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共生の黎明 #129 第25章 第6節:母と子、それぞれの想い 連続小説

夕暮れの台所で、湯気の立つ味噌汁の匂いが部屋に広がっていた。

ユミはまな板の上でネギを刻みながら、リビングのテーブルに座るユイの様子をちらりと見た。

学校の宿題をしていたはずのユイは、ノートの隅に何やら絵を描いていた。
窓の外で風に揺れる木の枝と、家の中で笑う家族。
少し前からユイは、そうした絵をよく描くようになっていた。


「ねぇ、ママ」

ユイがふいに声を上げた。

「“おかね”って、なんで必要だったんだっけ?」


包丁の動きがぴたりと止まった。


「ん? どうしてそう思ったの?」

「だってさ。最近、おかしをもらったり、ユラで買いものしたり、お礼にノートをもらったり……おかね、ぜんぜん使ってない気がするの」

ユミは、ふっと微笑んだ。

「そうね。たしかに、前より“ありがとう”のほうが多いかもしれないわね」

「学校でもね、今日、“ありがとう発表”があったの。クラスでね、“この一週間で一番ありがとうを伝えたこと”を、みんなで話すの。で、友達のユノちゃんが、“近所のおじいちゃんに傘を借してもらった”って言ってたの。ユラも持ってなかったけど、“その気持ちがあったから、もう充分です”って言われたって」

ユイは少しうれしそうに、ノートの絵を指差した。

「それでね、これ。“ありがとうの木”」

ユミはその絵をのぞきこんだ。

幹の部分に「パパ」「ママ」「ユイ」、枝には「ともだち」「せんせい」「となりのおばあちゃん」、葉っぱのひとつひとつに「ありがとう」の言葉が書かれている。

「“ありがとう”がふえると、葉っぱがふえるんだよ。そうすると、鳥がとまって、みんなが休めるようになるの。なんか、町がそんな風になってきた気がするんだ」

ユイの声は、まだ幼さを残しつつも、不思議な透明感をまとっていた。



夜、洗い物を終えたユミは、スマホのアプリをひらいた。
そこには今日一日の「ありがとう履歴」が記録されている。

・近所の子の宿題を手伝った → ユノさんから「ありがとう」

・市民センターでの親子ヘアアレンジ教室のボランティア講師として→ 市のまちの環ボードから「感謝スコア+1」

・ユイの宿題を一緒に考えた → ユイから手描きのありがとうカード

ユミはその最後の記録を見つめた。

《ママ、いっしょに考えてくれてありがとう。むずかしいって思ってたけど、いっしょなら大丈夫だったよ。》

それを見た瞬間、胸の奥がじんとあたたかくなった。

思えば、数年前の自分は、「働いて、稼いで、支払って」というサイクルの中で生きていた。
それは効率的で、正しかったかもしれない。
でも、どこかで「何かが足りない」と感じ続けていた。

今はどうだろう。

得たものは多くない。

けれど、分かち合った記憶が残っていく。

ユイの言葉を借りるなら、それは「木を育てるような暮らし」だった。

「…ユイ、いい絵だったね。ありがとう」

隣の部屋から聞こえた返事は、小さな「うん」。

その声の奥に、ユミは未来への静かな確信のようなものを感じていた。


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