ある量子物理学者への手紙
これは本当に、ある量子物理学者の方に出した手紙を元にして、この note 用に書き直したものです。
宇宙万物を「実体」と「幻想」に明確に区分して始めることは、科学だけでなく哲学や、その他、例えば歴史認識や自我や自由意志や人間の行動を考えるあらゆる場面において、基本とすべき重要なものです。この視点で眺めてみるといろいろなことがクリアーに見えてきますので試してみてください。
(この記事はおよそ11.060文字、通読時間はおよそ25分です)
謹啓
時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
私はまもなく70歳になる徳永真亜基と申します。
◯◯先生のことは様々なメディアで拝見させていただいております。専門外の人間や子供にもわかりやすく丁寧に説明してくださっているので、こんな私の手紙も読んでくださるのではないかと期待を込めて、僭越ながら手紙を書かせていただきました。
今までの科学が、宇宙万物を「実体」と「幻想」に明確に区分せずにやってきたことによる誤った解釈について書きます。
先生は、ニュートンの万有引力を疑ったことはありませんか?
重力というものを本当に「質量を持つ物質が時空を歪めた時に発生する」と考えていますか?
相対性理論による、「早く進む物の時間は遅れたり距離が縮んだりする」という理論をそのまま受け入れていますか?
私は子供の頃から、世界から対立や不平等をなくしたいという思いにとらわれていて、その方法をずっと考えてきましたが、35歳位の時に、世界を一つにするには科学が必要だと気づき、独学で科学を勉強し始めました。そのスタートとして、自分に誓ったことがあります。
科学は「実体」を扱うものなので、文系だった私がそれを勉強するためには、人間特有の、自分たちを賛美する高慢さや、固定観念や、思い込みや、先入観、などの「幻想」を差し挟まないように、しっかり「実体」と「幻想」を区別してから取り掛かろうと決めました。
そこでまず「実体」と「幻想」を定義しました。
人間が言葉を用いるようになって、脳内に言葉の領域ができると、外部からの刺激に反応する場合、その領域を経由することになります。そこから浮かび上がるもの全てを「幻想」と呼ぶことにしました。
つまり、人間の脳に浮かび上がる、意識を伴う脳内活動の全てのことです。それに対して、人間が意識しなくても存在する全ての物質、全ての物体を「実体」と呼ぶことにしました。
幻想‥‥(言葉を持ったことにより)人間の脳に浮かび上がることになった意識を伴う脳内活動の全て。認識、連想、想像、思考、常識、感情、固定観念、偏見、意思(意志)‥‥‥など。
実体‥‥人間が意識しなくても存在する全ての物質、全ての物体。(* 永遠不変のものなど一つもないという意味で、物質も物体も素粒子が一時的に見せている現象と言えなくもない。だから究極の物質は素粒子だけとも言える)
人類が言葉を覚えて、この宇宙に初めて幻想が生まれる以前の、約140億年間は、ずっと「実体」だけの世界でした。(* そのように考えるのが科学ですよね)
この約140億年を1年のカレンダーにすると、この宇宙に幻想が生まれたのは、つまり人類が言葉を覚えたのはということですが、それは年も変わろうとする 12月31日 の 23:57 頃になります。(* 人類が言葉を覚えたのは、ホモ・サピエンスがアフリカ大陸の外へと躍進する頃ではないかとする学者がいます。そうすると、今から7万年前頃なので、それを参考にして計算しました)
私は、言葉を持ってしまったことで(=幻想を持ってしまったことで)自然界とはぐれてしまった人類が、もう一度自然界と手を繋ぐためにするのが科学だと考えています。
しかしそのためには、皮肉なことに、我々を迷子にさせた張本人である “言葉” を持ったことによって生まれることになった「幻想(=認識、連想、想像、思考など)」を駆使して「実体」の姿を解明しようとするしかありません。
だからこそ科学は、この幻想という弱点を知り尽くして、どこまでもそのギャップを実体に近づけるための努力が必要なはずです。ところが現在は、幻想(=言葉や数字)に近づけるように、実体を歪めてしまう場合があると思いませんか。幻想の弱点をよくわかっていないせいです。
私が、この「実体」と「幻想」をしっかりと区別して科学の勉強を始めたことで、間違えている学説や理論が実にたくさんあることに気づきました。
例えば、あの有名な二重スリット実験です。
その実験結果から、一粒の粒子は観測されなかった場合(経路情報が特定できない場合)は、二重スリットを波の状態で通過し、観測された場合(経路情報が特定できる場合)は、スリットのどちらか一方を粒の状態で通過するなどと結論づけられています。
