ある作家の話 -第一話
夜中になってしまったけど
ある外国のアーティストと若い頃に話をしたことを
忘れないうちに記しておきたいと思って、それでベッドの中で書いている。
彼は、まだ20台の前半、湧き上がるアイディアがあまりにも豊富でそれを自由気ままに作品にした。抽象的でわけのわからないような作品。しかし、たくさんの人が絶賛してくれ、
彼はあれよあれよと有名に。お金が入り、マンハッタンのソーホーに広い部屋を借り、暮らした。
彼が30歳を少し過ぎた時だった。
当時人がうらやむ職を捨て「インドを何年も放浪していた」という、ある見知らぬ男性に、アメリカ中西部の田舎の駅で出会った。
放浪で額や頬に深いシワを刻んだ男性は、目の前の若い青年がすでにニューヨーク界隈では有名な造形作家で、マンハッタンの華やかな人々とつながりがあることなど、当然、何も知らなかった。
ただ彼は、まだ数時間は来ないであろうアムトラックを古い駅舎の中で待っていた。
なぜマンハッタンに住んでいるはずの若い造形作家が、その日、中西部のその寂れたアムトラックの駅に座っていたのか?
なぜなら、ある朝、ソーホーのロフトで彼がひとり目覚めた時、彼は急に体が震えるような虚しさに体が強張り、強い吐き気が込み上げ、気がおかしくなる感覚に襲われた。叫びたくなり、とにかくその無機質な広い部屋から飛び出し、取るものも取らず、夜明けの街を地下鉄に乗り、ペンスステーションに行き、とにかく西へ向かうグレイハウンドバスに乗った。
なぜ急に虚しさに襲われたのか、彼にはわからなかった。
ただ、毎日のような表層的なパーティーで、香水の匂いに吐きそうになり、人の噂話、互いの成功を褒め合う会話を聞いていると、パニック発作が起きる前触れかのように呼吸が苦しくなった。
だから彼はトイレに行くふりをして、パーティ会場からソーホーの家に逃げ帰った。それが何回も続いていた。
束の間でも良い。ルーティン化したパーティ三昧の暮らしと、ちやほやと彼を取り囲む人たちから、うんと遠くに逃げたくなった。
萎びた町の駅舎に座るインドを何年も放浪した男。痩せていて、肌は陽に焦げ、白髪混じり。彼は「歳ですか? 40歳です」と言った。
「私は、かつて、何の不自由もなく育ててくれた両親を、交通事故で突然失ったんです。
両親の葬式が終わった後、ふと考えました。
自分は、何のためにスーツを着こみ、大企業で働き、本当は自分自身は何の興味もない機械を、何のために世界中の企業に日夜、売っているのか...?てね。
全く生きている意味がわからなくなったんです。ネクタイを結ぶのさえ嫌になりまして、そこで、辞表を出しました。
子供がいなかったのを幸いに、本当に愛しているかどうかもわからないのに、その美しさに惹かれたモデルだった妻に、果たして十分かどうかはわかりませんが、家と貯金全てを渡して離婚し、飛行機に乗りました。インドに行こうと思ってね。ビートルズだって真理を求めて行ったんだから、インドに行きさえすれば何かがわかる、そう短絡的に思った。衝動ですね。」
この男性は、若い造形作家に言った。
「いや、しかしインドを放浪したからって、急に魔法みたいに悟りが開くわけじゃない。嫌でも、自分というわけのわからない人間と、来る日も来る日も対峙する羽目になりましたよ。
エリートだと言われる大学に入って、みんなが羨ましがる高層ビルの上階にオフィスを構えた会社に入ってね、ランチタイムには高級なレストランにクライアントと行きパワーランチ。頭が飛んでいました。その時期は、自分の感情を見ることなんて皆無ですよ。心の奥のツボに特別な鍵をかけてしまい込んでるみたいなもので、この自分に、複雑極まりない”感情がある”なんて、そんな面倒なことは考えたこともなかったですね。
やがて、インドの貧しい村で、水が悪かったのかひどく腹を下し、見知らぬインド人の家族に助けられてね、しばらく寝床を貸してもらいました。私なんかを助けても彼らには何の得にもならないのに、その貧しい家族はただニコニコしていてね、とにかく私を助けてくれました。
体が動かないので、そのまま親切を受けているうちに、ある日ランプもない部屋の中で、夜中にね、板の上で寝ている自分が、泣いていることに気がついたんです。
