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山も谷もあった2023年 |振り返り

 こんばんは。
 駆け抜けた師走、無事に仕事納めを迎えることが出来ました。

 2023年は躁転からはじまりました…

・早朝覚醒(眠れてないのに活動的)
・買い物依存(本、眼鏡、洋服)
・アイディアが思い浮かぶ
・多弁
・以前お世話になった方へコンタクトを取る
・神経質になる
・万能感
・起業したい
・名刺、SNSアカウントを作成し、宣伝する

― 僕の躁転パターン ―

 躁って活発で刺激的ですが、心身ともに消耗は激しいし、コントロールを失敗したら金銭面だけではなく仕事や家族、友人など社会的信用も失う怖い病気です。
 僕の場合は一度躁になると、落ち着くまでに数ヶ月続くため、以前の記事でも書いてきましたように今年の3月から6月中旬までは休職をさせていただいていました。
 
 休職期間中も早朝覚醒は続いていたのですが、病院の作業療法や茶話会などに参加したりしていました。
 病院では同じ双極性障害I型の仲間たちと交流することで自分の症状をフィードバックできる環境下でもありました。

 5月には実家を離れ、ひとり暮らしを始めるため、グループホーム(単身型サテライトタイプ)へ入所しました。引っ越しとともに、僕の中で引っかかっていた「自立」問題がほどけ安心したのか、急に早朝覚醒はなくなり過眠期に入りました。

 6月中旬には復職させていただき、リハビリ出勤から通常出勤へと、ゆっくり元のペースに戻していただきました。
 業務量も最初は少なかったものの、徐々に手元に戻ってきて、今では休職前の業務がすべて手元に戻ってきました。

 7月、8月は実家の片づけ、解体がはじまりました。
 グループホームの入所、復職、実家の解体と一気に環境が変わったため、環境の変化への適応に乏しい僕にとっては、やや抑うつ気味で、仕事を週に1回はお休みいただくことが多くなり、休みグセが変についてしまった時期でもありました。

 11月頃から12月にかけて『目標志向型』に変わり、これから先々の目標を10年計画で細かく立てました。
 資格取得や、そのための専門学校や大学院入学なども視野に入れはじめたことで、「自分がどうなりたいか」「どう生きたいか」「どんな働き方をしたいか」が鮮明になり、希望を持つことが出来て、仕事への休みグセもなくなり就労定着してきた、この頃です。

 今は、うつ転より躁転しているかなとは自覚し、新年迎えてからの通院でしたが、年末年始の休暇でリズムを崩したり家族や友人との人との交流も増える時期なため過活動になると悪化するため、通院日を年末に変更していただきました。
 躁転したことを嘆くことや落ち込むことはなく、「自己分析」できて自己対処できていることは非常に大きい成果だと思っています。

 タイトル通り『山も谷もあった1年だった』けれど、こうやって内省しながら日々をアップデートできるようになったのは自己成長した1年だったと思います。

 2024年は、まずは僕のモットーでもある「Carpediem(今日という日を生きていこう)」を大切にし、今ある生活や仕事のありがたみを感じながら、目標は捨てることなくゴールへ向けて着実に進みたいと思っております。


 P.S 年末年始は僕の弟分である後輩たちが県外から帰ってくる予定でしたがお子さんの発熱で帰省出来ない予定でしたが、帰ってこれるということで、今回は一人で過ごす時間、家族と過ごす時間がメインではあるものの、後輩たちと過ごせる時間が出来て嬉しいです。

 僕は結婚もしてないし子どももいませんが、30代は愛する人たちのための命や時間なんだと実感しました。
 大好きなエレファントカシマシの『俺たちの明日』の歌詞が身に染みて分かるお年頃になりました。
 僕も愛する家族がほしい。そのためにも、まずは今の生活を整えなきゃいけないです。



 

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