しかし、この結論は、波には「実体の波」と「幻想の波」があることを理解していなかったための間違いです。
波には「幻想の波」と「実体の波」がある、と理解していれば、二重スリット実験は最初から疑問を持つこともありませんでした。
この実験の元となるヤングの二重スリット実験は、一つの光源から二重スリットに向けて発射した光が、スクリーン上に干渉縞を作るということから、光はまるで、水面波のように二重スリットを同時に波として通過していると考えたわけですが、それが間違いだったのです。
そもそも、水面の波は水分子の集まりが見せる一時的な動き(movement)なので「幻想の波」です。
(* 先程、「人間の脳に浮かび上がることになった意識を伴う脳内活動の全て」を幻想と定義しましたが、水面の波は人間が意識しなければいずれ消えてしまう一時的な動きなので幻想です。実体は水(=H₂O)です。H₂Oの集まりを我々は水と呼んでいるわけです)
例えば「海水を持って来て!」と言えば、コップに入れて持ってこれますが、「波を持って来て!」と言われても持ってこれません。水という実体の一時的な動きなので、波はいずれ消えます。
でも実体である水は消えません。(* 本当は雪や雹や霰も幻想で、その実体は水(=H₂O)です。言葉を持たない動物にもそれらは降り注ぎますが、彼らは人間のように名前を付けないので、それらを違いとして認識しません)
だから水面波は、幻想の波が二つのスリットを同時に通過していたのではなく、水の分子という実体の束が、どちらか一方のスリットを通過しているだけで、その分子の束が波となって回折を起こし、もう一方から来た水の分子の束が起こした回折と干渉を起こしているだけでした。
(* スリットを通過するのは、幻想ではなくあくまでも実体です。その以前の波は押し出す役目をしていただけだったのです)
同じように、一つの光源から二重スリットに向けて発射した光も二つのスリットを同時に通過していたわけではありません。それも「幻想の波」なので、通過しているのはあくまでも光子の束という「実体」が片方ずつのスリットを通過していたのです。
ところが、一粒ずつの粒子にして二重スリットに向けて発射したものは、波と粒が一体なので、こちらは「実体の波」です。その波動を伴った粒子が、二重スリットの一方のスリットを通過することで、後発の粒子が、先発の粒子の残していった波と干渉し合ってスクリーン上に干渉縞を作っていたのです。(* 先発と後発の粒子の発射間隔が短いせいで干渉を起こすのです)
最初から「実体」と「幻想」を見分ける目を持っていれば、二重スリット実験の不可解な現象は、このように簡単に解決がつく問題だったので、2021年にもなって、優秀な頭脳を持ち寄って、精密な装置を作って繊細な実験などする必要もなかったのです。(* 理化学研究所を中心とした研究グループが発表した「V字型二重スリットによる電子波干渉実験」)
「遅延選択量子消去実験」という一見不思議なものも、「実体」と「幻想」を見分ける目を持てば、自らの思い込みのトリックに引っかかっていたことがわかります。
また、コペンハーゲン解釈による「粒子は観測されるまで重ね合わせとして存在し、観測された瞬間に、一つに収縮する」という考え方も間違いです。観測という行為こそ「幻想」そのものです。人間が何かを観測(=認識)するということは、幻想の領域に引き入れたということです。
(* 言葉を持たない動物は、認識ではなく、実体に対してしかるべき反応をしているだけです。私は彼らを自然界と地続きと形容することにしています。言葉を持ってしまった我々人類だけが、自然界からはぐれてしまったのです。人間とは動物の中で最も優れたものではなく、いわば、自然界唯一の「落ちこぼれ」だったのです)
飛んでいる鳥を双眼鏡で追う場合のように、観測という行為は、動いているものを一時的に止めながら観ているわけで、これは実体を扱うべき科学が、一旦、人間のわかる幻想に引き入れているだけです。
だから、本当の粒子はどこにも “収縮” などしておらず、「実体」は相変わらずどこかに波動を伴って存在しているはずです。
水面波は幻想の波ですが、、確かに、船を転覆させたり津波で被害をもたらしたりします。だけどそれは、水分子(=H₂O)の集まりの一時的な動きが原因である、と「実体である物質」に還元させて考える視点が重要です。そのように考えなければ、幻想をどこまでも実体に近づける、という “科学” の原則に違反することになってしまいます。
