A.T.フィールド全開で、すべての論理を粉砕する「無敵のおじいさん」に出会った話
世の中には、すべての論理を薙ぎ払う「A.T.フィールド」を全開にする人が存在します。
本日、免許更新の窓口で、実に味わい深い「無敵のおじいさん」に出会ってしまいました。
窓口の方が、おじいさんに声をかけていたんです。
「よろしければ、こちらの交通安全協会の免許証ケースにご協力いただけますか?いただいた募金で、地域の小学生に配るランドセルカバーを作らせていただいております。」
なるほど、そういう風に言えばみんな協力してくれるのか。と感心していた僕をよそに。
おじいさんは一切の迷いもなく、こう言い放ちました。
「やったことねぇからわからねえ」
ん、ん?
僕は一瞬、思考が止まりましたね。
それでも窓口の方は諦めず、「大丈夫ですよ。これはですね、お子さんたちの安全を守るための寄付でして」と、さらに補足説明を試みます。
しかし、おじいさんはまったく動じません。
「いや、だから、やったことねぇからわからねぇ」
お、おぅ。
寄付を断ること自体は個人の自由ですが、その「理由」があまりにも斬新。
スーパーの試食コーナーで「新商品のソーセージで〜す!おひとつ食べてみてくださ〜い」と笑顔でお姉さんに勧められても「食べたことねぇからわからねぇ」と受け取りを拒否するのか?
食べたことないから、今ここで、食べるのでは?
というツッコミすら、彼らの前には無力。
自分にとってメリットがあるかどうかすら考えるのを放棄し、ただ「やったことねぇから」という1点のみで全てをシャットアウトしてしまうわけです。
これでは論理的に1ミリも筋が通っておりません。
しかし、おじいさんはその言葉一つで、窓口の方のオファーを完璧に撃ち落として見せたのです。
僕はその光景を眺めながら、心の中で深く感嘆しておりました。
「やったことねえからわからねえ」は、免罪符というよりは「これ以上私に関わるな」という強行突破の言葉なんだな。
ちなみに、うちの父もこの手をよく使います。嫌ですねぇ
世の中には、論理をどれだけ積み上げても、たった一言の「よくわかんねえ」で全てを薙ぎ払ってしまう無敵の人々が存在するのです。
僕たちは普段、何かを断る際、なるべく角が立たないように、あるいは筋が通るようにと、一生懸命に「まっとうな言い訳」を探すじゃないですか。
しかし、丁寧な論理で返せば返すほど、相手にも議論の余地を与えてしまうことになります。
対して、この「やったことねぇからわからねぇ」という言葉はどうでしょうか。
論理の無効化(相手のアプローチを完全に無視する)
会話の拒絶(「理解する気がない」ことを宣言する)
相手の諦めを誘う(「あ、これ以上言っても無駄だ」と思わせる)
これは、対話という概念そのものを土台からひっくり返す、思考停止系の呪文です。
もちろん、ビジネスや人間関係においてこんな態度を真似すれば、社会的な信用は一瞬で消えることでしょう。絶対に真似をしてはいけません。
ですが、効率や生産性、ロジカルシンキングばかりが重視される現代において、こうした「論理の通用しない怪物」と遭遇することは、どこか妙な清々しさすら感じさせます。
どれほど緻密なロジックを組み立てようとも、人間の生身の居直り前には無力であるという現実。理不尽だ…
にしても、「やったことねぇからわからねぇ」が何にでも通じるのであれば、将来訪れるであろう免許返納の際も、同じ呪文で押し通すつもりなのでしょうか。
その時の窓口の方との攻防を想像すると、少しだけ恐ろしくもあり、不謹慎ながら見届けてみたい気もしてしまいます。
お世話になっております。
プロ道楽師のまるこフランキーと申します。
https://note.com/marco_franky/n/na33e717dfe31
雑事にいちいちロマンを見出しては、11歳年上の妻に嗜められる風流な日常を過ごしながら、無邪気すぎる探究の記録を書き散らしております。
https://note.com/marco_franky/n/n86abd99bee9f
世の中の「生産性」や「効率」にお疲れのみなさま。
大人になった今だからこそ、くだらないことに全力でニヤニヤしてみませんか。
引き続きよろしくお願いいたします。
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