【コラム】だれもが「自分の半分」を探して生きている。
私たちは「どこ」へ向かっているのか?
紫陽花がカラカラになった花びらを抱え、
まるで行き場をなくした迷子のように見えた。
もうちょっと向こうに進めば、
タチアオイが力なくうなだれている。
雨は、遠くへ、遠くへ、行ってしまったらしい。
熱く、この、溶けそうなほどの夏日で、
私は立ち止まって、考えてみるー。
私たちは、いつだって
「自分」の半身を探している。
noteの文中に「私のことかもしれない」
ニュースの煽りに「私もなるかもしれない」
友人との会話の中に「私もそう考えたことある」
いつだって、だれといたって、
どこにいたって、何を見ていてもー
「自分と似た何か」を探すのに、
私たちは無意識のうちに夢中になっている。
似たような痛み。
似たような喜び。
似たような孤独。
似たような悩み。
見つけた時、心の奥で「…ッッ!」と震える。
そして、共感という”共通の想い”を感じ、
何かがほどけるように「ホッ」とするのだ。
なぜ?
カンタンな話だ。
そこに「自分自身」を見ているから。
もうちょっと詳しく話そう。
見ているのは「自分自身」であって、
自分という”人(物質)”ではない。
“感覚”であり、“記憶”であり、
もっと言えば——「本来の自分」だ。
私たちは肉体に入った「意識」でしかない。
大いなる意識の、一部の意識。

ずっとずっと、遥かかなた昔のこと
(とはいえ、今ここにその時があるのだけど..)。
もともと一つだった大いなる意識は、
ある時、突然、目覚めた。
「なぜ目覚めたんだろう」
「どうしてここにいるんだろう」
それがわからないから、分裂して、
答えを探るために意識を分けたという。
私たち一人一人が、その意識の一部だ。
意識同士はそれぞれで役割を担い、
学びたかったことを共に学ぶ
最高のセッティングになっている。
話を戻すと、
つまり、本来の自分を見ている、というのは、
「分かたれた意識が、
再びひとつだと思い出すこと」なのだ。

これに近い言葉で、「原点回帰」という言葉がある。
回帰とは、一周して元に戻ることを指す。
地球という制限と混乱の世界を、
私たちは自ら選んで生まれてきた。
税金は払わなければならないし、
生きるためには食料を買わねばならない。
ある程度、
付き合いたくない人と接さなければならないし、
そのストレスで頭がおかしくなることだってある。
やりたくなくても、やらなければならないし、
やりたいことも、十分にやる時間だってない。
Oh,no!
地球で生きるとは、なんと難しいことだろう!
生きる。
私たちはそれぞれの学びを、
人生という「一周」を通して、
「完全な自分」を思い出すために生きている。
最期の瞬間を迎える時、
いかにお金を蓄えたかは重要ではないし、
いかに名声を得たかも考えないだろう。
その瞬間、頭によぎるのはきっとー記憶だ。
「もっとああすればよかった」という後悔や
「素晴らしい人生だった」という幸福感だ。
そう、目に見えない「感覚」を私たちは思い出す。

肉体から意識が離れると、
私たちは再び「大いなる意識」ヒトツに還る。
耐え難い苦労も、辛すぎる痛みも、
いかなる制限も、ぜ〜んぶ、すべて終わり。
あるのは、ただ「愛」のみの、
悦に浸るような感覚だけ。
ここで、ひとつ大切な問いを置いてみたい。
「私たちは、本当に
“探さなくてはならない”のだろうか?」
〜🌿この記事を読むとわかります〜
✅ もう「自分探し」をやめていい理由がわかる♡
✅ 人間関係やお金の問題は、
自分の心が教えてくれるヒントだったとわかる
✅ これからしっかり自分の人生を生きるためのヒントがわかる
降りてきたインスピレーションに従って書いた記事です。
約4,500字🌈
最後に箇条書きのまとめもあるので、頭に入れやすいです。
メモも安心!
美しいイラストに癒されながら、
心が洗われる優しい気持ちでお読みいただけます♡
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