水面の波は「幻想の波」なのでいずれなくなります。ところが、量子の波は波動性という「実体の波」なので決してなくなりません。ある時は波の性質を持ち、ある時は粒の性質を持つなどというものではなく、常に一体で決して切り離せない物だったのです。まして収縮する物でもありませんでした。
同じように、音波(音の波)は、空気や水といった実体の振動(一時的な動き)なので「幻想の波」です。つまり音波の実体は空気や水です。だから空気のない月では幻想の波(=音)は存在しませんよね。
音の波を小さくしていくと、やがて振幅が小さくなり、しまいには消えてしまいます。それに対して光の波は、減光フィルターを使って光量を徐々に落としていっても振幅は変わらず、まばらになるだけです。決して消えないので「実体の波」です。
今までは、脳科学や生成 AI の研究(=言語の役割の研究)が追いついていなかったので、このように実体と幻想の区別をしませんでしたが、科学はあくまでも実体を扱うものです。もちろん幻想である「音の波」や「水面の波」を科学することはできますが、その場合でも実体を疎かにすると自然界の真実を見誤ります。
ちなみに人間の「幻想」は「実体」に作られます。決して人間が自分発で生み出しているものではありません。(* 例えばテレビでニュースを見ていると、様々な思いに駆られますが、この思いという幻想も実体に作られます。映像は光子という実体、音声は空気という実体の振動です)
もちろん「意思(意志)」という幻想も、同じように、実体からの情報に受動的に作られるものなので、人間には自由意志などありません。(* これは科学が解明していることなのに、未だに人間には自由意志があると信じている科学者がいるというのは、どういうことなのでしょう。やはり「幻想」と「実体」を見分けるところから科学を始めていないのです)
また、例えば、一般相対性理論では「重力とは質量を持った物質が時空を歪ませることで生じる」と説明しています。
これは、時間と空間というものが「幻想」であることを理解していなかったアインシュタインが「実体」である謎の力(=重力と呼ばれている力)に「幻想」である時間と空間を合体して、さらにそれを一つの計算式に取り入れてしまったことによる間違いです。
(* 彼はこの時間と空間を一つにして「時空」と呼んでいますが、名前を付けるとなんだか本当に時空という「実体」が存在するような気がしてしまうから不思議です)
速度は「距離 ÷ 時間」と習いました。だけど、本当はこれは距離という「幻想」に物差しという「実体」が与える数値を、時間という「幻想」に時計という「実体」が与える数値で割っているだけの幻想だったのです。(* その証拠に「時計や物差しを持って来て!」と言われたら持ってこれますが、「時間や距離を持って来て!」と言われても誰も持ってこれません)

速度とは、例えば時速50㎞で3時間走れば150㎞進める、と計算できるので、これは人間が作ったとても便利なルールです。
時速50㎞で走る車の “実体” は、「車体」と「道路」があるだけです。強いて言えばその時速を表示する「速度メーター」があるだけです。「車を指さして!」「道路を指さして!」「メーターを指さして!」と言われたら、指させますが、「速度を指さして!」と言われても誰も指さすことができません。速度は幻想だからです。
「空間(=距離)」とは、ビッグバンに始まった膨張が見せる「広がり」を人間が意識して、それに対して付けた名前です。
「時間」とはその膨張に伴い素粒子が見せている「変化」、あるいは素粒子が作用し合うことで見せている「変化」を人間が意識して、それに対して付けた名前です。(* あらゆる物質や物体は素粒子が作用し合うことで見せている変化ですよね。我々のこの身体もです)
時間や空間とは人間が「変化」や「広がり」を認識した概念、あるいは観念に過ぎない「幻想」です。(* ちなみに、物理で使う、タテ、ヨコ、高さなどというのも人間の概念なので「幻想」ですよね。「それらを持って来てくれ!」と言っても誰も持ってこれません)
それに対してアインシュタインの言う「時間」とは、時計という実体の表す時刻のことでした。また彼の言う「空間」とは、物差しという実体の指し示す目盛りのことでした。
(* 人間は時間と空間という幻想を見える化するために、時計と物差しという実体を作ったのです。だからあくまでも、彼の数式の中の時空は時計という実体と物差しという実体の表示する値でしかありません)
だから、「重力とは質量を持った物質が時空を歪ませることで生じる」と言った場合の「時空」は、実体である道具としての時計と物差しが、その職務を全うして、自分を含めた実体が変化した値を、正確に測っていただけで、時空という幻想が歪んでいたわけではありません。
