AIの答えが浅いと感じたとき、浅かったのは私の言語化だった
悪いのはAIではなかった。
一時期、私はAIの出力にずっと物足りなさを感じていた。それらしいことは返ってくる。整っている。けれど、そのまま使えるものにはならない。当たり障りのない一般論が、きれいな箇条書きで戻ってくるだけだ。
だからプロンプトの書き方を調べた。役割を与えろ、制約条件を書け、ステップで考えさせろ。ひととおり試した。少しはマシになったが、期待したほどではなかった。
原因が分かったのは、まったく別のところだった。AIの出力が浅かったのではなく、私が投げていた問いが浅かった。
AIは増幅器であって、発電機ではない
考え方を変えるきっかけになったのは、AIを「増幅器」として捉える見方だった。
増幅器は、入ってきた信号を大きくする装置だ。裏を返せば、入力がゼロに近ければ、いくら増幅しても出力はゼロに近い。ノイズが大きくなるだけになる。
この見方をすると、プロンプトのテクニックが何をしているのかもはっきりする。あれは伝送効率の話だ。手元にあるものを、どれだけロスなく渡すかの技術であって、渡すものそのものを生み出してはくれない。
そして、私が困っていたのは伝送ではなく、渡すものがなかったほうだった。「この件について論点を整理して」と投げているとき、私は自分が何に困っているのかを、自分でもよく分かっていなかった。分かっていないものは、書き方を工夫しても渡せない。
一般論が返ってきていたのは、私が一般論しか渡していなかったからだ。
論点整理を投げて、一般論が返ってきた日
具体的な話をする。
先日、本業で少し面倒な整理をする必要があった。組織の統合にともなって、設備の管理体制をどう引き継ぐか、契約の付け替えをどう扱うか、という類の話だ。関係者が多く、決まっていることと決まっていないことが入り混じっていた。
最初、私はこう投げた。「この件の論点を整理してほしい」。前提として、状況の説明を数行つけて。
返ってきたのは、教科書のような論点リストだった。抜けはない。けれど、どれも「そりゃそうだ」で終わる。私が本当に引っかかっていた部分は、そこに入っていなかった。
そこで一度AIを閉じて、自分で3行だけ書いた。何を決めたいのか。すでに決まっているのは何か。自分が引っかかっているのはどこか。
3行目を書こうとして、手が止まった。自分が何に引っかかっているのかを、私は言葉にできていなかった。しばらく考えて、ようやく出てきた。引っかかっていたのは論点そのものではなく、「この判断を誰がする話なのかが決まっていない」ことだった。
それを書いて投げ直したら、返ってきたものが変わった。今度は使えた。
プロンプトの書き方は、1文字も変えていない。変えたのは、投げる前に自分がどこまで分かっていたか、それだけだった。
AIは、自分の言語化レベルを映す鏡になる
この経験から、AIの使い方についての見方がひとつ変わった。
出力の質は、そのまま自分の入力の質を映している。だからAIは、自分がどこまで本当に理解しているかを検出する装置として使える。
「わかった気」でいるかどうかは、自分では判定しにくい。頭のなかにあるうちは、たいていのことは分かっているように感じられる。ところがAIに投げてみると、これが露骨に出る。ぼんやりした問いを投げれば、ぼんやりした答えが返る。返ってきたものが薄いとき、それはたいてい自分の理解が薄いという通知だ。
そう考えるようになってから、私は出力に不満を感じたときの手順を変えた。プロンプトを直す前に、そのテーマを人に3分で説明できるかを自分に試す。説明できないなら、原因は出力側ではなく入力側にある。そこでプロンプトをこねても、時間が溶けるだけだ。
もうひとつ、これは自分への戒めとして書いておきたい。蓄積がある人ほど、AIの出力の矛盾やごまかしに気づける。自分のなかに判断の軸がない領域では、返ってきたものを鵜呑みにするしかない。もっともらしければ通してしまう。AIの精度が上がるほど、この差は開いていく。使いこなしの巧拙ではなく、元の言語化がどれだけ厚いかで差がつく。
私がやっていること──投げる前の3行と、投げたあとの1手間
いま習慣にしているのは、大きく2つだ。
投げる前に3行書く。さっきの3行がそのままルールになっている。①何を決めたいのか ②すでに決まっていること ③自分が引っかかっている点。所要時間は2分くらいで、3行目が書けないときは、その時点で問題は自分の側にあると分かる。この3行があると、出力の質がはっきり変わる。プロンプトのテンプレートを10個覚えるより、効果が大きかった。
投げたあと、自分の言葉に書き直す。AIが返してきた整理を、そのまま資料やメモに貼らない。一度、自分の文脈に引き直して書き直す。ここを省くと、手元には成果物だけが残って、自分の中には何も残らない。次に同じ領域の話が来たとき、また同じところから始めることになる。逆にこの一手間を入れておくと、次に投げる問いの解像度が上がる。増幅器に入れる信号が、少しずつ厚くなっていく。
あと小さいことだが、意見が欲しいときは「反論して」ではなく「私の前提のどこが弱いか」と聞くようにしている。反論を求めると、AIは一般的な反対意見を並べてくる。前提の弱点を聞くと、こちらが書いた前提を読みに行くので、自分の思考の穴が返ってくる。
誤解のないように──言語化してからでないと使うな、ではない
念のため書いておくと、これは「まとまってから使え」という話ではない。
むしろ逆で、言語化を進めるための壁打ち相手としてAIを使うのは、いちばん相性のいい使い方だと思う。もやもやした状態のまま話しかけて、返ってきた言葉に「それは違う」と反応しながら、自分の輪郭を掴んでいく。私も日常的にやっている。
問題になるのは、その工程を飛ばして、AIが出した言葉をそのまま自分の結論として採用してしまうときだ。他人の言葉で書かれた結論は、次の問いを生まない。壁打ちの出口には、必ず自分の言葉に引き直す作業を置く。そこだけ守れば、AIは言語化の敵ではなく、いちばん速い加速装置になる。
出力を良くしたいなら、直すのは入力ではなく元のほう
まとめる。
AIから引き出せる量は、自分がそのテーマをどこまで言語化できているかで決まる。プロンプトは伝送の技術であって、渡すものを作ってはくれない。だから出力が浅いと感じたときに手を入れるべきなのは、プロンプトでも、モデルの選び方でもなく、自分の理解のほうだ。
そしてこれは、たぶんAI時代にいちばん静かに差がつく部分でもある。誰でも同じモデルを使える以上、差が出るのは入力側しかない。自分の言葉を持っている人ほど、同じ道具から多くを引き出す。
今週試してみること
直近でAIに聞いてみて、「なんか薄いな」と思った質問をひとつ思い出してみてください。
投げ直す前に、3行だけ書いてみる。何を決めたいのか。すでに決まっていることは何か。自分が引っかかっているのはどこか。3行目で手が止まったら、それが答えです。そのうえで投げ直して出力が変わったなら、浅かったのはAIではありませんでした。
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