彼女になった日 私たちは女子高生なの?エピソード1:「はじまりのトイレ」

エピソード1:「はじまりのトイレ」
「教育実習は北皮越高校……?」
谷田隆(たにだ たかし)は思わず声を漏らした。
聖応大学 教育学部の中でも上位に属する彼にしては、あまりにも不釣り合いな配属先だった。
荒れていると噂の底辺校。教師も諦め、生徒も無気力。そんな場所で理想の教育など実践できるのか。
だが谷田は、弱音を飲み込んで頷いた。
「ま、どうせ一週間だ。問題を起こさず、やり過ごせばいい」
北皮越高校の初日。
生徒たちの態度は想像以上だった。
廊下でタバコを吸う者、制服を着崩した女子たち、机に突っ伏したままの教室。
まともに挨拶すら返ってこない。
それでも谷田は真面目に業務をこなそうと努力していた。
目をつけられないように、余計な関わりは避け、目立たず1日を終えるつもりだった――
だが、思わぬ“罠”が仕掛けられていた。
午後の空き時間。
一人の女子生徒が走ってくる。
「先生っ、大変です! 女子トイレで誰か倒れてるって!」
小柄でショートカットの生徒、今井真央(いまい まお)。
見た目は地味だが、瞳の奥には妙な強さを感じさせた。
「え、本当に……? わかった、案内してくれ!」
谷田は迷いなく女子トイレの前に立つ。
「倒れている生徒がいる」――その一言に、教師としての義務感が勝った。
トイレの中は静まり返っていた。
誰の気配もしない。代わりに――カシャッというシャッター音。
「……なっ……!?」
後ろを振り返ると、スマホを構えていたのは真央。そしてその後ろに、もう一人の女子がいた。
長身でスタイルが良く、どこか大人びた雰囲気を持ったその女――**石井花音(いしい かのん)**が、にやりと笑った。
「教師が女子トイレに無断で侵入。十分アウトだよね?ね、真央ちゃん」
「うん。しかも生徒と二人きり。ちょっとまずいかなぁ」
谷田はすぐに状況を理解した。
これは罠だ。写真を撮られ、証拠を握られた。
「……なにが目的だ。脅して金でも取るつもりか?」
「そんな安っぽいこと、しないよ」
花音の声は低く冷ややかだった。
「あなたには、もっと面白い役割があるの。ねぇ、“真央ちゃん”?」
空き教室。
窓にカーテンが引かれ、扉には内側からロックがかけられていた。
谷田は机に座らされ、身動きが取れない。
真央と花音は静かに、何かを取り出す。
それは――古びた、革装の分厚い本だった。
表紙には読めない記号のような文字が並んでいる。

「これ、前に花音が古本屋で見つけたんだよ。最初は嘘かと思った。でも、すごいよ……効くから」
「催眠って、信じる?」
そう言うと、花音は本の中の一節を読み上げるように、静かに囁き始めた。
谷田の目が、ふっと重くなる。
「眠い……?」
「眠ってるわけじゃない。でも、ぼんやりしてる。そうよね?」
谷田は頷きたくなる衝動に襲われた。確かに意識はある。でも頭がもやに包まれていく。
「あなたは……今井真央。高校2年生、女の子。繰り返してみて?」
「……おれは……今井真央……?」
「ううん、“おれ”じゃない。“あたし”よ。もう一度。」
「……あたしは……今井真央……?」
ふっと口から漏れる。自分の意思ではない。けれど、否定する気力がわかない。
「よくできました。教育実習はたったの1週間。その間に、あなたは“今井真央ちゃん”になるのよ」
谷田は抗おうとする。けれど、言葉が出ない。
催眠の影響か、身体が重く、思考もどこか鈍っている。
「じゃあ……次はあなたのこと、教えて?」
花音がささやく。
「大学名は? 年齢は? 一人暮らし? 実家はどこ?」
なぜか、全部答えてしまう。
その瞬間、真央がスマホを取り出して録音を始めた。
「これで、“本当のあたし”の履歴もそろったね」
この日を境に、谷田の“女子化催眠教育”が始まった。
眠くなる本。
花音の優しい言葉。
真央の、冷たくも導くような声。
毎日少しずつ。
声のトーン、語尾の癖、歩き方、手の仕草。
鏡の前で「かわいい笑顔」の練習をさせられ――
「“俺”じゃない。“あたし”でしょ?」
「“ボク”じゃない。“うち”って言ってみて?」
「制服のスカート、あたしは短くするのが好き?って言いなさい」
気づけば谷田の中で、“俺”という存在が少しずつ薄れていく。

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