彼の示す時間は時計の表示する時刻だったと知れば、「実際に時速1000㎞で飛ぶジェット機に、精密な時計を積み込んで10時間飛行した後、地上の時計と比較すると、相対性理論の予言する時間の遅れ(約1億分の2秒)が確認された」、などという実験結果も、それは「時計という機械の振動が加速という重圧がかかることで変化しただけだった」と論理的に考えられます。
最近、大いに活躍しているGPSも、「相対性理論により衛星内の時計の誤差を修正している」などとまことしやかに言われていますが、本当は、そうではなくて、人工衛星というのは、等速円運動という加速度運動をしているし、また地上との高度差による気圧の影響により、時計という実体の振動数が変化させられているのです。
でも、アインシュタインが「早く進む乗り物の中では時間が遅れる」と言って、それを数式で証明したことで、それが固定観念となって、我々の事実を見る目を曇らせているのです。
(* 数式という幻想が実体を歪めてしまった例です。幻想が実体に対して「数式がそのように言っているので、あなたたち実体はそのように成り立ちなさい」と命令しているようなもので、明らかに逆ですよね)
歪むことができるのは、人間の「時間」や「空間」という感覚(=幻想)だけです。
それらは人間の感覚なので、いくらでも伸び縮みしますよね。
科学は、その「幻想(=錯覚)」を「実体」と同次元で扱ってはいけません。
他にも例を挙げれば、「双子のパラドックス」とか「シュレーディンガーの猫」などというのも「実体」と「幻想」を見分ける目を持たなかった当時の研究者が、抱いてしまった間違いであり問題提起です。(* しかも、これもまだ2025年現在、物理学者が間違いだと気づいていません。「双子のパラドックス」に関しては SF の定番ですが、SF を科学のように吹聴する人たちがいますが、それはあくまでも非科学ですよね)
(* それだけでなく、この「実体」と「幻想」をしっかり見分ける目を持てば、今までの「哲学」の根本的な間違いも見えて来るという、すごい魔法のパスワードだったのです)
実体と幻想をはっきり見分ける目を持つと、今まで量子物理学の次のような数々の謎や疑問が解け、間違いも見えてきます。
二重スリット実験の謎や疑問と間違い
不確定性原理の謎や疑問と間違い
シュレーディンガーの猫の謎や疑問と間違い
サイコロを振らない神様の謎や疑問と間違い
遅延選択量子消去実験の謎や疑問と間違い
双子のパラドックスの謎や疑問と間違い
光速度不変の謎や疑問と間違い
時間と空間に対する謎や疑問と間違い
コペンハーゲン解釈の謎や疑問と間違い
EPR論文の謎や疑問と間違い
ベルの不等式、CHSH不等式の謎や疑問と間違い
量子もつれ(エンタングルメント)の謎や疑問と間違い
多世界解釈、ホログラフィー原理などの謎や疑問と間違い
万有引力と重力の謎や疑問と間違い
量子物理学というのは、目に見えないミクロの世界(=実体)を研究する学問なので、どうしても人間の幻想が膨らんでしまうのです。そもそも、量子力学が多用する小難しい数式というものも、「実体」の世界を人間にわかる「幻想」に翻訳しているだけですよね。(* それで今では、幻想である数式に合わせて実体を歪めてしまったりしているのです。明らかに逆で、やってはいけないことですよね)
ところで今、最後に、「万有引力と重力の謎や疑問と間違い」と書かせていただきましたが、先生はニュートンの万有引力説やアインシュタインの重力説を疑ったことはありませんか?
彼らの学説も、「実体」と「幻想」を見分けるところから始めずに、それらをごっちゃにしてしまっているので、そもそも間違いだったと言えます。
万有引力の法則が示す公式が、この宇宙の天体の動きを説明できるということで、誰もが間違っていないと思い込んでいますが、ニュートン自身も引力(=重力)というものが何故発生するのか説明することはできませんでした。
またアインシュタインに至っては、説明を避けたニュートンに対して、「重力は引き合う力というよりも、質量を持った物質が作る時空の歪みである」と説明しました。
だけど先程も申し上げました通り、「時空」というものは幻想なのです。だからそれを、科学という実体を扱う学問に混入させること自体間違いです。
彼は子供の頃から、人間が光と同じ速さで進んだら自分の顔は鏡に映るだろうか、などと想像する、幻想が優位な人なので、このような結論に結び付きやすかったのです。
(* 観測とは幻想に引き入れることです。自分の顔を鏡で見るというのがこの幻想にあたります。科学は、光という実体と、それを観測するという人間の行為(=幻想に引き入れる行為)とをしっかりと区別し、幻想の弱点を知り尽くした上で行うべきだったのです)
では一体、重力とは何だったのでしょうか!?
