いてくる紺色のカラーシャツを羽織った慶人の姿を瞬時に見つけてしまった自分が恥ずかしくなり、鈴は慌てて俯く。
 緊張を抑え込むように、この日のために買った黒地の花柄ワンピースを握り締めていると、ひとつの影が目の前で立ち止まった。
 鈴は喉を上下させてゆっくりと顔を上げる。
 すると、鈴の気持ちを知ってか知らずか「待たせてごめんね」と慶人は涼し気な目元を和らげて軽く笑った。
 顔が赤くなっている気がした鈴は、ふいと顔を逸らしてぶっきらぼうに口を開いた。

「待ってません」

 可愛くない言い方だったな、と自己嫌悪に陥っていた鈴に慶人が朗らかに声をかけた。

「ねぇ、鈴さん、七夕のイベント行ってみない?」

 そう慶人に誘われた鈴は商店街で行われていた七夕飾りのイベントに参加することになり、今に至る。
 色とりどりの短冊から黄色の短冊を選んだ鈴は、迷わず願い事を書いた。

【慶人と交わした約束が叶いますように】

 再び、自分の願いを書いた短冊に視線を滑らせた鈴が切なげに目を細めていたそのとき。

 さらさらさらさら。
 生暖かい風が吹くと笹の葉の軽やかな音が響き渡った。
 皮膚に纏わりつく重たい梅雨の空気を一掃するような清廉な音に、顔を上げた慶人が薄い唇を開く。

「鈴さん、知ってる? 笹の葉の音って神様を招く音なんだって」

 どこか得意げな色を忍ばせて慶人は笑った。
 そんな少年のように無邪気な笑みを見せる慶人に鈴は愛おしさを感じて、頬を揺らした。

「そうなんだ。短冊に込められたみんなの願いを叶えに来てくれるのかもしれないね」

「そうだといいなぁ。……今夜は彦星様と乙姫様、会えそうだね」

 青空を仰ぎ見る慶人の穏やかな横顔を見つめながら鈴は慶人に悟られないよう、虚しさを胸に抱えて笑みを深くした。

 鈴が在籍している部署に移動してきた慶人と出逢い、隣の席で仕事をするようになってから鈴は奇妙な感覚に悩まされていた。

 初めて会うのにも拘わらず、感じる心地よさ。安心感。
 何気ない会話を交わすときに感じた、時間の軸がわからなくなるような不可思議な感覚。
 そして、垣間見る現世いまではない記憶が鈴の脳裏を掠めるようになった。

 ふとしたときに、ふわりと浮かぶ断片的な映像は、着物を着ている自分が筆で文字を書いていたり、隣にいる誰かと話をしていたりと繫がりがなく、取り留めのないものばかりだ。
 しかも、これらの映像は、蛍の光のように瞬く間に消えてしまうため思考が追い付かず、鈴は首を捻ることしかできなかった。

 不思議な体験が、答えもなく積み重なっていく。
 自分でも理解できないことを言葉に表すのが難しくて誰にも相談できない。鈴の胸には常に、違和感がもやもやと渦巻いていた。
 そんなある日、突如として鈴はひとつの答えに辿り着いてしまった。

 それは、部署内の人たちだけで行われた花見へ向かっている途中でのことだった。
 その日は、満開の桜の木を目にしたときから心臓がどきどきして妙に胸騒ぎがしていた。嫌なものではなく、得体のしれない高揚感に胸がざわめているような。またよくわからない感覚だな、と不思議な心地の中、鈴は桜の花を愛でながら歩を進めていた。
 不意に、一片の花びらが鈴の目前を悪戯に舞う。
 桜の花びらを追って、視線を移した途端に鈴は息を呑んだ。

 桜の花びらに手を伸ばしている慶人の姿が鈴の瞳に映し出された瞬間、靄が晴れるかのように色鮮やかな映像が脳裏に広がったのだ。

 紺色の着物を身に纏った男性が桜の花びらに手を伸ばす姿が。
 桜吹雪の中で、男性を見つめている自分の胸から湧き上がる情感が。

 突然のことで驚いた鈴はその場で硬直し、何が起きたのか理解できないまま平静を装って慶人に声をかけたことを今でも覚えている。
 忘れられるわけがない。
 化学反応を起こしたかのように、脳内で生じた激しい閃光が身体の芯を駆け抜けた衝撃。生まれて初めての感覚に鈴の頭の奥には、眩暈に似た痺れがしばらくの間残っていた。

 慶人と過去で出逢ったことがある。

 そう不可思議なものが確信へと変わるのと同時に、鈴に不安を与えた。

 輪廻転生を繰り返して運命の人と恋愛をして結ばれるという物語は映画や小説、漫画で何度も見たことがあった。

 そういう『運命の人』というものに憧れがなかったといえば嘘になる。
 特に青春時代は、自分にもいるんじゃないかって本気で思っていたものだ。だけれど、大人になるにつれて『運命の人』は恋愛に限ったことではないのかもしれないと思うようになった。自分に携わり、学びを与えてくれる人は皆『運命の人』になるのではないかと。

 だから、鈴の中では慶人も『運命の人』になる。しかし、明らかに慶人は今まで出逢ってきた人たちとは違った。
 どこが違うのだと言われたら、どう説明すればよいのか自分でもわからない。

