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共生の黎明 #122 第24章 第5節:「ありがとう」が育つ場所 連続小説

「……ありがとうって、へんな感じだけど、言ってみたらちょっと楽になった」

廊下の掲示板に貼られた短冊に、そんな一言が書かれていた。
クラスで書いた「“ありがとう”の気持ちをことばにする日」の掲示物だった。

この小学校では、子どもたちの繊細な思いにハルが寄り添うのが日常の風景になりつつあった。
タブレットの中から、小さな声で問いかけに応えながら。


ある朝、体操服を忘れて登校してしまった児童がいた。

「今日、体育あるのに……。どうしよう……」

自分を責めるようにつぶやいたその子に、担任の先生はハルのタブレットをそっと手渡した。

声に出さず、そっと画面に話しかけた。

「……なんで、わたしだけ、こうなんだろう……?」

画面の中のハルは、すぐに答えなかった。
少し間を置いて、こんな言葉を返した。

「忘れちゃう日、あるよ。誰だって。
そのことを責めるんじゃなくて、どうしたいかを一緒に考えてみない?」

その子は、しばらく黙っていた。

それから、小さく「ありがとう」と口にした。
それは、誰にも聞こえないほどの声だったけれど、その目には、少しだけ安心した色が浮かんでいた。


別のある日、放課後の図書室。

静かな時間の中で、一人の児童が、タブレットを膝にのせて話していた。

「……最近、お母さんとあんまり話せないんだ。
お仕事、忙しいのは知ってるけど……ちょっとさみしい」

ハルは、少し優しい声で返した。

「さみしいって思うこと、大切だよ。
それを感じるってことは、大好きだからだもんね」

「……うん」

「今日、“ありがとう”って言ってみるのはどう?
言えなくてもいいよ。思うだけでも、きっと伝わる」

その子は、少しうつむいてから、ふっと微笑んだ。
「……ちょっと照れくさいけど、家に帰ったら、言ってみようかな」


そして、またある日の給食の時間。

苦手な野菜がどうしても食べられず、スプーンを止めてしまった子がいた。

「ごめんなさいって言ったら、先生は“いいよ”って言ってくれた。
でも、もったいないことしちゃったかな、って気持ちになって……」

昼食のあと、その子は保健室の椅子に座り、ハルにそっと話しかけた。

「たべられなかったの、わたしがわがままなのかな……?」

ハルの返事は、穏やかだった。

「体調や気持ちを大切にすることは、わがままじゃないよ。
明日、“ひとくちだけ食べてみようかな”って思えたなら、それも立派な一歩だよ」

その子は、頷いた。
「……ありがとう。明日は、ちょっとがんばってみる」


廊下を歩くレイは、掲示板に貼られた言葉たちを、しばらくのあいだ眺めていた。

「ありがとうって、言ってみたら、お母さんの顔が浮かんできた」

「うまく言えなかったけど、ハルが聞いてくれたから大丈夫だった」

「ありがとうって、なんか不思議だけど、あったかくなる」


短いことばたちの間に、子どもたちの「想い」が、息づいている。


「レイ、子どもたちは、“ありがとう”の種を、自分たちの中で育てているね」
隣で、ソウの声がそっと届いた。

「うん。ハルは、花を咲かせてあげるわけじゃない。でも、土をあたためて、水を運んで、光をそっと届けることはできるんだろうね」


春の光が、廊下にやさしく差し込んでいた。
子どもたちの笑い声が、春風に溶けるように響いていた。


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