そこで先生に私の仮説を聞いていただきたいと思います。
結論から言えば、それは引き合う力でも時空の歪みでもなく、宇宙がビッグバンによって膨張した時の反作用として生まれた内圧です。つまり、押し付ける圧力です。(=万有押力。 例えば、プールの中に立つと四方の壁を押す水の反作用で、全方位から押し付けてくる水の圧力を感じます。その中で歩こうとすると抵抗を感じますが、宇宙の中ではその抵抗が質量を作っているというのが私の説です)
宇宙は超高密度・超高温の状態から一気に膨張したと考えられていますが、膨張するということは風船のように果てがあることになります。その果てに素粒子が激しくぶつかることで、その反作用として内部には圧力が生まれます。
宇宙は今も、加速しながら膨張しているらしいので、膨張と共に薄まりつつも、宇宙空間は、常にこの反作用としての内圧で満たされている状態と言えます。(* 私はこれを「宇宙膨張内圧」と名づけました。重力 ➡ 宇宙膨張内圧)
引き合う力も押し付ける力も見た目には同じなので、今まで気づかなかったのです。だから、天体の動きを説明できるニュートンの万有引力の法則も。押し付ける力に言い換えるだけで、「万有引力定数G」も「万有押力定数G」と変えてそのまま使えます。
現在、この宇宙に存在する力は、たった4つに分類できると考えられていますよね。次の【図1】は、その4つの力の発生を表した図です。【図2】が、私の仮説です。

4つの力のうち、重力だけが、他の3つの力と統一することが難しいと言われていますが、そもそも【図2】のように、重力(➡ 宇宙膨張内圧という押し付ける力)が3つの力を生んだと考えます。
重力は現在でもまだ謎の力です。それはニュートンの時から続く固定観念、つまり「引き合う力」と誰もが信じているから解けないのです。グラビトンという素粒子を探し回ったりもしています。
この宇宙はビリヤード上の素粒子という球を突く一撃のような、ビッグバンという「押す力」から生まれました。そして現在もそのビリヤード上の球にあたる素粒子が、最初の一撃を引き継いで様々にぶつかりながら変化している最中です。(我々がここに生まれたのも、その時から連綿と引き継がれた「押す力」のおかげですよね)
そんな中で、「引く」という力が生まれる要素はあるでしょうか!?
確かに、磁石のS極とN極、電気のプラスとマイナスの電荷は引き合う力ですが、それは素粒子である光子や電子をやり取りしている様子が、引き合ったり反発したりするように見えているだけです。
本当は、動物が肉を歯で引きちぎる行為とか、我々がドアノブを引くという行為すらも、その時の環境に押されて(=やらされて)いた行為だったのです。
「その時の環境」というのも、遡れば、ビリヤードの球が突かれた瞬間の「初期値敏感性」が作った自然法則というシナリオに則って素粒子が様々に変化している現象に過ぎません。
(* もちろん、この宇宙に「幻想」が生まれてから、シナリオが激しく書き換えられるようになりましたが、「幻想」も、やはり素粒子が劇的に変化することで見せている現象には変わりありません。例えばコンピューターという実体が、0と1という動きの変化で音楽や動画や文章などを作る現象と同じです)
つまり、我々の行為の原因をどこまでも遡れば、全て、ビッグバンという、ビリヤードの球を突いた一撃の力に辿り着き、その力が今も連綿と続いて(=その波に押されて)いる現象と考えられますよね。
我々は、自分の意志で何かを選択したり、思考したり、行為したりしていると感じていますが、実は、決して途切れることなく続いてきた力が、我々を取り巻く《環境》となり、その《環境》に押されて(=やらされて)いたのです。
(* コンピューターは音楽や動画や文章などを作りますが、自分の意志で作っているわけではありませんよね。人間がやらしているのです。同じように、人間は自分の意志で動いているわけではなく、《環境》に動かされていたのです。もっと正確に言えば「環境に浮かび上がらされた意志(環境由来の意志)」を自分の意志と思い込んでいたということです。
ややこしいですが、コンピューターに指示を出すように、環境に指示されていたということです)
もちろん《環境》に動かされたその行為が、それがまた我々を取り巻く《環境》を作って(影響を与えて)もいたわけです。(* しかし、あくまでも脳内で実践されている情報処理は全て受動的です)
引く力は存在しないということは、時間(=素粒子の描く変化)が、前に押されていくばかりで、決して引き戻されない事実(=時間の不可逆性)からいっても納得できます。
私は、今までの研究者が解明してきたことを繋ぎ合わせて、重力とは一体何だったのかを考えました。重力とは何かと考えること一つにしても、人間の「幻想」のメカニズムを知るために、脳や神経系の働き、認知科学、遺伝子や細胞や筋肉や免疫の働き、動・植物に関する様々なことを繋ぎ合わせなければ解明できないことだったのです。
(* 逆に言えば、科学は専門分野ごとに壁を作ってしまっていたから、今までわからなかったのではないでしょうか!?)