 鈴は『輪廻転生』『前世の記憶』『スピリチュアル 前世』など思いつく言葉をネットで調べた。
 ネットには自分とよく似た体験談が書かれた記事がたくさんあった。一方でありえないという否定的な記事もある。
『妄想や幻想であり、ただの現実逃避である』と並べられた的確な言葉を読んだ鈴は心の中で皮肉に笑った。

 それもそうだろう。 
 現実にはありえないことだ。
 自分は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 そう何度も何度も思った。
 考えるのをやめよう、と自分に強く言い聞かせてきた。
 それなのに。
 花見の日を境に、鈴の記憶の鍵がこじ開けられたかのように、否応なしに時空を超えた記憶が溢れ返るのだ。

 花が咲く草原の中で一緒に歩いていたこと。
 晴天を仰いで、笑い合っていたこと。
 朝日なのか夕日なのかはわからないが、空を彩る光の筋を見ながら草原で手を握り締め合っていたこと。
 そのときに約束を交わした言葉さえも耳の奥で柔く響く。

『今度は、色んな世界を一緒に見に行こう』

 その相手が慶人だと確証はない。ないが、慶人と出逢い、慶人に思いを馳せているときに思い出した記憶だということには違いない。

 前世の記憶なんて、とても曖昧なものだ。
 もしかしたら『運命の人』という不確かな存在に、無意識に願望を抱いていた自分が幻想を作り出しているのかもしれない。
 だけど、信じたい自分がいる。

 この唯一無二の感覚を信じたい。

 鈴は、青色の短冊を笹の葉にくくりつける慶人の背中を見つめていた。

 前世の約束を思い出せる人は世界にどのくらいいるんだろう。
 そもそも、前世を信じている人はどのくらいいるんだろう。

 果てしなく不毛な想いを抱えていることに気づいた鈴は諦めていた。

 慶人が思い出さなくても、私が覚えていたらいい。
 いつか、一緒に色んな世界を見に行けたらそれでいい。

 そう思うのに、心の中には虚しさが頑なに居座ったままだ。
 鈴は奥歯を噛み締めた。

 ……私は欲張りね。

 じわりと涙が滲んだ。
 鈴は潤んだ瞳を慶人に見られたくなくて顔を隠すように腕を伸ばし、うんと高く自分の短冊を裏返して笹の葉にくくりつけた。
 鈴が糸を結び終えると、おもむろに慶人が口を開く。

「鈴さんは、なんて願い事書いたの?」

「……内緒」

 いじっぱりだなって思う。
 素直になれたらいいのに。

『あの約束、覚えてる?』

 たったその一言が言えない。
 強気に笑って見せた鈴に慶人は小首を傾げた。

「……ふぅん。願いが叶うといいね」

 慶人は屈託なく笑う。
 憎らしいほど愛おしく。

 瞳を覆う涙が零れ落ちないように唇を噛み締めながら鈴が俯くと、不意に手の甲に慶人の指先が触れた。
 慶人の感触に、きゅっと耳の後ろが痺れる。
 距離を取ろうとさりげなく鈴が身動ぎしようとしたとき、慶人が鈴の手を握り締めた。

 どきりと高鳴る鼓動と共に、鈴は慶人を振り仰ぐ。
 慶人の顔には、いつもの柔和な色はなく、真っ赤に染まっていた。
 余裕を崩したような慶人の表情に呼応して、鈴の頬が紅潮する。

 刹那、風が舞った。
 さらさらと笹の葉が揺れ動き、清き音が響き渡る。
 笹の葉の音色に誘われた鈴は慶人から瞳を転がした。
 拍子に、青色の短冊がひらりと翻る。

 大きく見開いた鈴の瞳に慶人の願い事が刻まれていった。

【鈴さんと色んな世界を見に行けますように】



***

冬にある小説賞に応募しようと思っている物語を七夕に合わせて簡潔に書いてみました。 
プロットみたいなかんじで頭の中整理してみようってことで。
これを10万文字以上に物語を膨らませて仕上げないかん……彼らの前世の部分をがっつりファンタジーで書く予定……考えるだけでぞっとする(笑)
震えるわー(けど楽しい……笑)

そうそう、
5月にメフィスト賞の発表があたったけど、受賞ならず。
けど、気づきを得れたのでおっけー(軽いな……笑)

とりあえず、締め切りの1か月前から執筆し始めるのをやめます(笑)
もっと余裕もたないかんね。

今回は輪廻転生のお話を書いてみました。
王道な展開やけど、今はこんなんを書きたい気分(笑)

前までは、
本当に前世なんてあるんかなって思ってたけど
今では普通に信じてますねぇ。

久々の小説投稿。
何故か今週中に仕上げたくて
物語の流れや描写が雑になってしまって
読みにくいところがあったかと思いますが
最後まで読んでくださりありがとうございました。

ぼちぼち、
夏にある小説賞に向けて執筆始めました。
締め切りの2か月前ならどうにかなるやろ(笑)


xuさん、riraさん、素敵な企画をありがとうございました。
テーマは七夕です~。
よろしくお願いします。

以上、丸家れいでした。


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