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無駄なようだけれどなくてはならない

WordとかExcelとかで文書を作るとき、余白設定で迷うことがあります。
ページ数を少なくしたいから余白を少なくすると、キューっと詰まってしまって見ていても読んでいても窮屈なのです。
一見無駄なように見えるスペースは、ちゃんと意味があるんだと感じます。

さて、最近の自分を見ていると「余白少なっ!」と思うのです。
文書のごとく予定を詰めすぎて余白がない。
窮屈だからちょっとした変更にも応えられない。
それもこれも余裕のなさからきていることをわかってはいるけれど修正できないでいるのです。

余白がないと窮屈に見える。
余裕がないと周囲のことが見えない。
遊びがないと無理な力がかかった時に簡単に折れてしまう。

日々の生活も人の生き方もしかり。
余白を作って何かが起こっても柔軟に対応できたらいいな。

余白の作り方は人それぞれ。
私はどんな余白をつくっているのだろう? 

読むこと
書くこと
音楽を聴くこと
猫と遊ぶこと…
どんな余白がしっくりくるかな?

そんなことを考えながら今日一日が終わります。

#noteDeNoel便り


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