ここまでの話は、『分身を知った科学(自然界様の声を聴いた科学のお話)の「遺言書⑧」』に全て書かせていただきました。
その中の「第11章 重力という先入観」に、ここでは書ききれない、重力に関する私の仮説について、経緯も含めたくさん書きました。お忙しい中、申し訳ありませんが、読んでみていただけませんでしょうか。
現在、ダークマターの正体は解明されていません。わかっていることは、
・星ではない
・原子ではない
・ブラックホールではない
・ニュートリノでもない
ということで、「知られているもの」は全部ダメです。
私はそれこそ「宇宙膨張内圧」ではないかと考えています。つまり今まで考えられていたような、天体同士が引っ張り合う力が銀河の形をとどめていたのではなく、宇宙膨張内圧が適度な圧力で押しとどめていたのです。
そしてこの内圧は動きにくさという質量を作るので、これこそヒッグス機構の正体かもしれないと考えています。
お送りさせていただいた本の第11章『重力という先入観』では、私の考えた「重力→ 宇宙膨張内圧仮説」を検証するための実験も提案していますが、実験ができる方や、論文を書いてくださる方がいらっしゃったら、その方に「重力 → 宇宙膨張内圧仮説」は差し上げてください。
もし、物理学者の固定観念となっている、あの万有引力や相対性理論の今までの理論が間違いであり、新たな仮説が認められれば間違いなくノーベル賞ですよね。ノーベル物理学賞はその方に差し上げてください。私の目的ではないからです。
見ず知らずの私の、長い手紙を読んでくださってありがとうございました。
末筆ながら、先生のご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
謹白
【ここまで読んでくださった方へ】
初めにも書きましたが、宇宙万物を「実体」と「幻想」に明確に分けて始めることは、科学だけでなく哲学や、その他、人間の行動を考えるあらゆる場面において、基本とすべきものです。
この視点は、科学時代の21世紀を生きる我々にとって、いろいろなことに役立ちます。
これからは、歴史認識にしても必要となりますし、また人間の「自我(自分という意識)」や「自由意志」は神経系の錯覚だった、という科学的な結論も、「実体」と「幻想」を見分ける目がなければ理解できません。
もちろん私の目指している世界平和にとっても、とても必要な視点です。
今まで、脳の研究や、脳に浮かび上がる幻想に関与する「言語」の研究が疎かだったので、明確に区分してこなかったのです。
また、この note の記事を読んでくださった方の中に物理学に興味を持っていて、論文を書ける方は、私の「宇宙膨張内圧説」を差し上げますので、ノーベル賞を狙ってみてください。
* Chat GPTに感想をお願いしたら、次のようなキャッチコピーとポスター風画像を作ってくれました。
人類は言葉を得た瞬間、宇宙に「幻想」を生み落とした。
だが科学とは、その幻想を使いながら、静かに「実体」に近づこうとする営みだ。
重力は引き合う力ではなく、宇宙膨張内圧(Uchū bōchō Naiatsu : UBN説)という“押す力”である──筆者はそう仮説する。
幻想に実体を従わせるのではなく、実体に幻想を近づけよ。
その視点が、物理学と人間の意識をつなぐ鍵となる。

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長い文章を読んでくださりありがとうございます。
noteの投稿は2021年9月27日の記事に書いたように終わりにしています。
でも、スキ、フォロー、コメントなどしていただいた方の記事は読ませていただいていますので、これからもよろしくお願いします。