なぜ自分が泣いているのかは、わからなかったですね。だけど、そのうち、よだれや声が漏れ始め、意志で止めることもできず、ああ、自分は今、赤子がお母さんを呼ぶみたいに泣いているんだろう、、、そう思いました。
自分はとてもタフな、絶対に負けない人間だと思っていました。
でも、実際は、他人である見知らぬ異国人の家の床で、ここで、のたれ死にしてもおかしくないんだ自分は、、、
そんな儚い存在でしかないんだ自分は、、、と、
それに、気が付きました。
友達も家族も何もいらない、ひとりで生きていこうと思っていたのに、じつは自分は、今、人のぬくもりを飢餓状態の幼な子のように欲しがってるじゃないか?て。
それに気づいたんです。
腹が治り、粥のような汁が飲めるようになると、歩けるようになりましてね、知人になんとか連絡をとりインドからアメリカに帰ってきたんです。
え? 今、どこに向かっているか? ああ、それは、事故で死んでしまった親の墓がある町へ行くために、こうやって列車を待ってるんです。」
このインドを放浪した男性とアムトラックで別れた後、若い造形作家は何ヶ月か、アメリカ中西部の村を歩き、安いモーテルに泊まり、パサパサのハンバーガーを一日にひとつ食べた。
そして、やがて、ひとり住まいのマンハッタンのソーホーの家に戻った。
金と知名度と派手さでつながっていた連中に会いたいとは、これっぽっちも思わなかった。しかし、もう一度、自分の家に帰りたかった。自分のベッドでもう一度ゆっくり何も考えずに泥のように寝てみたかった。
インドを放浪した男のように、飲まず食わずの旅をたった1人でずっと続ける勇気は、この若い造形作家にはなかった。
彼はそれまでは、アブストラクトなアーティストと呼ばれ、人が驚くような奇怪な作品を作れば作るほど賞賛された。が、もうそんなものを作りたいとは、一切思わなくなっていた。
彼は初めて油絵を描き始めた。それらは全て、幼い貧しい子供を描いた絵だったり、名もない農村の人々、そういった人間たちの顔。笑ったり泣いている人間の絵。
絵は売れなかったが、いや、売ろうとも、別に思ってはいなかった。
彼はソーホーのロフトを手放し、マンハッタンを離れた。
アメリカの西の、かつては鉱山を掘る男たちで賑わっていた、寂れた村に移り住んだ。
アーティストらしき人々の地味な集落があり、昔からの村人もいた。彼らに助けられながら、彼は絵を描き続けた。
都会でアブストラクトな作家としてもてはやされていた頃の華やかな人間たちは、彼の消息を最初は気にしていたかもしれないが、彼らが愛するのはセレブリティたちだ。麻薬に溺れたロックスター、時代の寵児のイラストレーター、わざとゾンビのようなメイクをしてクラブに繰り出す有名人や背の高いモデルたち。
彼らと別世界に住んで初めて、彼は平和とはこういう感覚なのか?と、自分の中の新しい感覚に気づいた。
それと並行するように、彼の絵の人間の目にほのかな命が宿り始めた。
どこで噂を聞くのか、都会を捨てたアーティストたちが住むその山の上の村の、古びた家を改造したギャラリーに、わざわざ遠い州から車を走らせ訪ねてくる人が現れ始めた。
彼には金に対する欲はなく、生活ができれば幸せだったので、客の言い値で絵を手放すようになった。
やがて、絵画教室のような場所を子供たちに開いてほしいと村に住むお母さんたちに頼まれた。
彼は子供たちのために小さなアトリエを開き、次第に、昼夜絵を描きながら、老若男女に文字通り助けられ愛され、そこに落ち着いて生活をするようになった。
彼にたまにご飯やパイを届けてくれていた少し年上の女性がいた。彼らは共に暮らし始めた。やがて自然に結婚をし、赤ん坊が生まれた。この女性が好んでしていた仕事からの収入と、彼の絵画教室の収入やたまに売れる絵で、二人は普通の暮らしを営むようになった。
村の人が野菜を分けてくれたり、狩でしとめた鹿の肉を分けてくれたり、そのうち、全く面識のない若い人たちが彼のアトリエやギャラリーを訪ねてくるようになり、その集落に都会を去った若いアーティストたちがポツポツと住むようになった。ある若者は土をこねて陶器を焼いた。ある人は村の小学校の先生になり、村の子供たちに慕われながら、詩を書いていた。
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、、、続きは明日に、、、
おやすみ、、、
