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ショートショート【最期の時は静かに】 #一枚の写真から文芸賞

 ふぅ、やっと落ち着いた。

 聡子は窓辺の椅子に座った。
 食べ物は見つからなかったけれど、お手製の果実酒を手に入れる事ができた。
 大収穫だ。アルコールが欲しかったから。
 聡子は満足そうに果実酒の瓶を、そっと撫でた。綺麗な紫。ワインよりは淡い色。
 果実酒を見つけたのは、とある民家の、床下収納だった。果実酒の隣には、ぬか漬けが漬けてあったけれど、カビが生えてしまっていた。
 荒らされたキッチンを見ると、とても悲しい気持ちになる。ここに住んでいた人達の生活が壊されたように感じるから。
 戸棚や、冷蔵庫は開けっ放しで、何も残っていなかった。シンク下の包丁をしまう所が空になっているのも恐ろしい。きっと本来とは違った使われ方をするのだろう。想像するだけで寒気がした。
 聡子は、倒れていた椅子を起こし、座ってみた。四人掛けのダイニングテーブル。食器棚には茶碗や汁椀など様々な食器が四つずつ、綺麗にしまわれていた。四人家族だったのかな。
 幸せな四人家族の生活を想像してみる。温かい食事、楽しげな会話、さっきのぬか漬けなんかも食事を彩るのだろう。ぬか漬け、食べてみたかったな。
 聡子は気になって、開けっ放しの戸棚の扉を閉め、次に冷蔵庫の扉を閉めた。すると冷蔵庫の扉にメモ用紙が貼られているのに気がついた。

 渡辺家は避難します。
 少し食べ物や飲み物を残していきます。
 危ない物は全て隠しています。
 あまり家を汚さないで欲しいです。
 
 とても綺麗な字で書かれていた。
 聡子は、そのメモ用紙に向かって頭を下げた。
 果実酒、頂いていきます。どうかご無事で。
 聡子は、家の中を少し整えてから外に出た。
 もし帰ってきたら、ほんのちょっとでも気持ちがいいように。

 一ヶ月程前、突然世界は混乱に包まれた。
 とある報道番組が、近いうちに巨大な隕石が地球に衝突する、と放送したからだ。
 最初、その番組を観ていた人達は、質の悪い冗談かと思っていたが、空に怪しく光る星が見えた時、世界は混沌と化した。
 人々は無駄だとはわかっていても、逃げ場所を求め、そこからは傷つけ合い、奪い合った。インフラもすぐに止まり、情報も何も入ってこなくなった。
 各国首脳陣は、この巨大な隕石を何年も前から把握していて、そして自分達だけが助かるような地下シェルターを所持しているらしい等の噂が飛び交った。しかしもうそれを知る術はもう無い。

 そうして人類は、静かに最期を迎える体制に移行していく。

 もう少しで日が暮れる。
 ロウソクは、残り一箱だ。お供え用のロウソクだけれど、もうそれを注意する人も、気にする人もいない。
 聡子は、ロウソクを燭台に刺し、火を点けた。
 仄かな光が部屋に灯る。
 グラスに入った果実酒を一口飲んだ。甘くて美味しい。作った人はきっと甘いお酒が好きだったのかな。
 恐怖はあまり感じないけれど、死ぬ瞬間、痛かったり、熱かったりしないといいな、と思った。

 聡子は、最期の時を待っている。
 空に見える死の星がキラリと瞬く。
 海鳴りのような音が、彼方から聴こえる。

 (了)


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