共生の黎明 #38 第12章 第4節:学び舎にて 連続小説
「ありがとう」
その言葉が、校舎の廊下にやわらかく響いた。
A市内のある中学校の教室。
授業が終わり、机を整える生徒たちの間で、ごく自然にアヤ/ユラのやり取りが交わされている。
体育の授業で助けてもらったこと、忘れ物を届けてくれたこと、休み時間に相談に乗ってくれたこと。
小さな「ありがとう」が、ユラとして、あるいはアヤとして、互いの端末に届けられていく。
「……ほんとに、助かった。ありがとう」
女子生徒が、隣の男子生徒にそっとユラを送信した。彼は少し照れながらも、
「ううん、こっちこそありがと」
と笑い合う。二人の端末に、ふわりとした光がともる。
教師たちの間でも、職員会議や校内の打ち合わせのあとに、労いと感謝の気持ちをユラで伝える習慣が根づきはじめていた。
そして、生徒に対してもユラを送ることが増えていた。
「この意見、すごくよかったよ」
「最後まで頑張ってて素晴らしい」
言葉での称賛に加えて、ユラの送信によって、その想いが静かに、生徒の心に残るようになっていた。
ただの評価ではない、信頼と共感の循環が、教室の中に芽吹き始めていた。
「ありがとうを“送る”ことって、ちょっと特別な感じがする」
「本当の気持ちって、伝えると、相手も自分もあったかくなるんだね」
そんな感想がノートに綴られていた。
誰かの心をそっと受け止めるように、また、自分の気持ちを静かに届けるように。
生徒も教師も使うことを「選ぶ」場面が自然と増えていた。
「言葉じゃちょっと照れくさい時に、アヤとかユラがあると助かるんだよね」
ある男子生徒が、笑いながらそう言った。
彼の言葉に、周囲の友人たちも頷く。
そうして、気づかぬうちに、
生徒たちの間にある「やさしさの種」は、少しずつ、けれど確かに芽を出し、育ち始めていた。
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