読書記録107|この一冊に、あなたは何人存在する? “痛い共感”の短編集|『鍵のない夢を見る』著:辻村深月
こんばんは。
生きていると、静かで、綺麗な感情ばかりじゃいられませんよね。
今日ご紹介する作品は、他人の話のはずなのに他人事じゃない。
読みながら何度も、自分の中の見たくない部分を突きつけられているような感覚になる一冊です。
フィクションだから、と他人事のように楽しんで、少しゾッとして、でも、自分の姿勢も、ちょっとだけ見直して見ませんか?
注意:目次より下はネタバレを含みます。
▶ この本の内容
小学校時代の同級生がガイドを務めるバスツアーに、偶然参加することになった主人公。そこから記憶は、少しずつ子ども時代へと巻き戻されていく――『仁志野町の泥棒』。
どうして私にはこんな男しか寄ってこないのだろう?
放火現場で再会したのは、合コンで知り合った冴えない男。彼は、私と再会するために火を放ったのか――『石蕗南地区の放火』。
大型ショッピングモールで買い物中、手元にあったはずのベビーカーがないことに気づき、血の気が引く。
スタッフの協力を得て、生後十ヶ月の咲良を探すのだが……『君本家の誘拐』。
私たちの心の奥底を静かにえぐる、全五編の短編集です。
▶ この本の感想
全五編とも、人間関係や人の心の奥底にある「目を向けたくない部分」が、丁寧に描かれています。
読んでいると、自分にも身に覚えのある感情が顔を出し、「あいたたたた……」と痛いところを突かれるような、なんとも言えない居心地の悪さを感じます。
けれど一方で、あくまでフィクションだからこそ、どこか距離を置いて
「あるよね、こういうの」
「あーあ……」
と、他人事のように楽しんでしまう自分もいました(性格が悪いですね)。
一つ目の『仁志野町の泥棒』は、ラストに言葉にしがたい切なさと複雑さが残ります。
小学生時代の友人に抱いていた感情――
同情、羨望、諦め、そして好意。
そうした感情がないまぜになっていた、あの頃の主人公をみつめ、複雑な気持ちになります。
二つ目の『石蕗南地区の放火』は、恋愛における女性の傲慢さに焦点が当てられています。
同じ著者の『傲慢と善良』に通じるものを感じました。
彼女の自意識の高さや、自分の価値に対する見積もり。
その語りを読んでいると、「あーーーもうやめて……」と耳を塞ぎたくなるような、強い羞恥心に襲われます。
程度の差はあれど、誰しも似たような感覚に覚えがあるのではないでしょうか。
だからこそ、口の中にどろりとした不快感が広がるような読後感が残りました。
三つ目は、十代の頃、女友達との噛み合わない競争心から恋愛にのめり込んでいく少女の姿が描かれています。
誰が先に彼氏をつくるか。
誰が先に“経験する”か。
我先に大人になろうとしたり、相手がどんな男性であっても「彼氏がいる」という事実に優越感を覚えたり。
友達にアドバイスされても「あの子には彼の良さがわからないんだ」とどこかで見下してしまう。
その危うさと未熟さがあまりにもリアルで、目が離せませんでした。
「小学校の頃、キョンシーごっこしたよね」
思い出を語ろうと切り出したのに、敷子と小百合はそうだっけ、としらばっくれていた。無理もない。毎度キョンシー役をやらされていた女子の中で、人間役をやったことがあるのは私だけだ。二人とも、よく覚えてない、と言い張ってたけど、きっと嘘だ。
認めたくないんだ。会話は弾まなかった。
(中略)
敦子が処女を失くした日、嬉しそうにうちに報告にきた。「今、バイト先の先輩のうちの帰り」と。まだ生乾きの髪と、そこから漂うリンスらしき匂いが顔を背けたいほど忌々しく思えた。
(中略)
どんなふうな手順で、今日、そういうことになったか。彼が何をいい、どこをさわり、自分が彼に何をされたか。初めての体験を誇らしげに語る敦子を見て、かっとなった。
何度か見せられたプリクラや、実際に店で見た彼の姿はお世辞にもかっこいいとは言えなかった。遊び人然とした、女に馴れた雰囲気はあるけどそれだけだ。ちっとも羨ましくなかった。けれど、言われたのだ。「美衣も早くやりなよ」と。
出会い系の相手と会ったことはそれまでも何度かあった。全部、年上の男で、カラオケに行ったり、お茶したり、相手の奢りで遊ぶ。たまに敦子たち友達も呼んだが、男と二人で会ってるところをクラスメートたちに目撃され、「美衣には年上の彼氏がいるらしい」「モテる」「男がいる」と噂されるのは気分がよかった。
ホテルに行ったことは一度もなかったが、敦子の自慢話にあてられ、その日のうちにサイトで知り合った男とホテルに行った。話で聞いていたとおり、初めてのセックスは痛く、苦労したけど、相手の男も力任せではあるものの、辛抱強く最後までやってくれた。これで敦子に話し返せると思ったら、胸のもやもやがすっと晴れた。
その後、小百合を呼び出して、処女を失ったことを、敦子の自慢話に腹が立った部分まで含めて話すと、彼女は目を丸くして驚いていた。気後れしたように「そう、なんだ」と答えた。
見栄や虚勢から、このあと少しずつ危うい方向へと進んでいく様子に、ぞっとさせられます。
四つ目は、夢を追う男女の恋愛を描いた物語。
男性の夢はとても大きく、それに比例するように言葉も大きい。
そのプライドの高さや言動に、ふと自分の大学時代の同期の記憶もよみがえり、なんだか気恥ずかしくなりました。
「いるよね、こういう人」と思わず頷いてしまいます。
五つ目は、これまでとは少し毛色の異なる物語です。
人間の“見たくない部分”が描かれている点では共通していますが、
赤ちゃんが突然いなくなるという状況から、一気に緊張感が高まります。
ページをめくる手が止まらず、終盤は感情のジェットコースターに乗せられるような展開でした。
子どもの泣き声、終わればすぐに訪れる授乳、積み重なる疲労と寝不足。
母親の背景が明かされていくにつれて、子育て経験のある人であれば強く共感する場面も多いと思います。
個人的に印象に残ったのは、彼女が常に“先へ先へ”と人生設計を進めていく姿でした。
それは長所である一方で、「今の自分の幸せ」に気づきにくくしているのかもしれません。
生きていれば、先の不安は尽きません。
けれど、「今この瞬間の幸せ」は、今しか味わえないものでもあります。
先のことばかりにとらわれず、目の前の幸せを大切にしたい。
そう思わせてくれる物語でした。
辻村さんの作品はとても読みやすい一方で、普段目を背けている自分の内面を容赦なく突きつけてきます。
正直、少し“食らう”部分もあります。
それでも、「気をつけたい」「少し見直したい」と、自分自身と向き合うきっかけを与えてくれるからこそ、私は辻村さんの作品が好きです。
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