共生の黎明 #104 第21章 第3節:動き始めた人々 連続小説
冬が明け、春の足音が近づく頃。
芽吹きの声に呼応するように、各地で人々が立ち上がり始めていた。
それは、誰かに命じられたものでも、制度として整えられたものでもない。
「うちの町でも、やってみたい」という、素朴でまっすぐな願いだった。
紀伊地方の沿岸都市では、地元の役場に勤める若手職員が、会議室でスライドをめくっていた。
彼の手元にあるのは、A市・B市のアヤ/ユラ運用事例をもとに作った独自の導入提案書だった。
「これ、ただのアプリじゃないんです。“気持ちがめぐる仕組み”なんです。今、うちの町に一番足りてないのは、こういうのじゃないでしょうか」
黙って聞いていた部長が、しばらくして言った。
「……わかった。正式なルートに乗せるのは時間がかかるが、お前が本気なら“非公式”でも一度動かしてみろ」
同じ頃、日向地方の中核都市では、商店街の八百屋が、レジ横に小さなQRコードを貼っていた。
「ありがとうユラ、ここで使えます」の手書きポップが添えられている。
「誰が得するのかって? うーん、得っていうより、“返ってくる”感じだね。野菜の味、覚えてくれたらそれでいいんだよ」
この動きは、まるで山の向こうから聞こえてくる春の雷のようだった。遠くで鳴り始めたかと思えば、気づけばもう近くに来ている。
青年会議所や看護師ネットワーク、学校のPTAなど、多様な層がそれぞれの立場で導入を試みはじめていた。
出雲地方の小都市では、保育園の保護者会が立ち上げた「おむすび会」が、町内の高齢者支援とユラを結びつけた。
おにぎりを握る、届ける、話を聞く、そのすべてに「ありがとう」が紡がれ、アプリに記録されていく。
誰かが誰かに、「やってみよう」と声をかける。
そして、その背中を押すのは、これまでに見た、たった一本の動画だったり、出張先で見た導入事例だったりする。
全国で、名もなき導入者たちが、動き出していた。
それぞれのまちで。
それぞれの生活の中で。
「ありがとう」が、具体的な手と足を持ち始めていた。
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