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『ゴジラのえさ』

辞めたいという運転手を引き留めていて既視感を覚えた。あと一カ月だけでも頑張ってくれないか。会社の方でも、売り上げが上がるように何とかバックアップしていくから。もうすぐ、ほら、あの田中商事との契約もまとまりそうなんだよ。そうなれば君を専属にでもと考えていたんでよ。どうだい、あと一か月…もう一度…別れようというトキ子にも同じようなことを言っていた。もう一度考えてくれよ。家庭を大事にするよ。浮気もしない。もともとしてないんだけど、疑われるようなこともやめるよ。今度の休みには三人で食事に行こう。あの子の好きな店に連れて行ってやろうよ。

どうだい、飯でも食うか。いいっすねといいながら、どうせこいつは辞めるだろう。めしで引き留められれば、みんなそうしてる。さんざん食って飲んで、ごちそうさまっす、もう一度考えてみますよ。そうか、ありがとう。何でも、ひとりで悩まずに相談してくれよ。
そして多分、二三日してから、あのうよく考えたんですけど、いろいろ考えてもらったり、飯も奢ってもらって本当に感謝してるんですけど、やっぱ、無理っす。答えはわかっている。

それでも、やはりこの後飯に誘うだろう。せめてやるだけはやったんだと、辞めていくのを指をくわえて見ていただけじゃないんだと、満足感くらいは味わってもいいだろう。
これからはできるだけ早く帰る。絶対に? うん、絶対。
今日は遅くなるよ。連絡しておくか。今日も、ではなくて、今日は。今日も。今日は。今日も。今日は。どちらでもいい。トキ子は多分もう出ていく。娘を連れて。俺はな、家庭を犠牲にしてまで、こうしてお前を飯に誘ってるんだよ。こいつに言っても始まらない。
どこに行きます?ついてこい。

飯を食わせたからと言って人は変わるものではないだろう。だが、食わせなければ俺が後悔するかもしれない。

お気に入りのマグカップをトキ子と名付けたら、トキ子は怒っていた。わざとカップのふちを舌でいやらしく舐め回したりしてやった。トキ子を見つめながらトキ子を舐め回すのは気持ちよかった。興奮した。二人とも若かった。トキ子に液体を注ぐ。トキ子からあふれる液体をすする。
トキ子が割れた。トキ子が出て行った。
 
あの若い運転手も結局辞めてしまった。二人で飯を食ったという出来事は多分俺にだけ思い出として残るのだろう。あいつは一ヶ月もすれば忘れているに違いない。
思い出は不公平だ。

昼はコンビニのしらす弁当にした。懐とカロリーを考えての選択だ。天気がいいので、事務所の外に置いてあるベンチで食べた。
しらすとご飯を均等に口に運びながら思った。ゴジラからしてみれば、俺たち人間もこのしらすのようなものなのかな。しらすほどの命がこれまで何百万年の間に、何千万年かな、その間にいくつ生まれて、いくつ消えていったのだろう。
そんなしらすほどの命に、命の価値などあるのだろうか。
いっそ本当にゴジラでも現れて全てを破壊してくれないかなと思う時がある。しつこいクレーマーなどを相手にしているときなど、今ゴジラが現れたら、こいつとも力をあわせて逃げ延びようとするのだろうかと考えたりもする。映画で刑事と犯人がいつの間にか力を合わせて共通の危機と戦うというのがあるが、多分そんな感じだ。
よく会社や学校が嫌で放火したなどと言うニュースを見るが、ゴジラが出てきてくれればそんな悩みも一気に解決だ。
いや、待てよ。ゴジラの大きさから考えれば、人間がしらすでは小さすぎないか。ししゃもくらいの大きさはあるだろう。せめて食われるのなら、ししゃもくらいの大きさでしっかり味わってほしいものだ。

そうだ、ししゃもになってゴジラに噛みしめてほしい。高級な牛肉をとるために牛にビールを飲ませるという話を聞いたことがある。それならこの身体も結構ビールを吸収しているぞ。さあ、ゴジラさん、好きなところからやってくれ。足からか、頭からか、それとも胴体からガブリといくかい。このふくらはぎのあたりがおすすめだよ。おっと、すぐに飲み込んじゃだめだよ、よく噛まなきゃ。噛めば噛むほど、旨味の出てくる身体なんだから。
なんだか、幸せな気分だ。
遺書に書いてやる。もしも遺書を書くような事態に陥ったら、書いてやる。

「遺体はゴジラの餌にしてください」





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