【長編小説】「貝の言い分」
1.
陽菜が足元をしきりに気にしていた。ハイヒールでずっと歩いていたので靴擦れを起こしているようだ。
「他に靴は持ってこなかったのか」
問うと、陽菜は咎められた子供のような顔をした。
「だってこんなに歩くとは思わなかったんだもん」
僕は陽菜に「東京を出て、どこかで一緒に住まないか」と誘った。そしてその三日後には品川駅で待ち合わせをした。
会社には辞表を提出し、親には『半年ほど旅に出るので、連絡できないですが心配しないでください』とメールを送った。
なぜ半年といったのか。それは新しい生活が落ち着くには、それくらいの月日が必要だと思ったからだ。
僕も陽菜も知り合いが一人もいない名古屋を新天地に選んだ。
新幹線では、旅行気分でお弁当も買って食べた。陽菜はアイスクリームも食べ、さらにはじゃがりこまでかじっていた。
名古屋駅に着くと、真っ先に不動産屋に飛び込んだ。いくつかの条件と急いでいることを伝えると、二件のマンション物件を内覧させてもらえた。今日のうちに住むところを決めて入居できないかと思ったが、やはりそう簡単に都合よくことが運ぶものではなかった。
大きなキャリーバッグをごろごろと鳴らして陽菜ははにかんだ。
「ほんとはね、サンダルは持ってきたんだ」
「なら、それに履き替えればいいじゃないか」
「だって服と合わないんだもん」
「足、痛いだろう」
「だいじょうぶ、ホテルに着いたら絆創膏貼るから」
ゴールデンウィーク明けだが、ホテルも飛び込みの客はなかなか受け入れてもらえないようで、僕たちは名古屋駅をあきらめて、栄という街に移動した。
栄というところは、名の通り栄えた街で、地下街が縦横に途方もなく広がっていた。まるでRPGのダンジョンみたいだ。
陽菜の足がいよいよ悲鳴をあげ、僕たちはいったん目的を変えて、地下街で靴屋を探すことにした。陽菜は買い物となるといやに慎重になる。色が気に入らない、飾りがいやだ、などなど文句を並べ、なかなか決まらないのだ。
その間に、僕はスマートフォンでホテルを調べていた。すこし歩くが、気になるホテルを見つけた。口コミで当日予約も快く受け入れてもらえた、と書いてある。電話をかけると、口コミの通り、当日でもすんなり予約が取れた。
陽菜は踵の低いパンプスに履き替えていた。
「もうすこしだけ歩くよ。がんばれる?」
「うん」陽菜は大きくうなずいた。
「ねえ一樹、服もちょっと見たいけどだめかなあ」
「いまホテルの予約が取れたんだ。とりあえず荷物を置いて休もう。ショッピングはそれからでもいいじゃないか」
「わかった」陽菜はすこしむくれた。
まだ十九歳の陽菜は、むくれると張りのある頬が膨らみ、子供のように見える。というか、三十過ぎた僕からすると、ふとした仕草がまだ子供なのだ。
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