見出し画像

母との最後の日々 ③旅立ち

母との最後の別れを書き残すのに、3ヶ月ほど時間を要した。
色々な想いが交錯したが、今は生きている時より母を身近に感じる。
母の髪をしばっていたカラフルなゴムをして一緒にライブに行ったり、
母がデイサービスに行くとき使っていた靴を履いて出勤したり、
母はいつもそばにいる。だから大丈夫。
母の死でたくさんの愛を知った。
だからこの最後の話を、モノカキングダムに投稿しようと思う。


真夏の太陽が照り付ける猛暑日の8月26日、母の葬儀が行われた。

母が倒れたとき、主治医から1週間持たないかもと言われたが
随分と頑張って、1ヶ月後、天に帰った  
その間たくさんの準備ができ、別れへの心構えもできた。
別れるまでに十分すぎる時間を与えてくれた母は
意識を失っていても、遠隔操作で私たち家族を動かす
しっかりもので、準備上手な母だった。

葬儀の話し合いでは、父や弟と
シンプルな、香典なしの家族だけの葬儀にしようと決めた。
足の弱い父が喪服を着るのは無理なので、
参加者は喪服ではなく平服にした。
そして葬儀屋は弟が、クチコミやら様々なサイトを研究し
公益社に決めた。
公益社にはエンバーミングのサービスがあったからだ。
家族で相談して、エンバーミングに1番お金をかけることにした。
残された人のために、特に父のために
呼吸をするため大きく口を開けたまま亡くなってしまった母を
美しい姿に戻してお別れさせてあげたかった。

エンバーミングを施すと腐敗を防ぐことができるので
長期的に遺体が安置でき、火葬場や家族の都合に合わせて葬儀ができる。
真夏ではあったがゆとりを持つことができ、
葬儀は母が亡くなってから4日後に行うことになった。

葬儀の日、久しぶりに母に会うと
まるで今にも喋り出しそうな
優しい微笑みをたたえた笑顔で私たちを迎えてくれた。
鼻にワタを詰めることもなく、美しい鼻筋と柔らかに波打つ髪。
そこにいたのは、認知症で私を忘れてしまう前の母だった。

親族一同 その可愛らしさに、思わずいつまでも顔を眺めてしまった。
エンバーミングをして本当によかった。
父が美人な母を皆に自慢していた。 

母の顔を笑顔で眺めながら
親族で協力して納棺し、カラフルな花を棺の中に並べた。
美術系ばかりの親族なので
「花をグラデーションで並べようよ!」
「足元の花は立てて立体的にしたら?」
「足元白い花ばかりだけど、ちょっと紫足さない?」
と早速納棺アートが始まった。
あっという間に母の周りはカラフルな花畑になった。

納棺が終わって出棺の時 葬儀屋の人が
「ではお写真をどうぞ。」
と言ったので、親族一同、周りをキョロキョロ見てたら
弟が
「あっ、いやもう母の写真は撮ったので、え?家族と一緒に撮るの?」
と、棺桶の周りに集まった親族の集合写真撮ろうとして
あたふたと携帯のカメラを差し出し始めたら
「遺影を持ってください。」
って葬儀屋の人に静かに言われて
親族一同、大笑いした。

ずっと和やかだった。
みんなが望んでいたお別れの形が、そこにあった。

葬式は故人のためでもあるが、その多くは
この後も生きていく残された人のためだと私は思う。
死を見つめ 今までの感謝をし、思い出を語り合いながら
旅立つ母を静かに見守る。
そして皆がまた前を向いて生きていくための儀式なのだ。

長女が、棺が火葬に入る前に
「おばあちゃんに、話しかけてもいい?」
と聞いてきた。
生きている時と同じように母に接してくれる長女の姿が
私はとても嬉しかった。
「お母さん、私いい孫を育てたでしょ。」
と心の中で母に自慢した。
長女の話をきっかけに、親族が思い思いに母に声をかけた。
母に届いているかな。
でもみんなの声かけは、残された親族への声かけでもあるように思えた。

親族が皆仲が良くてよかった。
今までの葬式の形にこだわらない人たちでよかった。

お母さんまたね。
たくさんの愛をありがとう。
みんな元気でこの後も生きていきます。


いいなと思ったら応援しよう!