「どうも肌が合わない人」への上手な接し方とは?
自分を評価してくれない人や、自分にとって気に入らない人が、出てくることもあるでしょう。
しかし、そうした人を、全部、駄目だと思わないようにし、気に入らない場合であれば、その人のどこが気に入らないのかを分析することが大事です。
「この部分はどうも肌が合わない。自分としては受け入れがたい」と感じたとしても、他の部分を見て、「この人にも、良いところはある。こうしたところは良い」と思っていると、その思いは相手に伝わります。
相手は、「自分は全面的に否定されているのではない。この人は、自分のこの部分を嫌っているが、他のところはよく思ってくれている」と感じるのです。
すると、相手の人は自分を変えようとし始めます。
「この人と話すときは、ここを控えればよいのだな」ということが分かるので、相手が変わってきて、そのよいところが出てくるようになるのです。
これは、知らず知らずのうちに、相手の変革を促していることになります。
「この人にも、よいところはある」という見方をすることによって、相手を変えうるのです。
しかし、「嫌いだ」と拒否してしまえば、取りつく島がなく、どうしようもありません。
完全拒否しないことが大事なのです。
女性は、この部分が上手です。
たとえば、結婚を申し込まれると、「友達としては好きなのよ」などと言って、濁してしまいます。こうした逃げ方など、とっても上手です。
こうした言葉を男性はなかなか言えませんが、女性はサラッと言います。
「よく言えるな」とも思いますが、こうした高等技術は盗まなければいけません。
結婚を断りながら、なぜ「友達としては好きだ」と言うのかといえば、敵を作るのが嫌なのだろうと思います。
自分を攻撃しそうな人ができるのが、女性は本能的に嫌なのです。
結婚相手は1人だけですが、結婚相手以外の男性を敵に回す気にはなりません。
そのため、笑顔で防波堤をつくっておくのです。
男性は、この技術が、それほど上手ではありませんが、女性の技法を少しまねて、「親友ではないが、友達だ」という付き合い方をすることも必要でしょう。
(大川隆法著『コーヒー・ブレイク』)
【感想・気づき】

この地球に生きている以上、全ての人の仲良くなること、全ての人とウマが合うことなんて、絶対にありえないと思います。
なぜならば、人は一人ひとり個性があって違いがあるからこそ、この世界が成り立っているからです。
ただ、気に入らない人を全部排除してしまうと、今度は自分の可能性を狭めてしまうことにもなると思います。
「この人とは合わないな」と思った瞬間に、その人とのご縁を通じて繋がる世界が消えてしまうのです。
これって、とても残念なことだとは思いませんか?
少し厳しい言い方になるのもしれませんが、
合わない人が多い人と言うのは、その分自分の可能性を狭めてしまっているのではないでしょうか。
少し歩み寄れば協力者になってくれたかもしれない人。
そんな人との繋がりが切れることで、結局自分で自分の首を絞めてしまうことになりかねません。
気に入らない人を全部ダメだと思わないで、どこか歩み寄れる部分はないか?とあえて探すのも、1つの智慧なのかもしれないですね。
ちょっとした目先の事件でその人を切る事は簡単だけれども、長い目で見たときにその人とお付き合いしていくことによって見えてくる未来もあるかもしれない。
もしかしたら、今はちょっと印象が悪いけれども、その人のことを好きな人がいると言う事は、自分には見えていない魅力が相手にあるのかもしれない。
そんな風に、広く人の可能性を感じ、信じていくことによって、お互いの未来が開けていくこともあるかもしれません。
人生をもっと俯瞰して見ること。
一部で全てを判断せずに、どんなものからも、いい部分は吸収していけばいい。
この視点が、皆さんの明るい未来を開くための道標となりますように。
拙い感想をご覧くださり、誠にありがとうございました。
