当事者ではないという事
まず最初に、
このnoteに着地点はなく、
ただ頭の中を整理したくて書き出しました。
もやっとさせてしまうかもしれませんので、
嫌な気持ちになりたくないと言う方は、
どうかこのまま戻ってください。
失恋したことがないから、
失恋の痛みがわからないとか。
宗教2世じゃないから、
その人たちの痛みがわからないとか。
女だから、
男の思考回路が理解できないとか。
耳は聞こえてるから、
ろう者の気持ちがわからないとか。
子供がいないから、
親の気持ちはわからないとか。
雇われだから、
経営者の気持ちはわからないとか。
(人間だから、
ネコの気持ちはわからないとか…🐈)
ワタシはあなたじゃないから、
あなたの気持ちはわからない。
あなたもワタシじゃないから、
ワタシの気持ちは知らないでしょ。
たくさん語られてきているテーマかと思います。
金子みすゞが残したコトバ。
「 みんなちがって みんないい 」
おそらく、
種の本能…なんですかね、
「違う」ということを嫌うのは。
(しらんけど…)
でも違うのもいいよね、
と認めることもまた、
本能なのかな…と思ってみたり。
(結局しらんけど…)
最近新しい単語を覚えまして。
「 ダイバ~シティ~ 」
タターッ\(=´▽`=)/ワーイ
あぁ、あのガンダムがいるところでしょ。
って思ったのはわたしです。
さて、
ちょっと調べてみました。
多様性。
近年当然のように耳にする機会が増えた
ジェンダーレスとか、
LGBTQとか。
差別なく、
決め付けず、
どんな人でも受け入れましょう、
っていうことで良いですか?
当たってます?
この問題、
わたしの足りない頭で考えると、
一見実現したら素敵な世界なんだろうなと思うんですけど、
まとまりのない世界になるのかなって。
多様な個が世に溢れる。
たぶん、
まず大企業は消える。
集団スポーツも消える。
こういった大きな固まりって、
最終目標に向かってそれぞれの力を発揮できれば良いんでしょうけど、
多様な個の集まりをまとめられるのかどうか。
当事者でないという事は、
その状況下の人を本当に理解することはできないということ。
できないから投げるんじゃなくて。
でも個は溢れる。
おそらく全ての個を受け入れ理解するなんて難しいし現実的ではないように思う。
だから、
全部受け入れるとか、
諦めるとか、
無関心とかじゃなくて、
自分と違う人がいるんだよって常に思っていること。
自分が当たり前じゃないし、
自分が変なわけでもない。
なんか、
最近ほんと揚げ足取りのように、
差別的な発言をしたとかニュースになって、
政治家から、
芸能人から、
すぐに叩かれるようになって。
そういう発言も、
自分と違う人がいて、
自分が普通と思っていなければ防げたかもしれないし、
逆に叩く世間も、
自分とは違う考えの人がいて、
自分が普通って思っていなければ、
叩くことはなかったかもしれない。
双方が双方向に違いを認め合っていれば、
多くのことが防げたかもしれない。
そんな簡単な話。
でもなぜか難しい話。
こんなこと書いてるわたしも、
大概おかしい。
最後までお付き合い頂き
ありがとうございます。
